第1話
「おぼっちゃん、お目覚めですか?」
生まれてこの方、“おぼっちゃん”呼ばわりされたことなんてなかった気がする。だが同時に、もうひとりの自分が「それは当たり前だ」と思っているような感覚もある。
しかも、この言葉は日本語でも英語でも韓国語でもない、聞いたことのない発音なのに、なぜか意味が頭に入ってくる。
ここはどこだ? お前はいったい誰だ?
問いかけようとしたが、声にはならず、喉の奥から出たのはただの唸り声だった。
「気が付いたか、テクシウィトル。気分はどうだ?」
今度は頭に羽飾りをまとった、半裸でいかつい中年男が入ってきてそう言う。
誰だ・・・いや、俺はこの男を知っている。俺の父親だ!
ここはどこだ? どうして俺はここにいるんだ?
その問いを口に出せず、代わりに俺はかすれた声で答えた。
「頭がまだ痛いですが、だいじょうぶです」
父は大きく息をつき、安堵の色を浮かべた。
日本では見たこともない派手な鳥の羽飾りを頭で揺らしながら、彼は胸の前で両手を合わせると小さく祈りを捧げる。
「そうか、よかった。イシュトリルトンの慈悲に感謝しないとな。石畳で頭を打ったと聞いたときは、もうミクトランテクートリのもとに行ったのかと覚悟したが……まったく、奇跡としか言いようがない」
壁際に立っていたおばちゃんも、うつむいて胸の前で両手を合わせている。
「無理をしてはいけない。今日と明日はもう何もしなくていいから、休んでいなさい」
父はそう告げると、せわしなく部屋を出ていった。おばちゃんも一礼して去っていく。
(イシュトリ? ミクトラン? それって・・・神様の名前なのか?)
聞き慣れない言葉が頭の中をぐるぐる巡る。
まだ収まらない頭痛と混乱の中、俺は昨夜いったい何があったのかを、必死で思い出そうとしていた。