117話 空間殺法
空間殺法。
創世の魔術師、カインが編み出した究極奥義。
上空8000メートルの高度空中飛行で天空を駆け、その高速移動で敵を屠る戦法。
先の大戦では上空から、無防備な地上へ極大魔法を放ち、縦横無尽の戦果を上げた戦法だ。
しかしその本質は異なる。
人体の限界の超高度における高速での空中格闘。
カインは空を飛ぶ竜や生物を空中近接での魔術戦で圧倒する目的でその技を開発していた。
そして今は同じ使い手を倒すための戦法へと昇華させている。
習熟が極めて困難かつ命の危険が伴うこと、そして空間殺法を習得すれば、地上のどんな生命も屠ることができる危険性から、秘匿魔法とされている。
そして超越者たる現代の英雄達は空間殺法を会得している。
逆を言えば、空間殺法を習熟すればミュラーは稀代の英雄に並ぶことができる。
カインの屋敷を出ると、ミュラーはベルトを手渡された。
「飛行魔法なんかが付与された特殊な魔道具だ。飛行魔法はそのうち覚えてもらうが、まずは空間殺法だ。まぁ俺ぐらいの達人なら無詠唱で飛行魔法と移動魔法を同時に放てるがな。まずは空の世界に慣れて貰う」
ミュラーがベルトを装着するのを見て、カインは指示する。
「よし、ベルトに魔力を込めろ。ビビって漏らすなよ」
ミュラーが魔力を込めた刹那、遥か上空へとミュラーの身体は飛翔されていく。
飛ぶ鳥よりも速い速度にミュラーは圧倒される。
雲を突き破り、ただ青が広がる世界。
眼下にはカインの屋敷なぞ映らない。
地図で見たことのあるような大地の景色が映っていた。
そして寒い。
凍てつく冷気がミュラーを包む。
背後にカインがミュラーに呼びかける。
「大きく息を吸え! 呼吸を意識しろ! 酸欠で死ぬぞ!」
ミュラーは言われた通りに呼吸を整えた。
以前に味わったものとは違う別の恐怖を覚えた。
カインはすかさず忠告する。
「念願の大空の世界に来たからってはしゃぐなよ。言ったろ、そのベルトには飛行魔法が付与されてるって。ベルトを着けてる間は落下したりはしないから安心しろ。よし、始めろ」
ミュラーはカインの放った言葉の意味がわからなかった。
何を始めろと?
すかさずカインがミュラーの頭を蹴り飛ばす。
そして叱責する。
「空を飛ぶんだよ! 地面を走るように両足使って! 言われなくちゃできねーボクちゃんか! テメーは!?」
ミュラーが不慣れに宙を走り始める。
とてもぎこちない。
無理もないミュラーにとっては初めての世界なのだから。
しかしカインは甘えを許さない。
「お前、瞬脚はどうした!? 稽古場で見せた動きをここでするんだよ!」
無茶を言うな!
そう抗議しようとした時に、猛烈な殺意が篭った拳閃が迫る。
寸前でなんとか流し、咄嗟にその場から距離を空ける。
それができたのは自身の技術ではない。
戦場で培った感、謂わばシックスセンスで察知することができたのだ。
放った相手はカイン。
今度は上空で俺を殺すつもりだな。
ミュラーも殺意を込めた目でカインを捉え、殺気を放ち、身構える。
その様子を見てカインはフッと笑う。
「やればできるじゃねーか。今日から俺が直々に稽古相手になってやる光栄に思え」
ミュラーが不適に笑い返す。
「嬉しくて涙が出そうだ。今までの虐待の恨み、ここで晴らす!」
地上のヒルダは空から雷が舞っているのを呆然と眺めていた。
すると流れ星がキラリと光る。
その流星はだんだんとこちらに近づいてきており、轟音を轟かせながら地上へ、いやヒルダの元は落下しようとしていた。
とっさにヒルダが屋敷に避難すると、ミュラーは爆音を響かせ、地上に墜落した。
後を追うようにカインが地上に舞い降りる。
「立てミュラー。言ったろ、ベルトには飛行魔法が付与されてるって。地面に落下したんじゃなくて、単純に俺に吹き飛ばされただけだ。致命傷じゃない。それともまた女房に泣きつくか? いい女だな。未亡人になったら慰めてやるとするか、たっぷりと。グヘヘ」
その言葉を聞いて、ミュラーはよろめきながら立ち上がり、殺気を放ちながら構える。
「ルカに手を出したら、貴様の三族皆殺しにするぞ……」
ミュラーの殺意が篭った眼光を浴びて、カインは微笑む。
「いい目だ。屈服させたくなるぜ。覚えておけ、お前が諦めたら、俺はお前の全てを奪う。死に物狂いでかかってこい」
かくして、カインの熾烈極まる死合いは続いていった。
そしてミュラーは忘れていた。
これが究極奥義、空間殺法の伝授の試練であったことを。




