114話 カインの修行
カインによるミュラーの修行は苛烈を極めた。
さも拷問とも呼べる苦行をミュラーに強いた。
今、ミュラーは指先だけで逆立ちをしている。
指と丹田に気を集約させていた。
そこに、大斧を大きく振りかぶったカインが渾身の力を込めて、ベテランの木こりが大樹を薙ぎ倒すように、ミュラーの胴体に叩きんだ。
腹筋に気を集中せねば、ミュラーの胴は真っ二つに裂かれていた。
しかし余りの衝撃に、ミュラーは苦悶の表情と僅かによろめいてしまう。
それを見たカインは激昂した。
「微動だに動くな! 涼しい顔をしろ! 歯磨きをした後のようなスッキリした笑顔をしやがれ! それができるまで何度も繰り返すぞ! ほら! 気を抜くと下半身が吹き飛ぶぞ!」
カインは容赦なく、何度もミュラーの胴体に大斧の強烈な斬撃を叩き込む続けた。
ミュラーは涙を浮かべながら、それを必死に耐えていた。
傍目で見ていたヒルダはその光景にドン引きしていた。
翌る日ミュラーの四肢は鎖に繋がれていた。
鎖の先にいるのは猛り狂っているトリケラトプスだ。
カインが鞭を振り上げながら、ミュラーに愉快そうに警告した。
「しっかり気を全身に張り巡らせろよ! できなきゃ両腕、両脚がもげて、イモムシみたいになっちまうぞ! 気合い入れてろよ!」
ミュラーは泣き叫びながら、首を左右に振った。
「やめてくれぇえええ!!」
しかしカインは無慈悲に鞭をトリケラトプスの尻に打ち据える。
暴れ狂ったトリケラトプスがミュラーの両腕両脚を引きちぎるかのように、全力で引っ張った。
ミュラーは顔を真っ赤にしながら四肢に力を、気込める。
何とか耐えて見せたが、少しでも油断すれば、達磨のようになる。
ミュラーの顔面は発汗した汗だけでなく、恐怖からくる冷や汗と涙でクシャクシャになる。
何とか声を絞り出す。
「……もう勘弁してくれ!」
するとカインは巨大なハンマーをミュラーの胴体に叩き込む。
「全身って言ったろーが! 油断すんじゃねー!」
余りの衝撃にミュラーは泡を吹きそうになった。
そして四肢に激痛が襲いかかる。
痛みの余り泣き叫んだ。
その様子を見たカインはケタケタと笑いながら、ハンマーを打ち据える。
「見ろ、ヒルダ。あんなスカした顔した野朗が泣き喚いてやがる」
その光景を目の当たりにしたヒルダは戦慄を覚えた。
これは車裂きの拷問ではないか……。
そんな翌る日、カインは思いつめた顔をしてミュラーに諭す。
「ミュラー、どうやらお前はメンタルに弱いところがあると思うんだ。それで一ついい訓練を思いついたんだ」
すでに満身創痍のミュラーは無感情にコクリと頷く。
「お前のメンタルを強くするために、百年の孤独の時間をお前にやる。そこで強くなってこい。あ、鍛錬は忘れるなよ」
カインの言葉の意味をミュラーは理解できなかった。
ミュラーが説明を求めようとしたら、カインが有無を言わせず、両手で印を結ぶ。
「空間錬成、夢幻虚刻」
ミュラーの目の前にある空間が渦のように歪みだした。
そしてその渦に吸い込まれるようにミュラーは取り込まれてしまった。
ミュラーが消えた後、カインはヒルダに話しかける。
「ヒルダ、人は孤独に何年耐えられるか、知ってるか?」
師の問いかけに戸惑いながら、曖昧にヒルダは答える。
「5〜6年ぐらいでしょうか?」
「だいたい個人差にもよるが一年だ。一年で精神崩壊する。前にネズミでテストした時は一月でストレス死したぞ。飢えることも、老いることも無いのに、不思議なものだな。心とは」
ヒルダは絶句した。
確かミュラーに課せられた年数は百年。
絶望的だ。
カインはニヤニヤと愉快そうに笑う。
「現実世界では半刻でミュラーは帰ってくる。ん? 複体修術で脳を回復させようと思ったが、それってメンタル強くなるんかな? あ、失敗したかも……」
カインの空間に放り込まれたミュラーの無事を弟子のヒルダは指を重ね祈った。




