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115話 夢幻虚刻

 

 魔法は二つに大別される。


 変容と編纂


 魔力を利用し、事象や物質に変化を加え、性質を与えるのが変容である。

 アーペルが扱った植物操作がいい例である。

 

 無から有を生み、概念を具現化、自然現象ではあり得ないことを編み出すものが編纂である。

 カインが扱う魔法は後者であり、この編纂の使い手は限られる。

 理由は単純に習得難易度が高いからだ。

 すでにあるものに変化を加えるのと、零から事象を構築するのでは、技術に雲泥の差がある。

 魔法操作の効率面では変容の方が重宝される。

 しかし、魔法の本質である無限の可能性を秘めているのは編纂である。


 想像も出来ないものを創造する。

 それが魔法の本来の存在だ。


 そしてミュラーが手に入れた力もこの編纂である。


 ミュラーは気付いていなかった。

 今まで様々な触媒を利用し、多種多様な魔法を構築してきたことを。

 そして、今や触媒を使わずとも無詠唱で魔法が放てる技術が備わっていることを。

 ミュラーは知らずに編纂の魔法操作技術を使用してきたのだ。

 それはカインの直弟子であるヒルダですら、成し得ない高等技術であった。


 そしてカインがミュラーに放った魔法。


 夢幻虚刻はカインが生み出した空間に対象を閉じ込める魔法だ。


 閉じ込められた者はカインの定めた時間、年数をその空間で過ごさなくてはならない。

 空間自体は相手を害するものではなく、さらに過ごす年数が重なっても、相手の体内はそれに比例しない。

 飢餓も病気も老いることすらない。


 まさに不老不死の魔法だ。


 カインは自身の鍛錬の為に編み出した魔法だ。

 しかし、対象はカインが定めた刻を孤独に過ごすことになる。

 いわば精神を蝕む魔法だ。

 対象は孤独と闘い続けることになる。

 その空間から脱出する術は無い。


 ミュラーは百年の孤独に耐えられるのか。


 孤独の果てにミュラーはどんな結末を迎えるのか……。

 



 真っ白な空間にミュラーは突っ立っていた。

 周囲を見渡しても何も無い。

 建物はおろか草木すら無い、ただ白いだけの空間。

 余りの真っ白さに地平線が見えず、空と大地の境界すらわからなかった。

 天空すら真っ白で、雲はおろか、太陽もない。

 無限にも思える広大な空間。

 しかし何か閉鎖的にも思えた。


 最初の一ヶ月。


 ミュラーはこの空間からの脱出法を模索していた。


 次の一ヶ月。


 ミュラーは脱出を断念した。


 カインの言葉を信じるなら百年後には出られる。


 さらに一ヶ月。


 ここにきて、空腹感が無いことを、今更気付いた。

 顎を撫でると、髭すら生えてこない。

 だが走れば体力は使うし、疲れれば眠くもなる。

 この空間の仕組みを疑問に思う。


 またさらに一ヶ月。


 ただ呆然と座り続けていくと心が病んでいくことに気付く。

 このままだと何か大事なものを失う。

 とにかく動いて気を紛らわせなければ。

 愛するルカの笑顔を思い浮かべながら、走り込みや身体の鍛錬で心の平静を保とうとする。


 さらにさらに一ヶ月。


 余りにも退屈なので、自身の魔法の訓練を始める。

 時間はある。

 この厄介な魔法を完全に制御できるまで使いこなしてやる。


 そして一年。


 何故自分が鍛錬してるのかを忘れた。

 しかし、続けなければいけない。

 もし、一日とて休んだら取り返しのつかないことになるという危機感が脳裏に焼き尽く。


 さらに一年。


 鍛錬をしながら、ミュラーは頭の中でイマジナリーフレンドを一人作った。

 名前はオリス。

 上の兄の名前から取った。


 オリスと語らいながら魔法操作について熱く談義した。

 オリスと共に掛け声を上げて自身の身体を磨き上げる。


 そして十年。


 最初は一人だった友人が今や10人になった。

 今日も皆んなと競い合うように訓練に励む。


 賑やかなはずなのに、孤独感に悩まされるのは何故だろうか。


 さらに十年。


 オリスとロジェが結婚するそうだ。

 何だか取り残された気持ちになる。

 長年の友の祝福を心の中では祝えない、自分の矮小さに嫌気が差した。

 独身なのはもう俺一人だ。


 すると夢の中で神秘的な女神に出逢った。

 短い青髪をさらりと靡かせ、緑色の瞳が宝石のように輝いていた。

 心がときめいた。

 そして俺はその名前を知っている。


 ルカだ。


 誰だったかは思い出せない。

 けど俺は女神のようにそれに崇拝していたはずだ。

 その女神に感謝を捧げ、鍛錬に励む。


 そして五十年。


 信仰は偉大だ。


 ルカという女神のために、今俺は己をさらなる極みの境地へと達してくれた。


 ただ無心に拳を振り、蹴りを打つ。

 自在に操れる魔法を解き放つ。

 感謝の印として、己の昇華させた技をさらに磨き上げる。


 涙が溢れて止まらない。

 こんなに嬉しいことはない。


 胸に、心に、女神の労いの声が響きわたる。

 

 ついに百年。


 ルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカルカ。


 ボクヲミテ。


 コンナニガンバッタヨ。


 アイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテル。



 夢幻虚刻の術式が解かれる。


 空間からミュラーが現実世界へと解き放れた。

 思わずカインとヒルダはミュラーに駆け寄る。

 虚空を呆然自失に眺めながら、うわ言を呟き続けるミュラーを目の当たりにして、思わずカインは両手で頭を押さえる。

「うわぁ! やっちまった! どうしよう!?」

 カインは弟子のヒルダに視線を送るが、顔面蒼白のヒルダは黙って首を横に振る。

「よし! 証拠隠滅だ。 ヒルダ、穴を掘れ。コイツを埋めるぞ」

 カインが悪事に手を染めようとした時、背後から声が囁く。

「何を埋めるんですか?」


 声の正体はルカだった。


 凛とした声で、毅然として立っていた。


 その立ち振る舞いに、後ろめたいことをしでかしたカインとヒルダは思わず後退る。

 すると自身を失ったはずのミュラーがゆらりと立ち上がり、ルカに抱きつく。

「るか、アイシテル……。ボクガンバッタ……」


 無表情で愛の言葉を呟くミュラーをルカは優しく抱きしめて、頭を撫でる。

 そしてルカは抗議するような目でカインを見つめる。

 その気迫にカインは堪らず土下座して、応対する。

「すいません。やり過ぎました。責任持って治します。もうしません」


 ヒルダは師が平身低頭で謝罪する姿を見て、情けなく思えた。


 なおミュラーのリハビリには一ヶ月かかった。

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