第79話 派閥の行方
「静粛に」
響き渡る清廉な声で、中二階から声を投げかけたのは、この場の王。
そして、この学校における生徒たちの王――生徒会長、シャルロット・クフェア・フロスティア王女。
睥睨するように生徒たちを見下ろした彼女の目線は、鳥蝶会所属の生徒たちに抑えられているレベッカに向けられた。
「お、王女、殿下……」
先ほどまで激昂していたレベッカの顔色が急に青ざめていく。
恐らく彼女は忘れていたのだろう、この場の会話を誰が聞いているのか。
そして、どうしてこの場で、クロエが訴えてきたのか、彼女は気が付いた。
そんな渦中の様子を、エリーヌは傍から静かに眺めていた。
「レベッカ・サーシアム・ブルックリン。これ以上の言葉は慎むように。学園掟において禁止されている『暴言』に当たります」
彼女の声が響く限り、他の生徒たちは静かにせざるを得ない。
ただただ、淡々とした王女の声が食堂に渡る。
「先ほどまでの話、わたくしの耳にもしかと届いておりました。皆今一度、言葉を慎むように」
彼女はそう言って、既に静かである生徒たちを黙らせた。
「それで、クロエ。貴女の集めてきた情報は、確かなのですね?」
王女はそう言って、クロエの方に目を向けた。
「はっ。被害者、および加害側であるオリオールの姉妹からの証言によるものでございます」
胸に手を当て頭を下げ、畏まってクロエはそう言った。
「それらを裏付ける証拠はありますか?」
「……物証はございません。ですが、先ほどまでの会話が、それらを裏付けるものと思います」
クロエの言葉に、レベッカは噛みつこうと口を開く。
物証はないではないか、と。
だが、生徒会長の手前声を出すことは叶わず、ただ唇を噛む。
「なるほど」
クロエに対し、肯定とも否定ともとれぬ言葉を、王女は吐いた。
畢竟、この事件に対して、王女の裁定が物事を決する。
エリーヌ達は静かに緊張を走らせた。
「レベッカ・サーシアム・ブルックリン」
「は、はい……」
再びその声で名前を呼ばれたレベッカは青ざめる。
「クロエが語った貴女への容疑を、貴女は認めますか?」
まるで犯人に向けるような言葉を、王女はレベッカに言い放った。
レベッカは、青ざめたまま俯き、暫く黙った。
だが思い立ったように、キッと目線を上げる。
「いいえ……いいえ! わたくしはそのようなことを行ってはおりません!! すべて、全て彼女の方便でございます!!」
そうして周囲の者達を払いのけ、彼女は王女の立つ中二階へと一歩、歩みを進める。
「か、彼女の言った言葉について、何ら心当たりなどございません! あの者がわたくしを、貶めようとしているのです!!」
縋り付くように、レベッカは叫ぶ。
「ですので、どうか!!」
レベッカは跪き、神に祈るように両手を組んだ。
彼女はその言葉の続きを口に出さなかった。
だが、何を求めているのか、何を言おうとしたのか。
それを考えれば、一体彼女が何をしたのか、否応なく分かるはずだ。
「レベッカ・サーシアム・ブルックリン」
そんな彼女を見下ろし、王女は言う。
「貴女を、一年の停学処分といたします」
全員が息を飲んだかのような沈黙が流れる。
「…………え」
レベッカは硬直した。
「我々生徒会の持つ情報を鑑みれば、クロエの語る言葉は正しいと存じます。無論物証は少なく、証言も被害者側の証言のみ。平等には欠くでしょう」
王女はそう語りながら、中二階から階下へと歩く。
「本来、このような事件を起こしたのであれば、退学も視野に入れるべきこと。ですが、それらの事を鑑み、一年の停学処分といたします」
彼女は衛兵と他の生徒会員を引き連れて、レベッカの前に立った。
遠回しに、温情だと言っているのだ。
だが、レベッカは現在高等部二年。次年度は最高学年だ。
一年というのは、年度ではなく月日の一年。
彼女が戻ってくる頃には、もう派閥は出来上がっている。単位が足りなければ、留年もあり得るだろう。
花道は途絶えた。
「よって、速やかに帰宅をするように」
最後、冷酷にそう宣った。
生徒会は、急用投書を受け取っている。それはおそらくレベッカから出されたもので、かつ記名。
この場で最も、真犯人が誰かを把握していただろう。
だが、派閥争いである以上は手出しはできない。あるいはする気がなかったか。
しかしこの大衆の場でもって訴えが出され、彼女たちも動かざるを得なくなった。
「ど、どうして……どうして……」
レベッカはあまりのショックに、呆然とした。
譫言のように、何かを呟きながら、項垂れている。
「王女殿下」
そんな彼女をよそに、立ち上がったものが一人。
「我がサロンの者への多大なる温情、真に感謝申し上げます」
そう言ってレベッカの前でスカートをつまみ、深く腰を下ろしたのは、イヴェットだ。
「い、イヴェット様……ッ!」
そんな彼女の言動に、レベッカは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
「レベッカ……」
そんな唖然とするレベッカを見て、イヴェットはさも悲しげな表情を浮かべる。
そうして、地面に座り込むレベッカに目を合わせつつ、彼女の手を取った。
「もう二度と、こんなことはしないで頂戴」
そう言ったイヴェットの表情は、背を向けられている王女には見えないだろう。
だが、レベッカの背後に立つクロエ、そしてエリーヌからはその表情が見えた。
暗い、蔑むような目であった。
「い、イヴェット様……イヴェット様!」
王女に礼をして、立ち去ろうとするイヴェットに、レベッカは手を伸ばす。
「どうか、どうか、お助け下さいませ! イヴェット様! イヴェットさまァッ!!」
「れ、レベッカ様!」
「落ち着いて下さい!」
イヴェットを追いかけようとするレベッカを、取り巻きが抑える。
彼女たちは視線に耐えかねて、レベッカを引っ張るようにして食堂を出て行った。
勝負は決した。
「次の授業が始まります。食事を終えた者は、速やかに退室し、授業の準備をするように」
王女の一声で、再び食堂はいつもの騒がしさを取り戻した。
***
「してやられましたね」
食堂近く、目立たない路地のような場所。
競技大会の前、エリーヌとクロエが勝負の宣言をした後、イヴェットと相対した場所だ。
しかしあの時とは違い、今日イヴェットは一人。
彼女はなんの悪びれもなく言った。
彼女の片腕・レベッカは停学処分となった。
失ったのは腕だ、彼女自身の脚は失っていない。
しかし、ダメージであることに変わりはないだろう。
少し可哀そうな最後であったと、見ていた者達の何名かは言っていた。
だが、もとよりレベッカは問題のある人物であったらしい。彼女の近辺を調査したクロエが言っていた。
曰く、二度ほど生徒会が関わりかねない案件があったと。
まず初めに、暴力行為。これは今年度に入ってからのことではなく、中等部にいた頃に起こしたことのようだ。被害にあった平民の生徒は、心身ともに傷を抱えて、自主退学をしたという。そしてそのことを、被害者の家族に金を払うことによって口止めをし、抹消した。
そして、もう一つ。どうやらソフィだけでなく、他でも脅迫を受けている生徒がいたらしい。
今回の事件とは全く別の事でだ。
校内でそのような行為をすれば、いずれ学校内で見つかり、今回のようにクロエたちに追及されていた。だから彼女は、校外での私的な用事に際してのみ、その生徒に様々な命令をしていたという。レポート作成、その他提出物の作成や、派閥での情報収集などだ。
今回、前者に関しては遡及して訴えるつもりはないが、後者に関しては、場での追及後に生徒会に正式な調査をお願いするとクロエは言っていた。
そして、容赦をする理由は無くなったとも。
だからこそのこの結果だ。
「……貴女自身が、考えたのではないのですね?」
「まさか。もっと見張っておくべきであったと、後悔しているのですよ?」
イヴェットはなんともわざとらしくそう言った。
だが、ほんの僅かに、彼女は本当に悔しげな表情を浮かべたのがわかった。
今までは、自身よりも地位の高い家柄のイヴェットに傾倒し、彼女が手綱を握っていたので大人しかったようだ。
さすがにイヴェットは派閥代表に選ばれるだけあって、そこまでのことをするべきではないと考えに至り、周囲を御するだけの理性と知性がある。
今回の件、彼女が考案したというよりは、過激なレベッカの手綱を緩め、エリーヌ達華月会へのアクションを期待したのだろう。
その結果がこうだ。
彼女は判断を誤ったと言えるだろう。
「しかし、まあ……随分と仲がよろしいのですね? エリーヌ様」
薄ら笑いを浮かべて、イヴェットはそう言う。
誰と仲がいいのか? そんなものを聞く必要はない。
正直、エリーヌも思っていた。星下寄宿の食材集めの件、競技大会前の宣言の件、そして今回。
少々、平民派閥と協力をし過ぎている、と。
仲が良い。組んでいるのでは? と誰かに察されるのは時間の問題であった。
だが、そうして指摘されるのは既に想定済み。
何を言うかは、決まっている。
「イヴェット様。もうお気づきでしょう? 今年度、誰が最も首席候補として有力か」
エリーヌは笑顔を浮かべたまま、そう言った。
「内輪で争っている時点で、我々は端から遅れていたのですよ。そして、今からも遅れを取る可能性は、大いにある」
鋭い目でエリーヌはイヴェットの目を見つめる。
「内輪で小競り合いをしている暇は、わたくしにはないのです。それらをすべて排除したうえで、全力をもって彼女に挑まなければ――負ける」
クロエは、片手間に勝てる相手ではない。
彼女は既に、綺麗に用意された勝負の土俵に立っている。
エリーヌ達貴族は、その土俵に上るものを誰にするかで、争っていたのだ。
「そのためには、彼女自身のもつ力を借りるのが、最も効率的で、合理的です」
今回の件、クロエの力を借りるのが、最も効果的であった。
恐らく、華月会への醜聞は和らいだであろう。
「貴女は平時から、手段を選んで疎かにすることはしないでしょう。わたくしも同じです。頂に立つためには、敵の手足も借りましょう」
エリーヌはイヴェットを真正面に見据え、静かにそう言い切った。
「なるほど」
イヴェットもまた、エリーヌの言葉を真正面から受け止めた。
「……わたくしは、権力は血筋のみで得られるものではないと思っております。そこに至るまでの知を、財産を――すべてを保つ努力をしなければならない。つまり現在の権力は、その者の成果の全て」
彼女はエリーヌから目を逸らすように俯き、滔々と語る。
「だからこそ、尊ばれる。尊ばれなければならない。……わたくしはそう思っています」
そう言って彼女は踵を返し、エリーヌに背を向けた。
「ですが、その意を通すことができなかったようです――わたくしは、この勝負を降りますわ」
背後で、ベネディクトが息を飲む音が聞こえた。
「早計では?」
「いいえ。潮時ですわ」
はっきりとそう宣う彼女の表情は見えない。
だが、どこかその声色は落ち込んでいた。
「ですが、下るのはあくまで、貴女にです。腑抜けの湖白会や、小賢しい風紀会などには屈しませんことよ」
横目で振り向きつつ、イヴェットはそう言った。
これにて、鳥蝶会の派閥は、エリーヌに下るようだ。
「……それと、負け犬の遠吠えを一つ」
彼女は再びエリーヌから目を逸らし、前を向いて呟いた。
「貴女にも、選ぶべき道と選択肢がある。――そう思いますわ」
そう言って、イヴェットはその場を後にしようと歩みを進める。
「努々、お忘れなきように」
最後、悲し気な目を向けて、イヴェットは去って行った。
これにて、監禁事件は幕を下ろした。




