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第十話

時間が空いてしまい申し訳ありません。

最終話までの下書きは完成していますのであとは最後まで走り抜けていきます!

あと少しですがお付き合いのほどよろしくお願いします。

 新たな「仕事」の当日。俺は黒塗りのセダンの後部座席に乗り込もうとして、動きを止めた。先に乗っていた相沢凛が、俺をまっすぐに見つめていたからだ。

「…お前は降りろ。遊びじゃないんだぞ」

「遊びでないことは知っています。これは、お父様からの指示です」

 凛は落ち着いた声で答えた。

「田中様が内部で混乱を引き起こしている間に、私が奴らのデータを回収します」

「お前が? 専門家とやらがいるんじゃなかったのか」

「情報の回収には、戦闘員よりも私のような『普通の人間』に見える存在の方が都合がいい場合もあります。私が『専門家』が遠隔操作するための端末を設置するのです。ですから、これは私の『仕事』でもあります」

 玄道の言っていた「別の者」が、まさかこの娘だとは。俺は舌打ちしたが、玄道の決定に逆らう気もなかった。何より、この娘の瞳の奥に宿る、奇妙な覚悟のようなものが、俺の興味を引いた。

「…好きにしろ。だが、足手まといになったら、置いていくぞ」

「はい、覚悟の上です」

 凛は小さく、しかしはっきりと頷いた。


 車は静かに走り出し、俺たちを都内郊外の目的地へと運んでいく。後部座席に奇妙な沈黙が流れる中、俺は窓の外を流れる景色を眺めながら、これから始まるであろう戦いに思いを馳せていた。

 やがて車は目的地の廃工場に到着した。ここは蛇塚組の背後組織が利用する隠しアジトの一つで、非合法な人体実験が行われているという噂があった。

「いいか、絶対に車から出るな。俺が合図をするまで、ここで息を殺して待っていろ」

「…はい。田中さんも、どうかご無事で」

 後部座席の凛にそう言い残し、俺は車を降りた。

「ここが、新たな戦場か…悪くない」

 廃工場の錆びた鉄扉を蹴破り、内部に踏み込む。そこは、鉄と血と薬品の匂いが支配する空間だった。床には用途不明のケーブル類がのたうち回り、壁際には人の背丈ほどもあるガラスのシリンダーが並んでいる。そのうちの一つには、おぞましい形に歪んだ肉塊のようなものが沈んでいた。非合法な人体実験。その言葉がやけに生々しく響く光景だった


(特殊な能力者、非合法な人体実験…か。玄道の奴、なかなか面白い情報を提供してくれたな。今度こそ、俺を殺してくれるような「強敵」が現れるかもしれん!)


 俺の胸には、かすかな期待が湧き上がっていた。これまでのチンピラやスナイパーなど、物理的な攻撃しか仕掛けてこない「雑魚」では、俺の鋼の肉体を傷つけることすらできなかった。だが、「特殊な能力」を持つ者、あるいは「人体実験」の産物とやらならば、俺の内側から俺を破壊するような、精神的な、あるいは概念的な「死」を与えてくれるかもしれない。

 うめき声が聞こえる最深部へと進むと、開けた空間に出た。正面にはガラス張りの大きなコントロールルームがあり、数人の白衣の男たちがこちらを見下ろしている。そして、俺とコントロールルームの間には、身体のあちこちを機械に置換された、三体の異形の改造人間が静かに佇んでいた。

 ガラスの向こうから、スピーカーを通した甲高い声が響く。

「ほう…どこから入り込んだネズミか知らんが、よくここまで来れたものだ。褒めてやろう」

 白衣の一人、リーダー格らしき男がマイクを片手に、値踏みするように俺を見ている。その目には、哀れみと侮蔑が浮かんでいた。

 俺は男を無視し、目の前の改造人間たちに視線を移す。


「こいつらが、お前たちの最高傑作か?」

「いかにも。人類の未来を担う、我々の偉大なる研究成果だ。君のような旧人類には理解できんだろうがね」

 男の言葉に、俺は一つだけ、最も重要なことを問いかけた。

「単刀直入に聞こう。こいつらは、俺を殺せるのか?」

 スピーカーの向こうで、科学者たちが一瞬きょとんとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「は、ははは! なんだ、貴様、死にたいのか!? 面白いジョークだ!」

  リーダー格の男は涙を拭う仕草をしながら、せせら笑う。

「いいだろう、実に興味深いサンプルだ。ならば望み通り、我々の科学の粋を集めたこの子たちで、君が望む『死』というものをプレゼントしてやろう! …もっとも、塵一つ残らないだろうがな!」


 男がコンソールのスイッチを押すと、改造人間たちの目が一斉に赤い光を放ち、機械の関節を軋ませながら俺に向かってきた。


 しかし、その瞬間から数分後、現実は俺の期待をあっさりと裏切ることになる。

「ぐああああああっ!」 「な、なんだこいつは!? 俺の電撃が効かないだと!?」


 混乱する改造人間の悲鳴を聞きながら、白衣の男たちがモニターの前で叫んでいた。

「馬鹿な! 被験体デルタの硬化スキンが、まるで豆腐のように…!」

「バイタルを計測しろ! ヤツのデータは!? …なんだ、このノイズは! 計測不能だと!? ありえん!」 「違う…あれは我々が創り出したモノとは根本的に違う...! あれは災害だ! 人間の形をした、災害そのものだぞ!」


 俺の圧倒的な力の前に、改造人間たちは玩具のように破壊され、科学者たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。俺は彼らを「殺すな」という玄道の指示通り、再起不能にする程度で済ませたが、その過程で心に募るのは、深い苛立ちと失望だけだった。


(これも違う。こんなものじゃ俺は死ねない…何が能力者だ。ただのびっくり人間じゃないか。)


 戦闘の轟音が止み、静寂が戻った工場に、恐る恐る入ってきた足音がした。車で待機していることに耐えきれなくなったのだろう、相沢凛だった。彼女は俺の顔色を窺うように、不安げな表情で立っていた。


「田中さん…ご無事で、何よりです。でも…」


 凛の視線は、俺のワイシャツの肩に空いた、小さな破れに向けられていた。それは、戦闘中にたまたま飛んできた金属片が当たってできた、本当に取るに足らない傷だった。


「ああ、問題ない。だが、期待外れだったな。もっとこう、俺の根幹を揺るがすような、精神を破壊するような攻撃を期待したんだが」


 俺が不満そうに呟くと、凛は小さく息を呑んだ。彼女の瞳には、俺の「死にたい」という願望の根深さを改めて痛感したような、痛々しい色が宿っていた。


「田中さん…」


 凛の震える声が、俺の耳に届いた。彼女は俺の顔を見上げ、何かを言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わず、ただ俺の腕をそっと掴んだ。その小さな手のひらから伝わる温もりが、なぜか俺の苛立ちを、ほんの少しだけ和らげるような気がした。


 この戦いを皮切りに、玄道が俺に与える「厄介事」のスケールは急拡大していくことになった。俺の「死にたい」という願望は深まるばかりだったが、その一方で、凛が俺の隣にいる時間が、日を追うごとに増えていくのだった。


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