119話 ミュラー、父となる
ミュラーがカインを打ち負かし、免許皆伝を授かってから、数ヶ月後。
雪の強い日。
ミュラーの妻、ルカの中から新たな命が生まれようとしていた。
余りにも雪が強すぎて、近隣の村の助産婦が呼べないことにミュラーは焦り、取り乱した。
慌てて自ら赤子を取り上げようとしたら、カインに頭を叩かれた。
「落ち着け、いざとなれば、複体修術で治療すればいい。ヒルダも助産経験は豊富だ。こういう時に弱いな、お前は」
苦しそうにいきむルカに、ヒルダはテキパキと動き、落ち着いた言葉をルカにかける。
「ルカ様、大丈夫です。逆子ではありません。別に早産でもないので、元気な赤子が出てきます。ゆっくりいきんで下さいね」
ヒルダは淡々と見事な手さばきで作業をしながら、ルカに優しく語りかける。
その言葉を聞いたルカは苦しい顔をしながらも、安堵の息を吐く。
役立たずのミュラーは、その場を未だにオロオロしていた。
ヒルダの言葉なぞ届かずに、動揺は隠せない。
ただルカの手を強く握り締めた。
どんな言葉をかけるべきかわからない。
こういう時に頑張れって合ってるのか!?
いい子を産めよってのもおかしいよな!?
不安でルカの大きく開いた股を覗こうとしたら、今度はヒルダに頭を叩かれた。
「邪魔するなら出てって下さい!」
涙目になりながら狼狽するミュラーを見て、ルカはクスリと笑う。
「えっと……。あなたはもっと力を抜いた方がいいわよ」
そうだ!
力を抜けだ!
「大きいのは力を抜いた方がよくでるぞ! ルカ!」
その言葉を聞いたヒルダは大きく溜息を吐いた。
もっと頼りになる言葉は思いつかないのか。
これ以上、この男がウロウロすると、何するかわかったもんじゃない。
危険は早めに排除するか。
そう思い至ったヒルダはミュラーを部屋からつまみ出した。
「はい、ルカさん。ゆっくりいきんで下さいね。もう頭が出てきますよ。深く息を吸って下さい。大丈夫ですよー」
部屋から出禁を食らったミュラーは嘆き喚く。
「出産に立ち会わせてくれないなんて、あんまりだ!!」
ミュラーがやり場ない怒りを床に向かって、拳で叩き込む。
その様子を見てカインは呆れる。
「お前が頼りねーからだろうが。しかしまぁ、よくやるもんだな。これで三人目か……」
カインの傍らには男女、一人ずつの幼児がいた。
幼児達はカインの長髪を玩具のように掴んでいた。
男児はヴィータ、女児はドルチェ。
ミュラーとルカの生き写しのような、綺麗な青髪をしていた。
「痛てて、おい髪の毛を引っ張るなガキども! 禿げたらどうする!」
カインは幼児をあやしながら、ミュラーに語りかける。
「お前さん、これからどうするつもりだ?」
ミュラーが首を傾げる。
「何の話だ?」
「……普通、家庭を持った奴は家族を養うために、安定した生活を探すもんだが……。お前はもっと将来設計を考えてくれ」
「ここで養ってくれないのか!? 俺達は家族みたいなもんだろう!? 出てけというのか!? こんな小さい子供を見捨てるつもりか!?」
「大きい子供のミュラー君は労働するという発想がないのか!? 男なら家族ぐらい一人で養いやがれ!」
カインの正論に思わず、言葉に詰まるミュラー。
顔がみるみる青ざめていく。
「カイン、仕事紹介してくれないか……。あんた賢者なんだろ。なんだ、魔法学校の先生とか。俺、一応免許皆伝だし……」
「いや、お前、絶対人にもの教えるの向いてねーよ。……さてと本題だ。俺はある目的の為にお前を鍛えた。それに協力するなら、それ相応の対価を払うつもりだ。城一つくれてやってもいい」
「いや、城はいらない。この屋敷ぐらい貧相な暮らしで構わない」
「お前、遠回しに馬鹿にしてんのか? まぁいい。……これからお前にはあるものを回収していってもらう」
「あるもの?」
「真理の欠片。または聖者の遺物。はたまた神の遺骨。人はそう呼ぶ。それを回収し、その一部を取り込んでもらう。そして逸脱者となって、古の遺跡の捜索を俺の代理人としてやってもらう。覚悟はあるか?」
「覚悟も何も、何を言ってるのかさっぱりわからん」
残念そうな、哀れむような目してカインはミュラーを見つめる。
そうだった。
こいつは馬鹿だった。
「……今より強くなって、冒険の旅に出るんだよ、馬鹿野朗」
「いや、単身赴任は断る。俺にはルカと子供達がいる。そして新しい命を今まさに授かるところだ」
「そんな長旅しろって言ってる訳じゃねー。好きな時に帰っても構いやしねーよ。休みも自由だ。勿論、成果は上げてもらうがな」
するとミュラーが鋭い目つきでカインを睨みつける。
「お前の目的はなんだ?」
カインはミュラーの眼光と問いに、思わず呆気に取られる。
そうだった。
こいつはこういう奴だ。
勘が鋭いとかの問題じゃねぇ。
物事の本質を見抜く資質があるんだ。
カインは二人の幼児を抱き上げ、その無垢な顔を眺める。
「……今は言えん。だがお前の子供達の未来のためになるとだけ言っておこう……」
すると母屋から赤子の産声が響き渡る。
突如、ミュラーは慌て出し、母屋へと駆けていった。
その様子を見て、カインは屈託なく笑う。
そうだ、ミュラー。
お前は守る者の為に強くあれ。
そして守るんだ。
持たざる者達のために。




