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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
落月 試験と事件
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第73話 旧寮舎と禁術

 旧寮舎というのは、15年前まで使用されていた学生寮のことだ。

 新設された静謐学習館の裏手に、木の多い茂った場所があるのだが、その奥にぽつんと立っている。

 もともと、フロスティアは全寮制だった。しかし、『諸般の事情』という文言を掲げ、寮舎は閉鎖・撤廃された。

 前述のとおり明確な理由は明らかになっていないが、寮暮らしに反対し入学者が減った、管理が行き届かなかった等が理由と噂されている。

 噂の中には、寮でのいじめに耐えかねて、自殺した生徒がいたから、など迷信じみたものもある。

 そんな迷信も広まっているため、生徒の間では旧寮舎は幽霊が出るなどと言われ、避けられている。


 避けられている場所だからこそ、人の目にはつかない。監禁にはうってつけだろう。

 そんな予想もあり、四人は急いで旧寮舎へと向かった。


 10年以上使用されていなかったその建物には、蔦が茂り、周りには雑草が生え散らかしていた。

 別の用途をもって転用されるなどと言う話もあったが、この様子ではとてもそうは見えない。


「窓からは、入れそうにないわね……」


 草木が絡まったその建物を見て、アンナが呟いた。


「まずは、正面玄関だ。多分、鍵がかかってると思うが」


 クロエがそう言って、一番大きな扉の元へ走る。

 両開きの扉に手を掛けるが、ビクともしない。


「チッ、開かねぇ」


 クロエは舌打ちして、ドンッと扉を蹴る。

 だがやはり、扉はビクともしない。

 廃墟とは思えない頑丈さで、建物は堅く閉ざされているようだ。


「ソフィ! ソフィ、いるー!? いたら返事してー!」


 アンナが建物の周りを歩き周りながら、大きな声でそう聞くが、返事が返ってくる様子はない。

 この建物の中にはいないのか、あるいはいても返事ができない状況にあるのか。

 どのみち、中に入れなければ確かめようが無い。


「こ、これは、何でしょうか」


 どうにか入れそうな場所はないかと、手分けして探そうとした時、ベネディクトが何やら扉を見て呟いた。


「なんだ、何か見つけたか?」

「この、錠の部分なのですが……」


 ベネディクトは、ドアノブの下あたりを指さした。

 そこには、錆びた鍵穴があるのだが、どうもおかしい。

 鍵穴を囲うように、不思議な紋様が淡く光っている。


「これは……少し見せてくれる?」


 エリーヌはその紋様に近づいてよく観察する。

 どこか、見覚えのある紋様だった。


「まさか、『禁固の術』?」


 状の周りに描かれた紋様。これは紋様ではなく、魔術に使用される魔法陣だ。


「禁固の術……!? 確か、禁術指定されてる魔術だろ?」

「ええ……先日の授業で扱っていたものよ。この魔法陣の特徴は、その時に魔術学書で見せていただいたものそっくりだわ」


 クロエの言葉を、エリーヌが険しい表情で肯定する。

 つい先日、魔法学の授業で禁術について教わった。その際に、この禁固の術についても学んだのだ。

 施錠をした術者が詠唱に使用した合言葉を知らない限り、決して解くことができない代物。

 まさに、監禁にうってつけの禁術だ。


「ねえ、みんな! 裏口の鍵穴に、何か変なものが……」


 裏手に回って調べていたアンナが、扉を凝視する三人の元へ駆けてきた。


「どうしたの?」

「ああ、多分お前が見た物と同じ物が、此処にもある。禁固の術だと」

「禁固の術!?」


 此処の四人は、同じ魔法学の授業を受けている。

 彼女も、その存在は知っているだろう。


「まさか、犯人は禁書庫に忍び込んで、禁書を持ちだしたっていうの?」


 魔術を操るのに魔術書が必要なのと同様、禁術であっても魔術には魔術書が必要だ。

 禁術を扱う魔術書は禁書と呼ばれ、特別な書庫に保管してある。

 このリリウムでも、授業の参考資料として、特別に保管されている。


「それは、限りなく難しいかと。禁書庫には同様に禁固の術が、魔法学の教師によって掛けられていると聞いたことがあります」

「じゃあ、先生が共犯、ってこと?」

「そんなことをするようにゃ、見えねぇけど」


 ベネディクト、アンナ、クロエが三様に考察する。

 しかし、クロエの言う通り、教師がこの事件に関わっているとは思えない。

 今の教師に、賄賂を貰っていじめの片棒を担ぐような人はいない。


「ですが、禁書庫から禁術を持ち出すのは不可能でしょう」

「あんた達みたいなのなら、禁書くらい外から持ち込めないの?」


 アンナの言葉に、ベネディクトは首を振って否定する。


「普通の魔術書ならともかく、禁書は不可能です。写本はされているようですが、そのすべてが王室研究室の大図書館に保管され、それもまた禁書庫にあるそうです」

「許諾を取れば持ち出せるそうだけど、研究員でもない限り無理ね」


 ベネディクトの言葉にそう付け足したところで、エリーヌの頭の中で一つの可能性が浮かび上がった。


「なっ……まさか……」


 そして、その浮かび上がった"可能性"に、エリーヌは思わず口元を押さえ、絶句する。


「どうされましたか、エリーヌ様」

「……」


 あくまで可能性。だが、方法を考えれば、もはや可能性ではなく確信に近い。

 だが、出来れば確信したくない可能性だ。


 しかし、目を背けたい現実があっても、この奥にソフィが監禁されている可能性は極めて高い。

 何故なら、ただの廃屋にこんな大層な術が掛けてあるのだ。よほど、開けられたくないのだろう。

 やり過ぎのようにも感じるがしかし、それもまた可能性を確信に近づける一つの証拠。


「……ベネディクト。頼みがあるのだけど、いいかしら」

「な、なんでしょうか」


 言い淀みながらも、意を決して言葉を発する。


「此処に呼んできてくれるかしら。ララとサラを」


 エリーヌの言葉に、三人には沈黙が走る。


「なっ……」


 ベネディクトが事態を察し、驚いて口を開いた、その時だった。


「その必要はありません」


 どこからか、鈴の音のような淑やかな声が響いて来た。

 その聞き覚えのある、どこか高圧的な声に、全員背後を振り返った。


「お、王女殿下……!?」


 アンナが驚きの声を発し、エリーヌとクロエとベネディクトはすぐさま跪いた。

 アンナも慌てて跪く。


「敬礼は必要ありません、直りなさい」


 仰々しくそう宣ったのは、この国におけるやんごとなき方。

 王女もとい、シャルロット生徒会長であった。

 彼女の背後には、同じく生徒会役員であろう者が二名と、教師一人が立っている。


 彼女の言葉に従い、四人は跪くのを止め立ち上がった。


「ヨランド」

「はい、畏まりました」


 王女は背後の教師に声を掛ける。魔法学の教師だ。

 彼女は委細を言われずとも己の仕事を理解し、抱えた魔術書を急ぎ開いて、魔術のかかった扉の前にしゃがんだ。


「先程投書により、事態を把握いたしました。我々が動くべき緊急事態であると判断したため、事態の収束に馳せ参じた次第です」


 彼女はそう言って、ゆっくりとエリーヌの方を向く。


「エリーヌ・リクニス・シャントルイユ」

「はっ」

「貴女は、この事件の犯人に心当たりがあるようですね」

「……おそらくは」


 エリーヌは冷や汗を一筋垂らしつつ、努めて冷静にそう答える。


「解錠の術には、最後に合言葉が必要です。犯人と思わしき者の名を申しなさい」

「……はい。恐らくは、ララ・ネペタ・オリオール、サラ・ネペタ・オリオールの犯行かと。只今、食堂で食事を取っているものと思われます」


 小さく頭を下げてそう言うと、隣に立つベネディクトが、固唾をのんだ音が聞こえた。

 禁書を用意する方法は、普通の貴族令嬢にはない。

 だが以前、オリオール姉妹は魔術書の写本を生業にしている者が家にいると言っていた。

 写本の為には原本か、それに準ずる写本がいる。そう言った本は大抵、王室研究室の大図書館で借りる。

 オリオール家なら、禁書を入手するルートがある。


「よろしい。二名をここへ」

「はい」


 王女は背後に立っている生徒会役員にそう命じる。

 しばらくすると、その役員に連れられて、件の双子がやってきた。

 生徒会および王族に連れられ、また生徒会長である王女を見つけ、二人は真っ青になって縮こまっている。

 そして、顔を上げた先にいたエリーヌとベネディクトの二人を見て、二人はより一層顔を青くした。


「なん、えっ、どうして、エリーヌ様たちが、此処に……!?」

「まずは、早急に合言葉を」


 エリーヌとベネディクトがこの場にいることは、想定外だったらしい。

 だが、それを追求する間もなく、圧倒的権力である王女にそう命じられ、二人は解錠を途中で止めている教師に合言葉を言った。

 やはり、彼女たちが犯人で間違いなかったようだ。

 その合言葉を含めて教師が詠唱すると、ギィという不快な音を立てながら、扉がゆっくりと開いた。

 すべて開くのを待たずして、クロエとアンナが中へと駆ける。


「ソフィ!!」


 クロエの声を聞いて、他の者達も続々と建物の中に入る。


 入り口からすぐのところにあった、階段下の開け放たれた倉庫。そこに、ソフィが縛られ横たわっていた。


「大丈夫か!? 怪我は!?」

「ソフィ、大丈夫!?」


 手首と足首、そして猿轡のように布をかまされて横たわっていたソフィは、二人の声を聞いてゆっくりと目を開ける。

 長時間閉じ込められていたせいか、彼女はぐったりしている。


「……ララ、サラ」


 そんな痛々しいソフィの姿を見て、ベネディクトが静かに口を開く。

 そして、髪が逆立っているかと錯覚するほどの形相で、双子のオリオール姉妹を睨んだ。


「これはいったい、どういうことですか!? 禁術を使い、子女を監禁し、剰え生徒会長である王女殿下の手を煩わせるなど!! 恥を知りなさいッ!!」


 金を切り裂く程の鋭い声で、ベネディクトは双子に怒号を飛ばす。

 二人は直立不動で俯きながら、涙目になって口を固く閉じた。


「これが一体、エリーヌ様にどれほどのご迷惑か、考えたことはあるのですか!?」


 ベネディクトのその言葉を皮切りに、二人はぽろぽろと涙を流した。


「ララ・ネペタ・オリオール。サラ・ネペタ・オリオール」


 この場を制するように、王女がよく通る声を上げた。


「これらは人命に係る大変危険な行為。生徒会として看過できることではありません。早急に帰宅し、学校側からの通達があるまで、謹慎処分といたします」


 生徒会長である王女は、双子にピシャリと言い放つ。

 当然の処分だ。誰もソフィを見つけられなければ、命に係っただろう。

 即時退学でないだけ、寛大なくらいである。


「追って沙汰は伝えます。より厳しい処罰が下る可能性もありますので、心して待つように」

「……はい」

「……承知、いたしました」


 王女はそう言って、今度は縄をほどかれたソフィの方を向く。


「ソフィ・コルベールも同様、医務室で健康状態を確認次第、早退するように。二人は、彼女を医務室へ」

「畏まりました」

「……」


 王女から命じられ、クロエとアンナは立ち上がる。

 クロエがソフィを抱え、アンナはその後について行った。


「エリーヌ・リクニス・シャントルイユ」


 クロエたちを見送った後、王女はエリーヌを呼んだ。


「此度の件は、貴女が構成するサロンの者が起こしたことです。上級生であるものは、下級生に正しいことを伝えていかねばなりません」

「はっ。重々承知しております。此度の件、わたくしの監督不行き届きにございます」


 王女の指摘に、エリーヌは頭を下げる。

 その隣では同様に、ベネディクトも頭を下げる。彼女は、とても悔しそうに、唇を噛み締めた。

 王女の言葉は間接的に派閥の事を指しており、エリーヌを咎めている。


「理解をしているのなら結構。貴女には特に沙汰を下すつもりはありません。ですが、同サロンの者の行動には、注意をするように」

「寛大なご判断に、感謝申し上げます」


 そう言って、深く深く礼をする。


「では、次の授業の教室に向かうよう」

「はい。失礼いたします」


 そう命じられ、彼女たちの元から立ち去る。


(やられた)


 平静を保ちつつも、悔しさに内心歯を食いしばりながら、次の教室へと向かうのだった。

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