第2話
そういえば昨日も二日酔いで頭が痛かった。
「酒井さん、昨日も深酒したんですか? 今日も酒くさいですよ?」なんていう同僚の嫌味から一日が始まった。
酒好きが高じて、そこそこ有名な酒販メーカーから内定をもらえたときは、そりゃあ嬉しかった。
けれど何年も勤めてみると、酒好きだけではどうにもならない現実があることを思い知らされる。
研究開発部とはいえ、実際の仕事は会議や書類づくりのデスクワークが大半だ。各部署との調整やら新製品コンセプトのレビュー、法令の確認書類……。
もちろんラボで蒸留やブレンドの実験をやることもあるが、そんな日はどっぷり深夜までかかることもしょっちゅう。それでも理学部時代から夜中の実験は慣れっこなので苦ではない。
ただ、いつも帰りが遅いせいで、大学時代の友達や彼女ともすっかり縁が切れてしまった。最近まともに話す相手と言えば、バーの店主と常連客くらいだ。
夜の十時半にようやく会社を出て、いつものバーへ向かった。
「アガヴェ」というその店は、大学生の頃から通っているテキーラ専門店みたいなもので、プレミアム品の品揃えには定評がある。
学生や新卒の身分じゃなかなか手が出ないいい値段のテキーラもそろっているが、労組に文句を言われかねないギリギリのラインで出る残業手当のほとんどは、このバーの売り上げに貢献しているようなものだ。
サウザの新しいアネホが入ったと聞いて試してみたら、これがやたら気に入ってしまい、何杯かお代わりしたのが運の尽き。テキーラを一気したときの熱いのどごしもいいが、熟成が効いた重みある味わいも捨てがたい。
日曜と月曜の夜は憂鬱を飛ばすためにどうしても量が増えるし、一度気に入った酒はショットで何度もお代わりするのが俺の悪い癖なんだ。
結局いつものように「メキシコ行って蒸留所めぐりしてえなー」なんて酔っ払いの戯言を繰り返し、いつものように店主から「毎回それ言ってますけど、有休ないじゃないですか」と突っ込まれたあたりで、終電はきっととっくに逃していた。
ボトルの何分の一かを一人で空けたところで、さすがに店主に止められるか、あるいは俺が何とか満足したのか分からないが、そのまま会計を済ませて店を出た。
ボーナスの後ならともかく、酔い潰れた状態でタクシー代を出すのがもったいないと思ったんだろう。何を考えたのか、歩いて帰ることにしたらしい。
家までの道を、左右にふらつきながら歩いていた記憶がかすかにある。
家は駅から徒歩十五分、築三十年を超える古いアパートだ。寝るだけと割り切って選んだから相場より家賃は安いが、当然エレベーターなんてものはない。
四階まで階段を上がろうとしたとき、足を滑らせたのか、あるいは何かに引っかかったのか、転んでしまった。変な姿勢で、頭から転げ落ちる。
何度かコンクリートの角に頭や体を打ちつけ、視界がスローモーションになったあと、暗闇がじわじわ広がった。意識が落ちる寸前に頭をよぎったのは、「ああ、俺の新スピリッツ、まだ開発途中だったのに……」という他愛ない思いだった。




