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第4話 父クイトラワクの思い

「クイトラワクよ、その後、そなたの息子は壮健であるか?」


アウィツォトル王からの問いかけに、平伏していたクイトラワクは答える。


「はっ。頭を打った折から少々奇妙な言動こそございますが、元気に過ごしております。

 ただし、今後はさらに厳しくしつけてまいる所存にございますゆえ、どうかお許しいただきたく・・・」


アウィツォトル王は穏やかに頷くと、まなざしを和らげた。


「よいよい。子どもとは測りがたいものだ。

 とはいえ、そなたと同じくこの国の将来を担う者に育つよう、怠りなく導いてやるのだぞ」


「ははっ」


クイトラワクは再び深く頭を下げ、その姿勢を崩さぬまま恭しく退出する。

まわりの廷臣たちが静まり返る中、彼の足音だけがゆっくりと奥へと消えていった。


クイトラワクは、何代か前の王家の血を引く傍系の族長である。

先々代、アシャヤカトル王の時代からアステカの尖兵として仕え、タラスカ王国との激戦時には深手を負った王を救助し、首都まで連れ帰った。その功績もあり、王家からの信頼は厚い。

さらに、テノチティトラン周辺に点在する族長たちをまとめ、水利や農耕地の調整を進めて、今日の大都市の基盤を築いたのも自らの功績だと自負している。ただし、あからさまに誇示する性格でもないため、多くを語ることはない。


そんなクイトラワクにとって、いま最大の悩みは息子のテクシウィトルの奇行であった。

もともとはなんの変哲もないアステカの子どもだったテクシウィトルは、ある日、石畳で転倒して頭を強打し、一時は生死の境をさまよった。

家族や召使いが懸命に祈りを捧げ、神のご加護を願った末、ようやく意識を取り戻したが――その日以来、言葉遣いや目つき、振る舞いがまるで別人のように変わってしまったのである。


王家傍系の子息として、武芸や礼儀作法、暦や神話などを習わせようとするたびに、その態度は明らかに以前と違う。

とりわけ、生贄に関わる話題になるとどこか嫌がる素振りを見せる一方で、暦の勉強には大人顔負けの情熱を示す。どう考えても普通の幼子の反応ではないのだ。


中でもクイトラワクが大きく心配しているのは、つい先日、市場へ息子を連れて行ったときの事件である。

プルケ――アガベの樹液を発酵させた酒で、儀式にも用いられるものだ――を目にしたテクシウィトルが、ほんの一瞬目を離した隙に、まるで長年親しんだ酒でもあるかのように壺から掬って飲もうとしたのだ。

まだ五つそこそこの子が、ときに命さえ厭わぬような執着を見せてまで酒を欲しがるなど、異常と言うほかない。

周囲の手前、クイトラワクは息子をその場で厳罰に処した。もちろん父として心苦しかったが、アステカの道理を教えるためにはやむを得ない手段だった。


それでも、わが子の発想力や考え方は、いずれ国が窮地に陥ったときや変革を迫られるときにこそ役立つのでは――と、どこかで感じてもいる。

この国が次なる発展の段階を迎えた際、もしテクシウィトルの奇妙な才覚が正しい形で花開くならば、それは大いなる武器となるに違いない。


だが、だからといって息子の放埒を許すわけにはいかない。

クイトラワクは、プルケの壺から引きはがしたときの、息子テクシウィトルの覚悟を決めた眼差しを思い浮かべる。あの熱のこもった目を持つ子どもが、誤った方向へ進めば、この国にどんな禍いをもたらすか分からない。


「その才覚が本当にアステカの栄光のために生かせるならば・・・」

クイトラワクはそう胸中でつぶやきながら、より一層厳しく教育する決意を固める。

むろん、彼の心中には父親としての愛情も確かにあったが、それと同じくらい、いやそれ以上に、国と王家を守るための使命感が大きかったのだ。


こうして、クイトラワクの中で“テクシウィトルへの体罰と指導を強化する方針が定まったのであった。

そのことを今はまだ幼い息子が知ることはない。

ただクイトラワクはそれがもたらす未来への不安を思い、王宮の方角に一瞬目をやって静かに息をついた。

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