プロローグ:部屋と頭痛と私
今日も頭が痛い。
どう考えても昨日の飲み過ぎが原因だ。
起き上がりたくない。
ポカリの一本でも飲んで、そのままあと半日ばかり惰眠を貪れたなら、この頭痛も喉の渇きも倦怠感も、ある程度はやわらぐだろう。だが今日はまだ火曜日。
現実は薄情なもので、飲み代を稼ぐためにも出勤しなければならない。
いずれにせよ、いま何時かを確認しよう。
目を開けずに枕元のスマホを探ろうとした。そのとき、初めて違和感に気づいた。
腕を伸ばして触れたのは、いつものスマホでもベッドシーツでもなく、畳に爪を引っかけたような手触りだったのだ。
耳を澄ますと、遠くから子どもたちの声と足音が聞こえる。
そして涼しい風が腕や足下をかすめると同時に、ほんのり甘い花の香りが流れ込んでくる。
ここは一体どこなんだ?
目を開ける。
まず見えたのは、天井に重なり合う角材。そして、土くれの壁には見たこともないような幾何学模様が鮮やかな絵の具で描かれている。
窓というには小さすぎる開口部からはまばゆい日光が差しこみ、カーテンどころかガラスもない。
ぼやけていた視界が少しずつはっきりしてくると、どうやら家具らしきものはあるにはあるが、その形はまったく見慣れない。
奥の壁際には細長い台が置かれ、そこにやけに派手でずんぐりした壺や碗が並んでいる。
テレビもパソコンもダーツボードも見当たらない。自分の部屋でないことは明白だ。
バーで酔いつぶれてタクシーに押し込まれ、どこかのビジネスホテルにでも泊まったのか?
それにしては妙だ。たった30分も歩けば帰れる距離だというのに、どうしてそんな無駄遣いを?
来月のクレジットカードの請求額がまたひどいことになるじゃないか。
いや、それにしても、まだおかしいことがある。
気づけばベッドではなく地べたに寝ていて、しかも半裸。
いったい何が起こった?
ここはどこなんだ?
そんなふうに混乱していると、部屋に人が入ってきた。
ここ数年、女も男も部屋に招いたことなんて一度もないのに、なぜだ?
ふと見ると、白いワンピースのような服をまとい、木や石で作った首飾りを下げた、昔から知っている気がするおばちゃんがいる。彼女は優しい声でこう言った。
「おぼっちゃん、お目覚めですか?」