第72話 監禁事件
「ちょっと、どういうこと、クロエ!」
アンナがクロエの肩を掴み、詰め寄る。
エリーヌの傍らではベネディクトが、クロエの傍らではアンナが、驚いた様子で代表二人を見ている。
普段、エリーヌとクロエは、真正面からの衝突を避けるために、あえて互いに距離を作っている――と、周囲には思われているはずだ。
しかし今、こうして二人は面と向かって会話をしている。
「さっきの授業の時、こっそりこいつにメッセージを書いた。ソフィについて」
「はぁ!? こいつが犯人の可能性だってあるでしょ! ていうか、その可能性が一番高い!!」
アンナはエリーヌを指さして、怒号のように強気な言葉をぶつける。
「一体、エリーヌ様に何の用ですか? 不躾に犯人呼ばわりなど!」
アンナの言葉に反応して、ベネディクトがエリーヌを庇うように前に出た。
「二人共、落ち着いて。ここは図書室よ。静かにしないと、司書様に睨まれてしまうわ」
エリーヌはベネディクトの肩に手を置き、口元に人差し指を立ててそう言った。
「ああ。場所を変えよう」
クロエの言葉で、四人は図書室から出て別の部屋へと向かう。
先ほどの授業が三限目ということもあり、生徒たちは皆食堂へ集まっている。
四人はそんな流れとは異なる行動をそれぞれした。
まずエリーヌとベネディクトの二人は、いつも一緒に食事を取っているアンリエットとマリアンヌに、今日は一緒に食事を取れないことを伝えた。勿論、理由は伏せて。
そして、クロエに指定された空き教室へと向かった。
アンナは、軽い食事を持ち出してくるとの事で、まだ食堂にいるようだ。
その間、三人は会話もせず、静かに空き教室で待った。
「ごめん、お待たせ!」
アンナは、小さなバスケットをもって教室へ駈け込んで来た。
バスケットの中には、小さく切り分けられたサンドイッチが入っている。
「どうだった?」
「ダメ。食堂にもいなかった」
クロエが息を切らして帰ってきたアンナにそう聞くが、彼女は首を振った。
恐らく、食堂にソフィは居なかったのだろう。
「よ、よろしいのでしょうか。食事を持ち出して」
「そんな掟はないから安心しろ。それより、時間がない」
ベネディクトの言葉に対し、クロエはそう言って、事件の概要を話し始めた。
ソフィが今朝から見当たらないこと。
教室のほとんどを探し回ったが、それでもなお見つからないこと。
彼女の身が危険なため、やむを得ず貴族派閥の内情を知るエリーヌに助けを求めたこと。
彼女は悔し気に語ってくれた。
「朝学校に来た時、私もクロエもあの子と一緒に学校に入ったの。私は一限、あの子と同じ授業だから、今日も一緒に受けようって言ったんだけど……」
その授業の時、現れなかったということだ。
そしてその後も、彼女はどこにも姿を現さなかった。
「早退したのでは? それだけで、誰かが監禁したなどと……」
「そんなの、考えたに決まってるでしょ!」
ベネディクトの言い草に、アンナが噛みつく。
「勿論、真っ先に守衛室に確認しに行ったわ。そしたら、確かに早退届が出されてた。でも……」
彼女は、悔しそうに唇を噛む。
そんな彼女に代わって、クロエが口を開く。
「ロッカーに荷物が置きっぱなしだったんだよ。それに、朝は何事もなく元気だった」
それは確かに可笑しなことだ。
どんな急用があったとしても、何も持たずに帰ることはないだろう。
「でも、早退届は出されていたのでしょう? あれは、本人の署名と生徒手帳の確認が必要なはずだけれど」
守衛室の管理人に届け出を出す際の必要事項だ。
それこそ、誰かが勝手に届を出さないために。
そんなエリーヌの疑問に対し、クロエは首を振る。
「あそこの管理人は、時折生徒から賄賂を貰って、嫌がらせの片棒を担ぐことがある。今回も、問い詰めたらしらを切られて追い払われた」
「なっ……」
クロエの言葉に、ベネディクトもエリーヌも絶句する。
そんな話、今まで聞いたことがなかった。
そういえば、前にクロエへの緊急の連絡を握り潰されたとき、その手紙がどこにも見つからなかった。
もしかしたら、あの時も同じく賄賂を管理人に握らせて、連絡自体を抹消したのかもしれない。
もう五年エリーヌはこの学校に通っているが、そんな手段があったとは知らなかった。
そうして二人を相手に淡々と話すクロエに、アンナは眉を吊り上げた。
「ていうか、なんでこいつらに話したの!? 怪しいのはこいつらだって同じでしょ!」
「私は一限からこいつらと授業が同じだ。特に怪しい行動はしてなかった」
「手下の誰かにやらせたかもしれないじゃない!」
アンナの言葉に、ベネディクトが顔を顰める。
クロエはそれに対し、小さく息を吐いた。
どう言い訳をするか。
「……アンナ。私は、こいつを信用してる」
彼女の口から出たとは思えない言葉に、アンナもベネディクトも驚く。
エリーヌとしては、信用されているということは嬉しいだけで驚くほどではないが、別の意味で驚いた表情をする。
「競技大会でも他の行事でも、不正は一切しなかった。その点、こいつは他の奴らとは違って信用できる」
「……それは、上手く逃げてるだけかもしれないじゃない」
「かもな。でも、ばれたら最悪退学処分になるリスクを背負ってまで、こいつが嫌がらせをするとは思えない」
もっともな理由を挙げてクロエはエリーヌへの信用を示す。
本心では、エリーヌがこんな面倒かつ危険な事件を起こすはずがないと思っていることだろう。
実際その通りだ。
今回のこの嫌がらせは、表沙汰になれば最悪の場合、退学を言い渡されることになる。
「それにもし犯人なら、今この場で私に取引の一つでも持ちかけるのが最適だろ? ソフィの身と引き換えに一点を寄こせ、勝負を降りろ、とかな」
「……っ」
クロエの意見に、アンナは言葉を詰まらせる。
「エリーヌ様がそのような野蛮な事をするわけがありません」
クロエに同調して、ベネディクトが強くそう言う。
「我々の尊敬するエリーヌ様は、その実力を持って得る勝利に重きを置いている。今までそうしてきたお方が、此処でそれを捨てるでしょうか?」
ベネディクトの信頼に染まった言葉に、エリーヌは微笑む。
その期待には、応えなくてはならない。
「もし、我々の手の者が犯人であったとしても、それは我々の知る範疇外のこと。であれば、早急に対処が必要なのは、我々も同じなのです」
「だから、クロエの提案に乗った、ってことね」
「ええ」
最後にエリーヌが言うと、アンナはようやく納得したようだ。
「この際、犯人はどうでもいい。まずは、ソフィの安否だ」
「……たしかに、それが一番大事だよね」
クロエの言葉に、アンナは強く頷く。
そうして、持ってきたバスケットからサンドイッチを取り出した。
「食べて! 母さんが用意してくれたから!」
「まあ、ありがとうございます」
「いいの! 早く食べて、作戦会議しましょ」
アンナに勧められて、とりあえず食事を取る。
早く監禁されたソフィも見つけなければ、彼女は食事を取ることはおろか、水も飲めないだろう。
「しかし、一体彼女はどこに監禁されているのかしら」
サンドイッチを食べ終えたエリーヌがそう言った。
「教室は、一通り探し回ったのですよね?」
「ええ、探したわ。二限と三限が始まる前、二手に分かれて。校舎の中は、全部探し終えたと思う」
入れ違いさえなければ、それでよっぽど見つかるだろう。
それでも見つからないということは、やはり隠されているとしか考えられない。
しかし、彼女はいったいどこに閉じ込められているのだろうか。
「まさか、学校外へ誘拐されたとか……」
ベネディクトが不穏なことを言うと、アンナが顔を青くした。
「いや、流石にそれは無理だ。管理人はともかく、守衛は信用していいと思う」
「誘拐となれば、学校内では済まされない問題ですものね」
クロエの言葉に、エリーヌも頷く。
朝学校であったのなら、学校内で監禁されているとみて間違いないだろう。
「探してないところなんて、他にあったかなぁ……」
アンナが顎に手を当てそう言う。
他の三人も、頭を捻って考える。
「そうだ」
エリーヌは、学校内における盲点を見つけた。
「旧寮舎は探しましたか?」
その言葉に、アンナとクロエは顔を見合わせた。




