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44話 ミュラー逃亡劇⑤

 

 しかし三人の威勢は女のかざした手で消え失せた。


 空の雲の一つ一つが大きな積乱雲として形成されていく。


 それだけならいい。

 問題はその形と大きさだ。


 その巨大な積乱雲の姿には見覚えがある。


 ティラノサウルスだ。

 しかも大きな翼まで生えている。


 巨大な異形の肉食竜がベガスの空を支配していた。


 その顎からは稲光が走っている。


 三人は一斉にその場から逃げるように駆け出した。

 大地を揺るがす地鳴りと共に眩い光と、鼓膜を破壊するような衝撃音が襲いかかる。

 三人は逃げまどいながら、

「ミュラー、ありゃなんだ?」

「おそらく精霊操術、使役した精霊を召喚して俺達に攻撃してるんだ」

「弱点とかあるー?」

「おそらく使役した精霊を召喚するのは一時的なものだろう。この攻撃が終われば、ヤツは次の精霊を使う。ただ……」

「何だよ?」

「ヤツはベガスを破壊するつもりで攻撃してきてる。このままだと街が崩壊するぞ」

「ざけんなよ!!」


 激高したジラールはフルパワーでハーミットの光弾を放った。


 竜の姿をした雲の塊が霧散する。

「やったか!?」


 ああ言いやがったな。

 こいつ。

 こういう時にこの言葉を口にする時は大抵やってない。


 嫌な予感が脳裏によぎる。


「見つけた」


 女が三人の前に姿を現わす。

 そして再び腕をかざそうとする。


 瞬間、オルマの糸が女を拘束した。

「させないよ! ミュラー!」

 オルマの呼びかけに答えるよりも前に、ミュラーは間髪入れずに斬撃を放つ。


 その瞬間、背筋に悪寒が走る。

 ミュラーの眼前に見覚えのある異形が姿を現わす。

 それは以前、恐怖で戦慄した『ソレ』がいたのだ。


 忘れられもしない、目も口もない頭、異形の体躯をもち、謎の動きでかつてフェンディを瀕死に追いやった存在。


 あの時の恐怖がミュラーに襲い掛かる。

 しかしもう以前のミュラーではなかった。

 恐ろしさよりも怒りの感情が湧いてきた。

 その情動がミュラーの身体を動かす。


 あの時の恥辱をここで断つ!


「フェンディの仇!」

 ミュラーが叫ぶと、オルマが呆れた声で呟く。

「ミュラー……フェンディは生きてるよ……」


 ミュラーは躊躇うことなく剣を持った腕を振るう。


 しかし、その斬撃は通じなかった。

 

 やはり効かんか……。


 ミュラーだけでなく、他の二人もあの時の恐怖はよく覚えている。

 だが二人ともミュラー同様、以前のように恐怖には縛られなかった。

 警戒した動作で迎え討とうとしていた。

 女が怪しい笑みを浮かべる。

「私のお気に入りよ。前に出した時は筋肉野郎のせいで邪魔されたけど、今度はどうかしら」

 女はすでにオルマの拘束を解いている。

 ミュラーの瞳には不気味な異形が映し出されていた。

 そしてそれを憎悪の満ちた目で睨みつける。


 こいつの正体はアヤカシと呼ぶらしい、人の恐怖心から生み出された存在だ。

 悪霊のようなものだ。

 中でも目の前のヤツはトップクラスに危険な存在らしい。

 S級レベルの悪霊。

 だが大丈夫だ。

 対処法はブシュロンと研究を重ねた。

 以前に戦えたのが大きい。


 物理は効かない。


 なら魔法で、高火力の魔力で押し切る。

 ジラールのハーミットも有効なはずだ。


 ジラールはハーミットを構え、ミュラーも無詠唱魔法を発動さえようとしていた。


 瞬間、横槍が入る。


 無数の光の矢が目の前のアヤカシを貫く。

 すかさず、数えきれない火球が降り注ぎ、目の前の異形を焼き尽くす。

 異形のけたたましい悲鳴が周囲に響いた。

 予期せぬ不意打ちは女に効果的であった。

 距離を取ろうとその場を離れようとしたところに、再び光の矢が襲い掛かる。

 女は腕をかざしてそれを防ごうとする。


 防御結界をする気だ。


 そうはさせまいとオルマが糸で女を縛り、その糸にミュラーは魔力を送りこむ。

 眩い閃光がオルマの糸を伝い、女を包む。

 その瞬間、雷光の柱がそびえ立つ。

 間髪入れずにジラールはハーミットの最大火力の光弾をそこへ向かって放つ。


 光の塊が弾け跳び、轟音が鳴り響く。爆風が周囲に巻き起こった。

 ミュラーの視界は光で遮られた。

 その中に飛び込もうとミュラーは駆け出そうとするが、

「今のうちにに逃げて下さい!」


 少年のような声だった。


 そして気付けばローブを覆った小柄な少年兵達がミュラーを囲っていた。

 ジラール、オルマもそうだった。

 ミュラーの腕を強く引っ張り、光に乗じて退却を促す。

 ミュラーは逡巡したが、魔力が尽き欠けていること、ジラールが全力でハーミットを放ったとなれば、連発は期待できない。


 目の前の少年兵達は俺を助けようとしている。

 いや実際、先ほどの不意打ちもこいつらの仕業だろう。

 助けてくれたのだ。

 こちらの味方の可能性が高い。


 ミュラーは二人に視線を動かした。

 ジラールもオルマも頷いていた。


 やむをえない、ここは退くか……。


 少年兵達に連れられ、ミュラーはその場をあとにした。

 閃光の先を忌々しく睨みつけながら。


 

 ミュラーたちが攻撃した後には石の柱ができていた。

 その柱がガラガラと音を立てて、崩れる。


 中から銀髪の魔女がせせら笑いながら、ゆらりと姿を現した。


「フフフ、あれは大鷲の子供たち。楽しませてくれるわ、ロゼ。ヤツが動いたわよ。フフフ、私たちはどちらの手の平で踊っているのかしら……フフフフ……」


 銀髪の魔女が瓦礫の上で不気味に微笑んでいた。

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