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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

投稿小説作品【神衣舞】

その前の出来事

作者: 神衣舞

 そこは不思議な世界。

 その世界には果てがあり、空の上には無がある。

 ただ彼らが認知すれさえすればその場所に新たな概念と世界が生まれる世界。

 生まれ続ける世界に、彼女は居る。




 ここは街からほど離れた湖。

 真円を描く特異なそれのほとりに一軒の店がある。

 有名なマジックカーペンターの住まうそこで、今日は少し変わった事をやっていた。

 湖の真下には工房があり、上の湖はレンズである。

 その湖底はすり鉢状になっていて中央には見事なクリスタルがはめ込まれており、『太陽炉』と名付けられたシステムを作り上げている。

 本来は鍛治をするための場であるが、そのための機材を横にどけて、小さな少女があちらこちらと動いている。

 ついでに直系30cmほどの丸いボールに手足とアンテナをつけたような妙なゴーレムも動き回っている。


「むー、部屋もう一個作ったほうがよかったかなぁ?」


 額の汗を袖で拭って少女は愚痴を零す。


「アルカさん、お茶が入りましたよ?」


 扉が横にスライドし、入ってきた女性は涼やかな声でそのアルカという少女に呼びかける。


「あ、るーちゃん感謝~」


 見れば銀髪の美しい女性だが、その背には翼を背負っていた。

 一方の少女の方も猫のものらしき耳と尻尾がある。


「それにしても大掛かりですね……。今度は何をするつもりですか?」


 見渡しながら歩み寄った女性は盆を置くとカップにお茶を注ぐ。

 紅茶の香りが室内に広がる。


「にゃはは。ちょっとゆいちゃんの真似をしよーと」

「……真似?」


 カップを渡するーちゃんことルティアは不安を滲ませる。


「あー、なにさー、その顔」

「アルカさんもゆいちゃんも、応用が過ぎますので」


 不満げな少女にきっぱり言い放つと、少女の方は紅茶を受け取りながら考え……


「……てへ」

「いえ、『てへ』って……」


 自分の予感が間違い出ない事を悟ったルティアは周囲を見渡す。

 そうして片付けられた工房の片隅に、円柱状の水槽が置かれている事に気付く。


「これって……」

「あれ?

 るーちゃんこれ知ってたっけ?」

「ゆいちゃんの工房にあったと思いますけど……」


 何に使うかまでは彼女は知らない。

 それでなくともユイという少女の扱う技術は特異なのだ。

 足元で動くゴーレム達もユイの作品であり、ロボットというものらしい。

 センタ君シリーズと言う。


「これってね、生物のコピーを作る機能があるにゃよ」

「コピーって……ホムンクルスやキメラを作るつもりですか?」

「にゃはは。はっずれー」


 と、ふと思案顔になると


「あ、でもあたしがもともとホムンクルスみたいなもんだし、同じかなぁ?」

「……あ、アルカさん。

 まさか」


 何をしようとしたかを悟ったルティアの顔が真っ青になる。


「ダメです!

 そんな危険な事!」

「うーわー……。

 るーちゃん、それ傷付くって」


 ジト目で見上げるアルカに普段温厚な彼女はぶんぶんぶんと首を振って詰め寄る。


「ダメです!

 絶対ダメです!」

「るーちゃーん?

 それ以上言うとお仕置きするにゃよ?」


 さり気に怒りゲージが溜まってきたアルカに対し、我に返った彼女はさっと離れる。


「で、ですけど!

 アルカさんのコピーを作ってどうするつもりなんですか!」


 それでも反対と言う気持ちは変わらないらしい。

 だが問われる事は嫌いじゃない少女は機嫌よく回答。


「んー?

 ちょっち因果律の原理探求ってやつをね」

「因果律……ですか?」

「うん。ほら、あたしもるーちゃんも。

 ゆいちゃんもだけど、あたしらって特殊な因果を負ってるでしょ?」


 言われて頷かざるを得ない。

 三人ともそれぞれがありえないほどの冒険を乗り越えてこの場にいるのだ。


「それってさー。

 コピー、ゆいちゃん曰くクローンなんだけどね、それに転写できないかなーって思ったのよ」


 はぁ……と、生返事を返すしかないルティアだが、もう一度良く考えると実にありがたくない疑問が浮かぶ。


「……アルカさん、よろしいですか?」

「にゃ?」

「私たちが多大な宿命を相手にしてきた事は否定しません。

 けれどもそれは『相手が存在した』からではないでしょうか?」


 アルカは古代の魔術師が復讐のために用意した未来の肉体であり、本来の所有者は別にある。

 乗っ取られるだけの存在だったアルカだったのだが、さまざまな困難の末、自分のままであり続けている。

 ルティアはもっと異常だ。

 彼女は『神』と名乗るべき存在に『なってしまった』者である。


「いいところ突くにゃね。

 うん。

 あたしの場合は煉獄の魔女、るーちゃんの場合は何とかって言う有翼族にゃね。

 だから実験したいんにゃよ」

「……はぁ?」

「あたし達の敵はあたし達に来るでしょ?

 でも、あたしと同じ因果律を持った存在が生まれた場合、どうなるかって」


 因果とは糸である。

 それは運命という織り機に巻き込まれ他のさまざまな糸と交わる。


「でも、一つ問題があるんにゃよねー」


 お茶をすすりながらちょこっとだけ眉根を寄せる、


「椅子取りゲームですか?」


 おずおずとした確かめるような言葉にアルカは微笑。


「にゃ、よく知ってるにゃね」


 同位同時空に同義の存在は許容されない。

 一本ずつ織られるはずの織り機に2本の糸が流れ込めば織物はダメになってしまう。


「アルカさんでも時空魔術は危険とおっしゃってたじゃないですか」

「危険だけどできないことはないしー。

 でも、維持し続けるのはしんどいじゃすまないにゃね」


 だから、と彼女は後ろを振り返る。

 そこには一つ箱。どう見てもダンボール箱で、丁寧に『みかん』とまで書かれている。

 無論ルティアだから知っているが、街でダンボールなど絶対に見られない。


「ひ、ひろってください?」


 その『みかん』の文字の上にでかでかと書かれたその文字に最早唖然とするしかない。


「何をするつもりなのですか……?」


 もはや恐る恐ると言う風な問いに、楽しそうな笑み。


「捨ててみるにゃ」

「……は?」

「ほら、同位同時空にいちゃだめなら別時空に送ればいいじゃん」

「いいじゃんって、アルカさん!?」


 この少女は言い始めたら絶対にするのだ。


「この世界はまだ安定してないんですよ!

 ものが流れ着くだけの世界から押し出すなんて何が起こるか!」


 そもそも倫理上というか、あっさり人間を捨てないで貰いたいと思うが、そんな説得はこの少女には無意味である。

 なるべく彼女好みの理論的な説得のつもりだったが、アルカはとてもいい笑顔を浮かべ、


「まー、なんとかなるなる」


 と言い放つ。


 その言葉を聞いた瞬間、ダメだと痛感。

 つまりそこまで考えて、それでもやると言っているのだ。


「ま、たまにはアレにも仕事させないと癪だしさー。

 ダメだったときはそういうことでー」


 ダメだったときは世界が滅びかねないのに、ニコニコと楽しそうに笑う少女を見て、彼女は涙ながらに吐息を漏らす。


「くれぐれも、安全にお願いしますね」


 そう言うので精一杯だった。




 そうして一週間後。

 液体に浸された水槽の中に少女の裸身が浮かんでいる。

 それを見上げる少女と全く同じそれは身じろぎすると外の自分を見る。


「さーて、んじゃ頑張ってきてね♪」


 パチンとアルカが指を鳴らすと少女は自分の身を抱き締めるようにうずくまり、閃光と共に赤い猫になる。

 スイッチを操作して中の液体を排出すると、ぐったりとした猫から水気を消し、例のダンボールに横たえる。

 もちろんそのダンボール、ただの紙でなく複雑な魔法陣を描いたマジックアイテムなのだがこうして猫が入るとますますアレである。


「このハンマーは餞別にゃよ。

 ま、いつか戻ってきたらのんびりお茶でも飲もーね?」


 ハンマーと指輪。

 それから一冊の本を置いてぱたんと蓋を閉めると、アルカは静まり返った工房で静かに歌い始める。

 自ら『歌唱魔術』と名付けたそれは複雑な魔術を音階と強弱で立体的に組替えた高位術である。

 旋律が光となり、光が形となり、次々に複雑な魔法が完成し、それがさらに組みあがっていく。

 光の帯に巻き取られた箱は更に複数の魔方陣で構成された球体、いわば立体魔方陣に包まれた。

 くるり、さきほど箱に入れたものと同じハンマーを回す。


「それじゃ! 言ってらっしゃーい!」


 ごぃん!

 恐らく少しでも魔術を齧った事がある人間なら顔を真っ青にするに違いない。

 魔方陣という抽象物質に物理的衝撃を与えられた事はさておき、これだけ複雑にかみ合った高度な魔術が乱れれば辺り一帯消滅しかねない。

 コミカルを絵に描いたように歪んだ魔方陣はまるでボールのように弾かれる。

 勢いよく吹き飛び壁際で消滅。空間に波紋を残し、すぐにそれも収まった。


「さて、結果は10年後か100年後か。

 ま、楽しみにしてるにゃよ」


 くるりハンマーを回し、とんと地面につけた少女は年相応の無邪気な笑みで呟いた。

 神の意志さえ気にしない因果と運命の異端児が如何なる未来に辿り着くのか。

 気楽な猫娘はお茶を飲むべくリビングへと歩き去った。

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