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第四話 一郎、撃たれる

隣を走る相沢凛の小さな頭が、キラリと光る照準の中心に捉えられているのが、鍛え抜かれた俺の動体視力にはっきりと見えた。完璧だ! 彼女を庇い、背中に銃弾を受け、ドラマチックに散る…! これぞ勇者の死に様! 異世界の神々も、この自己犠牲の精神にはきっと感涙し、最高のチート能力を授けてくれるに違いない!


「うおおおおっ!相沢さんっ!俺の命に代えても、君は死なせーんっ!」


俺は、自分でも驚くほど芝居がかった大声で叫びながら、隣を走っていた相沢凛の肩をドンッと突き飛ばした。彼女は「きゃっ!」という悲鳴とともに、勢いよく歩道の植え込みに転がり込む。よし、これで彼女は安全だ。あとは俺が華麗に銃弾を受け止めるだけ…!


俺は満面の笑みで、弾丸が飛んでくるであろう方向に胸を張って仁王立ちになった。さあ来い! 俺の新たな門出を祝う、鉛玉の祝砲を!


シュパァァン!


乾いた発砲音とほぼ同時に、何かが俺の胸にぶつかる微かな衝撃を感じた。

(…きたか!?)

しかし、想像していたような、肉を貫き骨を砕く鋭い痛みも、意識が遠のく感覚も、またしても、ない。

「……え?」

思わず、また間抜けな声が出た。

俺は恐る恐る自分の胸元を見る。愛用のワイシャツの、ちょうど心臓のあたり。そこに、小さな穴が開いていた。そして、その穴の奥、俺の肌の上には…なんと、先端が少し潰れた弾丸が、まるで力尽きた虫のように、ポトリと地面に落ちたのだ。


「…………はぁぁぁぁぁぁっ!?」


俺の絶叫が、今度は絶望の色を濃く帯びて繁華街に響き渡った。

嘘だろ…おい…。スナイパーライフルだぞ…? あの距離から放たれた高速の弾丸が、俺の胸板に当たって、ただのワイシャツを貫通しただけで、まるでBB弾みたいに勢いを失って落ちるって…どういうことだよ!? 俺の皮膚、そんなに硬いのか!? 筋肉が衝撃を吸収しすぎているのか!?


遠くのビルの屋上から、双眼鏡でこちらを凝視していたであろうスナイパーが、一瞬、動きを止めたのが気配で分かった。おそらく、彼(彼女?)も信じられない光景を目の当たりにして、動揺しているのだろう。無理もない。俺が一番動揺している。


「た、田中さんっ! 大丈夫ですかっ!?」

植え込みから泥だらけで這い出してきた相沢凛が、泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫だ…問題ない…(ちっとも大丈夫じゃない!死ねない!)」

俺は力なく答える。彼女は俺の胸のワイシャツの穴と、地面に落ちた弾丸を交互に見て、言葉を失っている。その顔は恐怖と混乱で真っ白だ。


「い、今のは…何だったんですか…? 誰かが田中さんを…?」

「ああ…どうやら俺は、またしても死に損ねたらしい…」

俺は天を仰ぎ、深いため息をついた。

すると、遠くのビルから、今度は先ほどよりも慌てたような気配で、スナイパーが撤収を始めたのを感じた。おそらく、最初の狙撃が意味不明な結果に終わり、これ以上の続行は危険と判断したのだろう。


(待てコラァ! もう一発撃っていけよ! もっと強力なやつを! 徹甲弾とか持ってないのか!?)

俺の心の叫びは、もちろんスナイパーには届かない。


周囲は先ほどの銃声と俺の絶叫、そして凛の悲鳴で騒然とし始めていた。遠くからはパトカーのサイレンも聞こえ始めている。

「田中さん、とりあえずここから離れましょう!危ないです!」

凛が俺の腕を掴んで引っ張る。彼女の小さな手は震えていたが、その瞳には強い意志の光が宿っていた。

「…ああ」

俺は、もはや抵抗する気力も失せ、彼女に導かれるままにその場を離れることにした。


パトカーが到着する頃には、俺たちはすでに雑踏の中に紛れ込んでいた。

しばらく無言で歩いた後、凛がぽつりと言った。

「あの…田中さん。さっき、私を庇ってくれたんですよね…? 本当に、ありがとうございました」

「…いや、あれは…その…結果的にそうなっただけで…」

俺は口ごもる。まさか「君をダシにして格好良く死のうとしたんだ」とは言えない。言ったら最後、この純粋そうな少女にどんな目で見られるか。

「でも、田中さんがいなかったら、私…」

凛は言葉を詰まらせ、再び目に涙を浮かべている。

(ああ…また感謝されてしまった…そして、また死ねなかった…俺の異世界転生計画は、一体どうなってしまうんだ…)


俺は、もはや笑うしかなかった。この、あまりにも理不尽で、あまりにも頑丈すぎる自分の肉体を呪いながら。


「なあ、相沢さん」

「は、はい!」

「腹、減ってないか? さっきのチンピラ騒ぎと、今の狙撃騒ぎで、なんだか妙に疲れた。何か食いに行こう。奢るぞ」

「え…あ、はい!田中さん!」

凛は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにこくりと頷いた。彼女の顔に、ようやくわずかな安堵の色が浮かぶ。


こうして、俺の波乱万丈な(そして一向に死ねる気配のない)一日は、なぜか女子高生と食事をするという、予想外の結末へと向かうのだった。

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