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101話 白衣のミュラー


 先の戦いでの負傷者の治療や行方不明者の救出にミュラー達は奔走した。


 特に重症のジラールやアーペルの治療のためにデルヴォーとミュラーは二人懸かりで複体修術を施していた。

 早く二人には前線に復帰してもらわなければならない。

 数少ない戦力である前に、大切な仲間なのだから。

 幸いにも身体の欠損はなかった。

 ただ火傷による怪我は酷く、いくら術式を施しても再び戦えるようになるには時間がかかるだろう。

 火傷による傷の痛みに耐えながら、ジラールはミュラーに語りかける。

「なぁミュラー。タバコを吸わせてくれ。寝てばかりで退屈なんだ」

 火傷の治療に耐えながらジラールは軽口を叩く。

 その言葉にミュラーは薄く笑い、懐にしまったタバコの箱を手渡す。

 ジラールはタバコに火をつけて、ゆっくりと一服する。

 吐いた煙を呆然と眺めながら、軽口を続けた。

「こういう時は白衣の美女が献身的になるものなんだが、むさ苦しい男が俺の尻の火傷を治療してやがる。現実はクソだな」

 ミュラーはジラールの不満に嘆息して答える。

「贅沢言うな。複体修術で他人を治療できる人間は一握りしかいない。この砦でも俺とデルヴォーだけだ。そこらの街医者に診せたら、こんな火傷、匙を投げるだろう」


 それだけジラールの火傷は深刻だった。

 おそらく跡も残るだろう。

 コイツが女じゃなくてよかった。

 顔の火傷の跡もコイツは気にしないだろう。


「なぁミュラー。結局俺達はいつまでこの穴倉に篭ってなきゃならねぇ? いい加減、街に戻ってシャバの空気が吸いてぇ。美味いもん食って、いい女を抱きたい」

 ミュラーは少し眉間に皺を寄せ、重い口を開く。

「一年はここで戦うことになるらしい。戦況が好転するまで戦い続けろって言ってたな……」

 それを聞いたジラールが悪態をつく。

「クソがっ! こっちゃ怪我人なんだぞ。今すぐ本国に帰らせろ! お前援軍連れて来たって言うけど、いい女は連れてきたのか?」

「安心しろ。精強で、屈強な男達を率い連れてきた」

「慰安婦も連れてこい!」

「この怪我じゃできんだろう。諦めろ」

「クソっ! なんだか腹立ってきた。第一なんでお前一人で俺の治療してる? クロエやオルマは?」

「デルヴォーの手伝いでアーペルの治療の付き添いだ。しかしおかしいな。アーペルよりお前の方が重症なんだが……。そういえば男の尿瓶なんか持ちたくないとか騒いでたな」

「クソッタレ! ウチの女達はいい性格してやがる。 怪我から治ったら覚えてやがれ!」

 ジラールの激昂にミュラーは安堵する。

「元気そうで何よりだ。何、2、3日も経てば、立って歩けるようになる」

「怪我が治ったら、また穴掘りか!? それともまた戦場で殺戮させようとしてんのか!? チクショウ……。国に帰りてぇとまでは言わねぇ……。せめて後方勤務にさせてくれ……。せめて死ぬ前にもう一回女を抱きてぇ……」


 らしくないな。

 不味い、ジラールが弱気だ……。

 いつもの軽口が出てこないな。

 俺の口からはトワレが首都を捨てて、徹底抗戦するまで戦うとは言えないな。

 ひょっとしたらコイツは脱走するかもしれない。

 仲間のことは信じたいが、ここまで過酷な戦争になることを出征前までは予想できなかっただろう。 


 長い沈黙が二人の間で続く。


 ジラールが嗚咽している。

 ひょっとしたら泣いてるのかも知れない。

 

 ミュラーが言葉をかけようか迷ってる時に、周囲が騒つく。クロエの絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

「アーペル! まだ無理しちゃ駄目よ! お願い、安静にして!」

 振り返ると包帯で胴体を巻かれたアーペルが弱々しく、しかし健気にも立ち上がっていた。

「くっ……。この程度の傷、どうということはない。それより他のみんなは他の負傷者の救護をしてくれ。私はもう大丈夫だ……」

 気高く、強気なアーペルが自身の健在さを自己主張する。

 しかし、ミュラーから見てもそれはどう見ても強がりだということがわかった。

 火傷の傷に耐え、その痛みで全身を震わせながらもアーペルは産まれたたての子鹿のように立っていた。

 オルマが叫ぶ。

「ミュラー! アーペルを止めてっ!」

 ミュラーはこくりと頷く。

 ミュラーは痛みでうまく身動きが取れないアーペルの背後をとり、素早い手刀で首元を打ち据えた。

「ミュラー……き、貴様……」

 アーペルは呻きながらも、たまらず卒倒し地面に倒れ伏した。

 その様子を見たオルマは絶叫する。

「おまっ!? 怪我人に何してんのあんたー!!」

 ミュラーは不思議そうな顔で返す。

「? 安静にさせただろう? 早く休ませてやれ」

 フェンディがブチ切れる。

「傷病者にあんな手荒なことすんな!! 女性はもっと大切に扱え!!! 母親に教わってなかったのか!!?」

 クロエが死体に群がる蠅を見るような冷たい眼差しでミュラーを睨みつけた。

「だからミュラーにはアーペルの治療はさせたくなかったのよ……。こいつはいつまで経っても成長してないわ……」

 するとクロエは何かを見つけたかのような顔をする。

「ちょっとジラールが泣いてるわよ。こんなの滅多に拝められたもんじゃないわ。みんな来て来て」

 男の涙を冷やかせられたジラールは顔を真っ赤にし、その涙を隠した。


 そして呪う。

 コイツらは悪魔か?


 身悶えするジラールの周りにオルマやフェンディが駆け寄る。

 ジラールの醜態をフェンディは憐れむ。

「可哀想なジラールちゃん。痛かったのねー。大丈夫、お友達のミュラーちゃんが看護してあげてるから我慢してねー」

 クロエは呆れていた。

「アーペルがあんなに気丈に振る舞ったのに……。大の男が泣くなんて……。情けないわね……」

 そして空気の読めないミュラーがジラールの触られたくない部分を晒す。

「あんまり虐めないでやってくれ。どうやら里心がついてしまったらしい。さっきも国に帰りたいと漏らしていた……。女を抱きたいともな……」

 三人は信じられないという顔をし、さっきの弱音を心底後悔するジラールを糾弾する。

「少しはアーペルを見習え!」

「怪我したくらいで弱音なんて吐くな。それでも男か!」

「この状況で欲情するなんてどんな神経してるんだ!」


 ジラールを庇うことなく、ミュラーはただ黙って治療を続けた。

 そこにブシュロンがやって来た。

「思ったより元気そうだな。テトによると三カ月はグラスランドも攻めてこない算段だ。その間に砦の復興と負傷者の救護、今後の作戦を練るぞ」

 ミュラーは安堵した。


 三カ月、束の間だが、平穏が得られる。


 それだけ時間があれば、こちらの態勢も整えられる。

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