第68話 魔術戦
続々と勝敗が決まり、いよいよ迎えた魔術戦最終ブロック。
成績上位の者達による魔術の総当たり戦だ。
エリーヌのグループのメンバーは四人。クリステル、アンナ、クロエ、そしてエリーヌだ。
本来はこのメンバーにイヴェットが居たのだが、彼女は棄権の為不参加。よって、以上のメンバーである。
魔術は個人戦。
つまりこの魔術戦は、もっとも個人の力が試されるものであり、一位を取らなければ意味がない。
ライバルに勝つだけではなくて、他のメンバーにも勝つことが肝要となる。
「各自、準備を始めよ」
そう声が掛かり、審判の前にある机の上に置かれた魔術書を皆手に取る。
総当たり戦なので、同じグループ内でも同時並行で二つの試合が行われる。
エリーヌは、用意された魔法陣の上に立った。
目前に立つ一番最初の相手は、クリステル。
彼女はエリーヌと目が合うと、にっこりと笑って手を振ってきた。
勝負を前にして呑気なものだが、彼女も優秀なベネディクトを制してこのグループに来られるだけの実力者である。
エリーヌ達の隣では、クロエとアンナが向かい合って立っている。
「手加減は無しだ」――そんな言葉が聞こえた。
全員魔法陣に乗り終わったところで、審判がもう一つの魔法陣を起動させ、結界は二重になる。
「では、用意!」
審判の一声で、魔術書を閉じたまま体の前に掲げる。
「始め!」
その合図で、皆一斉に魔術書を開いた。
エリーヌも魔術書に目を落とす。
この魔術書は500ほどのページと、分厚い表紙と背表紙でできている。
そのページの中で魔法陣が書かれているページは4ページのみ。それ以外のページに書かれているのは、魔術の説明と、魔法陣の横に呪文が書かれているだけ。
開くページは、魔術によって決められている。素早く魔術を放つためには、そのページを記憶しておく必要がある。
成績上位の者なら当たり前で朝飯前。より早くページを開くには、ある程度ほんのどのあたりに挟まっているかを把握し、時には指を入れておくのも手だ。
呪文詠唱で詰まることのない上級生は、このページを開く速さが肝となる。
なのでまずは、皆魔術書に目を落とす。――が、エリーヌはこれを見逃さない。
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん。泉の底に帰れども、我は口を慎み給う』」
クリステルが詠う。
「『女神を生みし父君よ。気高く鋼を打ち進み、隠れし乙女を救い出さん。鉱夫の涙を慈しみ、その身の巌は険となる』」
彼女に劣らない速さで、エリーヌもまた詠う。
そして二人共、追加詠唱をしている。
「『来たれよ、波の乙女』!」
「『|来たれよ、地に住まう者』!」
ほぼ同時に放たれた魔術は彼女たちの中間でぶつかる。
しかし相性によってクリステルの魔術は打ち消され、エリーヌの土の魔術が彼女の結界を傷つける。
土埃越しに、さすがだというような表情で、クリステルがエリーヌを見た。
エリーヌはこの読み合いが得意だ。
恐らく大半の人間は、読み合いと言ってもおおよそ勘で詠唱する魔術を決める。あるいは相手の傾向を読むこともあるだろうが、競技魔術は速さが全て。長考するほどの時間はないため、皆正確性を重視して、読み合いにリソースを割かない。
しかし、必ず勝ちを取ろうとするためには、読み合いは必須である。
エリーヌは初手、必ず相手の手元を見る。そのわずかな動作で相手がどのページを開いているのかを見極めて、相性のいい魔術を放つ。
「『女神を生みし父君よ。気高く鋼を打ち進み、隠れし乙女を救い出さん。鉱夫の涙を慈しみ、その身の巌は険となる。|来たれよ、地に住まう者』!」
「『野火を焚きたる星の空。吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん。病める白銀炉にくべて、盛る口火で金を成せ。来たれよ、火竜』!」
二度目の攻撃。今度はまったく同時に放たれた。
両者の攻撃に相性はなく、互いに小ダメージが入る。
エリーヌはまた魔術書の動きを読んだつもりであったが、二度目はそう上手くはいかない。
初手は魔術書を閉じられた状態から新しく開くため、その分の予備動作のようなものがある。しかし二手目からは、既に開かれた状態でページを捲るため、その動きは初手ほどわかりやすいものではない。あまりじっくり見ていても、詠唱が遅れてしまう。
それに、相手も何かしら攻撃を読もうとしてくる。両者ともに読みが外れたというところであろう。
ちなみに、上級生はほとんどの場合追加詠唱をする。特に上位の者ならば、追加詠唱が前提であるほどだ。
上級生は、詠唱のミスにより素のダメージを受けるという初歩的なミスはほとんどない。要するに、詠唱のミスというものがほとんどないため、追加詠唱のリスクというものもほとんどない。
短い詠唱の基礎魔術を当てて、追加詠唱の増幅魔術を喰らうということの方がリスクが大きい。なら、最初から追加詠唱をしてしまえ、という考えだ。
この考えにより、上位の成績者たちによる魔術は大規模で見ごたえがある。
「『女神を生みし父君よ。気高く鋼を打ち進み、隠れし乙女を救い出さん。鉱夫の涙を慈しみ、その身の巌は険となる。|来たれよ、地に住まう者』!」
「『我らが女神の死の母よ。優美に森を駆け巡り、その身で毒霧を晴れさせん。茨の棘に怒れども、その痩身に花は舞う。来たれよ、森の妖精』!」
クリステルは先ほどと同じ詠唱。エリーヌはそれを読んで、相性のいい風の魔術を放つ。
これでまた、クリステルにのみ攻撃が入る。
読み合いができる要素がない今、これまでの経験から導き出される傾向を考えて魔術を放つしかない。
しかしこの勘を、エリーヌは外さない。
「『野火を焚きたる星の空。吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん。病める白銀炉にくべて、盛る口火で金を成せ。来たれよ、火竜』!」
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん。泉の底に帰れども、我は口を慎み給う。来たれよ、波の乙女』!」
再びエリーヌの魔術が優位により、クリステルにダメージが入る。
そして――
「そこまで!」
パリン! という音と共に、判定用の結界が破れ、審判の声が響き渡る。
割れたのは、クリステルの結界。
「勝者、エリーヌ!」
観戦をしていた周囲から、拍手が送られる。
エリーヌが攻撃を喰らったのは、二回。それも、相性のない魔術による小ダメージだ。
安定した勝利である。
そして、横ではクロエが勝利したようだ。
エリーヌ1勝、クロエ1勝、クリステル1敗、アンナ1敗だ。
***
最後の相手はクロエ、と言わんばかりに、次の相手はアンナに決まった。
剣術においては、小柄な彼女はあまり成績を出せず、クロエとも別のチームであったが、魔術では頭角を現した。
彼女と似た立場であるベネディクトが、大層悔しがっていた。
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん。泉の底に帰れども、我は口を慎み給う。来たれよ、波の乙女』!」
「『我らが女神の死の母よ。優美に森を駆け巡り、その身で毒霧を晴れさせん。茨の棘に怒れども、その痩身に花は舞う。来たれよ、森の妖精』!」
相性のない魔術が炸裂、両者ともに小ダメージを喰らう。
初手はクリステルと同じく、エリーヌが優位の魔術を使ったことで、アンナに中ダメージを与えることができた。
しかし、それからは拮抗、互いに小ダメージを喰らい続けた。
アンナはエリーヌの手を読むことには苦戦をしているようだが、自分の手を読まれないような工夫をしている。
傾向として、彼女は同じ魔術を二回連続で唱えることはせず、毎回異なる魔術を唱えがちであった。
その癖のようなものを自覚しているのか、あえてそうならないように気を遣っているのが分かった。
恐らく、クロエに助言してもらったのだろう。
(なら――)
エリーヌは自らの手から魔術が発せられ、それがぶつかり合うまでの間に、思考を巡らす。
アンナが自らの癖を直しているのなら、その逆を突けばいい。
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん。泉の底に帰れども、我は口を慎み給う。来たれよ、波の乙女』!」
「『女神を生みし父君よ。気高く鋼を打ち進み、隠れし乙女を救い出さん。鉱夫の涙を慈しみ、その身の巌は険となる。|来たれよ、地に住まう者』!」
「くっ!」
エリーヌの魔術が優位により、アンナに中ダメージが当たる。
彼女は水の魔術を先ほど、この試合において初めて使った。
なので次のターン、いつもの癖が出ないように、同じ魔術を使う可能性が高かった。
エリーヌのその予想は的中したようだ。
ここで彼女に中ダメージが入ったことにより、一気にエリーヌが優勢となった。
「……っ『女神を生みし父君よ。気高く鋼を打ち進み、隠れし乙女を救い出さん』――」
「『野火を焚きたる星の空。吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん』――」
再び、相性のない魔術。
小ダメージなら、まだアンナの結界は耐えられる。
次の手でエリーヌに中ダメージを与えることができれば、勝機はある。
――そんな彼女の思考を、エリーヌは読んでいた。
「『来たれよ、火竜』!」
エリーヌは追加詠唱をせず、増幅のない通常の魔術を、アンナが詠唱し終わる前に放った。
「『鉱夫の』……えっ? きゃあっ!」
相手が追加詠唱をしている際に通常の魔術を放てば、詠唱の長短による差で、通常の魔術はそのままの状態で確実に当たる。
弱まることなくそのまま当たった魔術によるダメージは、相手に優位の魔術を同時に放った時よりも大きい。
小ダメージだったら耐えられたはずのアンナの結界は、激しい音を立てて砕け散った。
「そこまで! 勝者、エリーヌ!」
テクニカルな勝利に、聴衆は先ほどよりも沸き立つ。
「くぅっ……勝ちたかったのに」
アンナはがっくりと肩を落とすが、そんな彼女を慰めるように、その肩をクロエが叩く。
どうやら、彼女もまた勝ったようだ。
***
このグループは四人なので、これで最終戦。
都合がいいまでに、エリーヌとクロエの一騎打ち。この勝敗で、このグループでの順位が決まる。
エリーヌは魔法陣に乗り、クロエと相対する。
「用意!」
審判から声が掛かり、両者ともに魔術書を掲げる。
周囲は二人の真剣な表情に、固唾をのむ。
「始め!」
審判の鋭い声が響き渡って、一斉に魔術書を開く。
「『野火を焚きたる星の空。吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん。病める白銀炉にくべて、盛る口火で金を成せ』――」
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん。泉の底に帰れども、我は口を慎み給う』――」
一番最初の詠唱。
クロエは火の魔術、エリーヌは水の魔術。
ここでもやはり、エリーヌは相手の手を読み間違えなかった。
「『来たれよ、火竜』!」
「『来たれよ、波の乙女』!」
クロエの魔術は打ち消され、彼女の結界にエリーヌの攻撃が当たる。
クロエに中ダメージ。
だが、彼女は表情を崩すことはない。想定内、といった様子だ。
「『我らが女神の死の母よ。優美に森を駆け巡り、その身で毒霧を晴れさせん。茨の棘に怒れども、その痩身に花は舞う』――」
エリーヌが、風の魔術を唱える。
そして――
「『野火を焚きたる星の空。吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん。病める白銀炉にくべて、盛る口火で金を成せ』――」
クロエの唱えた魔術は、風の魔術と相性のいい火の魔術。
「『来たれよ、森の妖精』!」
「『来たれよ、火竜』!」
ここで、エリーヌに中ダメージ。
クロエは恐らくエリーヌの傾向を理解して、きちんとその手を読もうとしている。
一進一退、両者ともに同じダメージだ。
「『我らが女神の死の母よ。優美に森を駆け巡り、その身で毒霧を晴れさせん。茨の棘に怒れども、その痩身に花は舞う。来たれよ、森の妖精』!」
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん。泉の底に帰れども、我は口を慎み給う。来たれよ、波の乙女』!」
今度は相性のない魔術。
ぶつかり合って小ダメージ。
そこから三ターン程、噛みあわない魔術により小ダメージが与え続けられる。
両者ともに決定的なダメージを与えられぬまま、結界が傷ついていく。
「『来たれよ、森の妖精』!」
「『|来たれよ、地に住まう者』――くっ!」
ここで、エリーヌが優位の魔術を唱えたことにより、クロエに中ダメージが入る。
(来た!)
エリーヌはすぐさま次の魔術を用意する。
「『野火を焚きたる星の空。吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん』――」
「『白鳥謳う夜半の湖上。誓いの言葉を漱ぎ、永遠に魂繋ぎ止めん』――」
エリーヌが火魔術、クロエが水魔術。奇しくもここで、不利な魔術をエリーヌは唱えてしまった。
だが、相性はエリーヌにとって問題ではない。
「『来たれよ、火竜』!」
「『来たれよ、波の乙女』!!」
優勢になったこのタイミングで通常魔術を放ち、とどめを刺す。
先程アンナにも使った手だ。
しかし、クロエが放ったのも通常魔術。
そして相性により、エリーヌに中ダメージが入る。
(読まれたか)
あまりの拮抗した様子に、周囲は一気に盛り上がる。
だが、エリーヌは焦らない。
「『女神を生みし父君よ』――」
エリーヌは詠う。
「『我らが女神の死の母よ』――」
クロエが詠う。
エリーヌが土、クロエが風。優位なのはクロエ。
しかし――
「――『野火を焚きたる星の空』」
何とエリーヌはここで、詠唱を止め、新たに火の魔術を唱え始める。
「『優美に森を駆け巡り、その身で毒霧を晴れさせん。茨の棘に怒れども』――」
「『吐ける炎で衣を清め、白き情熱輝かせん』――」
「『来たれよ、火竜』!」
エリーヌの魔術が、クロエの魔術よりも先に放たれる。
クロエは追加詠唱を唱えた。否、唱えてしまった。
エリーヌが唱え直した魔術は火魔術。対してクロエは風魔術。優位なのはエリーヌの魔術だ。
ここで通常魔術を唱えれば、相性有利で負ける。防衛の為に追加詠唱をして打ち消さねば――という意識が先行した。
だが、それこそがエリーヌの狙い。
たとえ唱え直したとしても、相手が追加詠唱をしてしまえば、通常魔術でその時差は越えられる。
エリーヌの魔術が、クロエの結界を打ち壊した。
「そこまで! 勝者、エリーヌ!」
わああっと聴取が声を上げた。
魔術は、エリーヌの白星となった。




