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第三話 少女との再会

あれから数日。俺、田中一郎は無事(?)退院したものの、会社からは「田中君、今回の件は非常に稀有なケースであり、君の心身の安静を最優先に考え、また、念のため社内への影響等も鑑み、当面の間は特別休業とする」という、まあ、有り体に言えば「ちょっと休んでてくれ、できれば無期限で」的な、丁重なクビ宣告にも似た休業勧告を言い渡されてしまった。トラックと正面衝突してピンピンしている男が、翌日から何食わぬ顔でオフィスに出社してきたら、そりゃ同僚もドン引きだろうし、上司も扱いに困るだろう。賢明な判断だと、俺自身も思う。

おかげで、俺には図らずも有り余るほどの自由時間ができてしまった。そう、次の「死ねる機会」を、心置きなく、そして積極的に探し求めるための時間が、だ! ネットでは未だに「#強すぎる一般人」「#トラッククラッシャー」「#リアルワンパンマン」などという不名誉な(?)ハッシュタグと共に、俺の起こした(いや、起こされた)事故の噂がまことしやかに囁かれているようだが、そんなものはどうでもいい。俺が欲しいのはバズや名声などではなく、確実な「死」と、その先にあるはずの輝かしい異世界転生なのだから。

とはいえ、一度トラックと正面衝突してピンピンしていたという事実は、俺の心に重くのしかかっていた。あれだけの絶好の機会を逃したのだ。次にいつ、同等かそれ以上の「転生チャンス」が巡ってくるというのか。俺は、もはや日常の些細なことでは死ねない、そんな絶望的な確信を抱き始めていた。

公園の鉄棒で懸垂をすれば、俺の筋肉の躍動に鉄棒の方が耐えきれずグニャリとひん曲がり、近所の子供たちの遊び場を一つ奪ってしまった。満員電車で痴漢と間違われれば、相手の腕を軽く掴んだだけで「ヒッ、折れる!」と悲鳴を上げられ、なぜか俺の方が周囲から白い目で見られた。道を歩けばカツアゲに遭遇しても、相手が俺の纏う異様な覇気に怯え、「す、すみませんでした!お慈悲を!」と土下座してくる始末。ああ、なんて死ににくい世界なんだ!俺はただ、静かに、そして確実に死にたいだけなのに!

その日も俺は、新たな「死ねる可能性」を求めて、特に目的もなく繁華街をブラブラと彷徨っていた。人が多く、ゴチャゴチャした場所なら、何かしら突発的な凶悪事件に巻き込まれて、名誉の戦死(からの転生)を遂げられるかもしれない、という淡い期待を込めて。

◇ ◇ ◇

その頃、あの衝撃的な事故現場でワイシャツ姿の男――田中一郎の姿を目撃した女子高生、相沢凛は、友人と二人で駅前のクレープ屋に立ち寄った帰り道だった。

「ねえ凛、この前話してた事故の人、本当にトラックとぶつかって平気だったの? 見間違いじゃない?」

「うーん…でも、本当にすごかったんだよ。トラックの方が壊れちゃって…あの人、ちょっと怖いくらい普通だったんだもん」

凛の脳裏には、あの日の光景――ワイシャツを着た男の、どこか現実離れした姿が焼き付いていた。彼は一体何者だったのだろうか。そんなことを考えながら、ふと空を見上げていた、まさにその時だった。

「よぉ、お嬢ちゃんたち、可愛いね。ちょっと俺らと遊んでかねえか?」

前方から現れたのは、見るからにガラの悪い三人組の男たち。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、道を塞ぐように立ちはだかる。凛の友人は怯えて後ずさりし、小さな悲鳴を上げてその場から逃げ出してしまった。取り残された凛は、恐怖と嫌悪に顔をこわばらせ、後ずさろうとするが、男たちに退路を塞がれる。

「なんだよ、つれないなぁ。ちょっとお茶するだけだって」

男の一人が、汚い手を凛の肩に伸ばそうとした、その瞬間――。

地を這うような低い声が、男たちの背後から響いた。

「…おい、何してる」

男たちが一斉に振り返る。そこに立っていたのは、ワイシャツ姿の長身の男。逆光で顔はよく見えないけれど、そのシルエットと、どこか張り詰めたような空気に、凛は見覚えがあった。

(まさか…あの時の人…!?)

数日前、トラックと衝突しても平然としていた、あの異常な光景が脳裏にフラッシュバックする。助けに来てくれたの? それとも、ただの偶然? 期待と不安が入り混じり、心臓が早鐘を打った。

チンピラの一人が、その男――一郎に凄む。

「ああん?なんだテメェ、ヒーロー気取りか?関係ねえヤツはすっこんでろや!」

それに対する男の答えは、凛の耳を疑うものだった。

「いや、ヒーローではない。どちらかというと死にたがりの一般人だ」

(しにたがり…? いっぱんじん…?)

意味が分からない。でも、その声には妙な説得力というか、冗談を言っているようには聞こえなかった。男の真意を測りかねて、凛もチンピラたちも一瞬動きを止める。

「ハッ、頭おかしいんじゃねえの?まあいい、邪魔するならテメェから片付けてやるぜ!」

リーダー格らしき男が叫び、彼(一郎)に殴りかかった。他の二人も続く。

(危ないっ!)

凛が悲鳴を上げそうになるより早く、信じられない光景が展開された。

殴りかかった男の拳が、彼の腹部に吸い込まれる――かに見えた。だが、鈍い音と共に、奇声を上げたのは殴った方の男だった。

「ぐぎゃああああああっ!!!」

まるで鉄板でも殴ったかのように、男は自分の拳を押さえてその場にうずくまり、白目を剥いて痙攣している。

「な、なんだと!?」

残りの二人が怯んだ、ほんの一瞬。彼がスッと一歩踏み出すと、その姿がブレたように見えた。次の瞬間、もう一人のチンピラが、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ち、首元を押さえて泡を吹いていた。彼の手が、その首筋に触れたように見えたけれど、速すぎてよく分からない。

「ヒィィッ!」

最後のチンピラは、完全に戦意を喪失し、腰を抜かしてへたり込んだ。そして、情けないことに、ズボンの股間部分がみるみる濡れていくのが見えた。そのまま彼は気を失ったのか、ぐったりと動かなくなった。

ほんの数秒。悪夢のような男たちは、あっという間に、まるで何かの冗談みたいに無力化されてしまった。

凛は、目の前の光景が現実のものとは思えず、ただ呆然と立ち尽くす。

助けてくれた…のだろうか。でも、彼は、倒した男たちを一瞥もせず、むしろ何か大きなため息をついているように見えた。その横顔は、達成感とは程遠い、どこか落胆したような、そんな表情に見えたのは気のせいだろうか。

(この人…一体、何を考えてるんだろう…?)

恐怖よりも強い興味と、そして少しばかりの畏怖が、凛の胸を満たし始めていた。

◇ ◇ ◇

「……」

俺は、足元に転がる三つの粗大ごみ(まだ息はしているようだ)を見下ろし、深いため息をついた。

「ああ…また死ねなかった…。手応えがなさすぎる。これでは擦り傷一つ…」

肩のワイシャツの破れが、心なしか少しだけ広がったような気もするが、そんなことは今の俺にとってはどうでもよかった。重要なのは、死ねなかったという事実だ。

「あ、あのっ…!」

さっきの女子高生が、おそるおそる俺に声をかけてきた。その顔は恐怖と、それからほんの少しの安堵と、そして何か別の感情が入り混じって赤らんでいるように見えた。

「助けていただいて…ありがとうございます…! 私、相沢凛って言います!」

ペコリと律儀に頭を下げる彼女を見て、俺はようやく「ああ、あの時の女子高生か」と思い出した。トラックの前にいたやつだ。律儀な子だな、とは思うが、感傷に浸っている場合ではない。俺にはまだ「死」という名の至上命題が残っている。


「…ああ。俺は田中…田中一郎だ。君は…あの時トラックの前にいた子だな。」

こんなところで名乗る意味などあるのだろうか、と思いつつも、つい口から出てしまった。まあ、どうせすぐに死ぬ(はずの)身だ。名前の一つや二つ、知られたところでどうということはない。


「田中…さん…」

凛は俺の名前を反芻するように呟き、改めて顔を上げた。その瞳には、恐怖だけでなく、何か別の感情が宿り始めているように見えた。

「覚えていてくださったんですね!田中さん!!」

パアッと顔を輝かせるその女子高生――相沢凛。いや、だから特に鮮明に覚えていたわけではない。ただ、見覚えがある程度だ。

「別に。それより、ここで騒ぎを起こせば警察沙汰になって、何かこう、いい感じに死ねるかと思ったんだが…期待外れだった」

「え…?」

俺の言葉に、凛は目を丸くしている。まあ、無理もない。この純粋な感謝の気持ちを踏みにじるような俺の発言は、常人には理解できまい。

「とにかく、もう大丈夫だろう。俺は次の死に場所を探しに行く」

そう言って、俺は呆然とする凛をその場に残し、さっさと人混みの中へ消えようとした。面倒なことに関わるのはごめんだ。特に、死ねそうにない、そして感謝されるようなことには。

「あ、あの、待ってくださいっ!」

背後から、切羽詰まったような少女の声が追いかけてくる。振り返ると、さっきの女子高生――相沢凛が必死の形相でこちらへ走ってくるところだった。何かまだ用があるのか?面倒だな。

その時、俺はふと気づく。

遠くのビルの屋上から、何かがキラリと光ったような気がした。そして、その光は、明らかにこちらを――いや、俺の隣を必死に走ってくる凛の小さな頭を捉えているように見えた。

(なんだ…? スナイパーか!? ついに俺にも暗殺者が!? これぞ異世界転生の王道フラグ!しかも美少女を守って死ねるパターンか!?)

俺の心に、再び希望の光が、それもかなり強烈なやつが灯った。今度こそ、今度こそいけるかもしれない

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