第63話 堂々宣言
鳥蝶会と風紀会がぶつかるように仕向ける。
それが、クロエからの頼みだった。
どうやって? エリーヌは食堂に向かっている間、ベネディクトと談笑をしながら必死に考えた。
そして、何か思惑があったとして、その目的は何なのだろうか。あいにく紙にはそこまでのことが書けるスペースはなく、何の記述もなかった。
気になったが、エリーヌは考えるのをやめた。
他でもない、クロエの意見。彼女は近頃、自ら派閥争いについて意見を述べてくれるようになった。
そんな彼女の提案なら、エリーヌも信頼できる。なのでこの際、その思惑については置いておくことにした。
「そういえば、ベネディクト。先ほどの工作の件について、わたくしは今からイヴェットさんに伝えようと思うのだけど、どうかしら」
食堂が見えてきたところで、エリーヌは立ち止ってベネディクトにそう持ち掛けた。
「それは、何故ですか? 彼女に恩を売る理由は、今のところありませんが……」
突然の提案に、ベネディクトは戸惑った様子でそう聞いてきた。
当然だ。エリーヌとて、唐突だなと思っている。
なので、理由を聞かれることは分かっていた。
「イヴェットさんに件のことを伝えれば、彼女は平民派閥に対して何かアクションを起こすでしょう? それを狙って、よ」
ここはあえて、複雑な理由は立てないことにした。
二つがぶつかり合うことを望んでいる。その体で、ただ話を進めるために。
「衝突を起こして、こちら側に目がいかないように、ということでしょうか」
「そんなところね。それに、あの工作はやりようによっては面倒なことになるわ。発見した側として、身の潔癖をイヴェットさんに証明しておこうと思って」
「それはそうですね。ついでに、不正そのものについて目を光らせていることを知らせることができれば、牽制になるかもしれません」
ベネディクトは納得してくれた様子だった。
依然何が起こるか想像もつかないが、とりあえず覚悟を決めて、食堂の中に入った。
いつものように、アンリエットとマリアンヌが食事を用意していてくれるだろう。なので列には並ばず、すたすたと中に入る。
そして、いつも特定の場所に集団で座っている鳥蝶会上層部の集まりに向かって、エリーヌは近づいて行った。
「ごきげんよう、イヴェットさん」
エリーヌは一つカーテシーをして、彼女の横に立って挨拶をした。
「あら、ごきげんよう、エリーヌさん」
対して彼女は、席を立たずにそのまま挨拶をした。
その目が以前よりもどこか冷たいように感じるのは、勘違いなどではないだろう。
「お食事中失礼いたします。少しお話したいことがありまして」
「まあ、何でしょうか。競技大会のことについて、何か?」
唐突の訪問に、探るような牽制するような空気が漂う。
それに構わず、エリーヌは続けた。
「少しばかり、お耳をお借りしても?」
「?」
そう言って、座っているイヴェットの耳に合わせて屈む。
彼女たちにだけ聞こえるよう声を潜め、先程発見した工作の現場について説明する。
平民派閥が、どのような意図でどんな工作を彼女に仕掛けたか。
話すにつれ、イヴェットの眉根は寄る。彼女の取り巻きも、不愉快そうに顔を顰める。
「チッ」
全て聞き終えたイヴェットは、心底不快そうな表情で、小さく舌打ちをした。
「態々ご報告、ありがとうございます」
「既に生徒会への通報は済んでおりますので」
「それはどうも。助かりますわ」
全く心の籠っていない感謝の言葉を並べたのち、イヴェットは立ち上がる。
「レベッカ、来なさい。この不正、この際直接灸を据えてやらないと。どうやら、立場を弁えていないようですから」
「分かりました」
イヴェットは彼女の右腕である少女にそう言った。
エリーヌは、暗に誰のせいでこんなことになっているのか、という言い回しでもって、イヴェットに説明した。
そして、この不正が通ってしまったときの未来も同時に想像させて。
となればこんな表情を浮かべないわけはない。確固たる悪意と攻撃力の高い方法でもって、彼女の最も嫌う者達が仕掛けてきたのだ。
「どなたの元に行かれるのですか? 申し訳ありませんが、わたくしは犯人のお名前までは存じ上げませんよ」
いけしゃあしゃあと、困ったような表情を浮かべてエリーヌは言う。
そんなものは決まっているし、その人物の元に向かうよう煽ったのはエリーヌだ。
「"風紀を正す"などと宣っておきながら、その実、己に属す者の悪意には目を瞑る。近頃目に余るのですよ。まさか、そんなことが許されるとでも?」
「おっしゃる通りで。ですが、既に生徒会が動いているのですよ?」
人間、半ば意思が固まっている時に止めろと言われると、断固としてもその意思を通したくなる。
だからあえて、エリーヌはイヴェットを止める。
あえてだ。
「……わたくしは、不正に対して、ただ通報するだけで満足するような、陰気な性質ではありませんの。大事でしょう? 正々堂々、筋を通すということは」
にっこりと笑顔を浮かべ、たっぷりと嫌味を込めて、イヴェットはそう言う。
エリーヌもまた、それに対し満面の笑みを浮かべる。
「ならば、ご一緒させていただいても?」
「ご自由にどうぞ。ですが、あまり口は挟まれませんよう」
そう断って、迷うことなくある人物の元へと歩むイヴェットの後ろを、エリーヌはついて行く。
『よろしいのですか? これ以上の肩入れをしても……』
『大丈夫よ』
放っておけば勝手に争ってくれるであろう二人だが、クロエの思惑が知りたいというのもある。
エリーヌは傍からその様子を見ることにした。
イヴェットたちは真っ直ぐ、クロエの座る場所に向かった。
「ごきげんよう、風紀会の皆々様」
座ってアンナやソフィと談笑していたクロエを睥睨するように見ながら、イヴェットは腕を組んで穏やかにそう言った。
クロエは足を組んで背もたれに腕を掛け、鋭い目つきで彼女を見上げる。
「なに? 唐突に、何の用なわけ?」
アンナがこれ見よがしに立ち上がり、イヴェットに近づく。
その隣ではソフィが、おびえたように肩を縮こませた。
「平民風情が。それ以上、イヴェット様に近づかないでくださる?」
イヴェットの右腕・レベッカが、近づくアンナを制するように、不満げな表情を顔いっぱいに浮かべてそう言った。
「あら。今日は随分やる気じゃない。いつもの美辞麗句はどうしたのよ」
「そんなもの、あるわけないでしょう? 言葉を掛けられるだけありがたいと思いなさいな」
「いらないわよ、そんなもの。暇なら剣術の練習でもしたらどう?」
「や、やめようよ、アンナちゃん……」
売り言葉に買い言葉で口論をする右腕二人を見て、ソフィが止めに入る。
その剣呑な雰囲気に、周囲の者たちは足を止め、野次馬となってこの様子を見だした。
「で、何の用だ? 私らに用があるんだろ」
アンナを制止するよう、彼女の肩にポンと手を置き、クロエは立ち上がってイヴェットと向き合った。
「なにをいけしゃあしゃあと……」
「いいわ。下がりなさい、レベッカ」
クロエの言い草に食いつこうとしたレベッカを、今度はイヴェットが制する。
しかし、彼女の言っていることは正しい。
クロエはどうして彼女たちが此処に来たのか、分かったうえで聞いている。
エリーヌは心の中で笑った。
「……つい先ほど。わたくしが剣術で使う道具に、細工を施した者がいると」
自分より背の高いクロエを、今度は上目遣いで睨みながら、イヴェットは淡々と述べる。
「何でも、わたくしのフルーレの剣先を伸ばし、まるでわたくしが有利になる細工をしたかのように、でっち上げたそうですね」
イヴェットの言葉を聞いて、周囲はやおら騒めく。
不正が行われていることなど周知の事実だが、こうやって表立って取り沙汰されたことはない。
何やら正面衝突が起きている、と周囲にはより一層人が集まる。
「そのことなら知ってる。先の二限の授業だろ? 噂を小耳にはさんで、さっき注意をしておいた」
その言葉に、また周囲は騒めく。
アンナもソフィも表情を変えないのを見るに、注意の件は嘘ではないようだ。
エリーヌからの報告をクロエが聞いて、彼女たちも動いたのだろう。もとよりそう言う手筈だ。
彼女たちが何も知らない前提で話しかけたイヴェットは、小さく歯噛みする。
そしてより一層、不愉快そうに顔を歪めた。
『随分行動が早いですね』
『もしかしたら、彼女たちも気づいていたのかもしれないわね』
ベネディクトに妙な疑念がわかぬよう、エリーヌはそう言った。
「注意? はっ、聞いて呆れる。いつも我々には風紀風紀と散々小言を並べるくせに、しっかりと悪事に手を染めているではありませんか!」
あえて周囲に聞かせるよう声を大にして、イヴェットは言う。
「風紀会に属してはいないから、などという言い訳は通用しませんよ? 何せあなた方は、所属など関係なしに、学園掟を片手にあれこれと物を言っているでしょう?」
広い食堂に声を響かせ、イヴェットは演説のように語る。
こうすることには、大きな意味がある。
平民派閥と思わしき者達の一部は唇を噛み、貴族派閥の一部の者達は『そうよ!』『身の程を弁えろ!』とヤジを飛ばす。
リリウムの者達が一挙に集まるこの場で、すべての者を巻き込んで、大きな言い争いが始まった。
「にもかかわらず、己は良いと言わんばかりに昨今は不正をし、我々を貶めようとしている。……一体、どういう了見なのですか?」
嘲笑するように息を洩らしながら、イヴェットは言い放つ。
周囲が歯噛みする中、クロエは真っ直ぐ彼女を見て、イヴェットとヤジの言葉を浴びた。
(さて、どうするのかしら)
エリーヌは、この状況をクロエがどう収めるのか。
それをただ見守り、彼女の言葉を待った。
クロエが言葉を紡ぐため、息を吸ったのをじっと見つめた。
「その通りだ」
清涼な声が食堂に響き、周囲はとたんに静まる。
それは単に声が通ったからではない。
皆の耳に届いた言葉が、皆の予想の範疇外だったからだ。
(……認めた?)
そう思ったのは、エリーヌだけではない。
イヴェット他、貴族派閥に限らず皆がそう思った。
アンナや、ソフィもだ。
「誰彼構わず細工をし、不正をする現状。これは、私たち風紀会の落ち度だ、認める」
堂々と言い放たれたクロエの言葉に、周囲はまた騒めきだす。
(そうか……)
エリーヌは、クロエの思惑に気が付いた。
そして彼女がしようとしていることが分かり、思わず口角を上げる。
(そうだ、それがいい!)
その大胆な行動に胸が高鳴るのを感じ、エリーヌは人目を気にせずニヤリと笑う。
「み、認めたからと言って、何なのですか! 謝罪をしたとて、貴女達の落ち度に変わりないのですよ!」
レベッカが前に出て、クロエに言い放つ。
「だから、私はここで宣言する!!」
ひときわ通る声を、クロエは食堂に響かせる。
先程のイヴェットの勢いを、完全に凌駕する迫力でもって。
「今後! 私の側に付く者が不正をしたら、私はこの競技大会を棄権する!!」
まさしく堂々たる宣言に、周囲は騒然とする。
「なっ……」
イヴェットやレベッカは、言葉を失う。
『ど、どういうこと……』
『もし平民派閥の誰かが不正をしたら、クロエ先輩は棄権、ってこと?』
『た、大変だよ、それ!』
周囲は理解しただろう。己が安易な行動をすれば、もっとも慕う者が迷惑を被ると。
しかし、これでは足りない。
これではただ、クロエが無謀な宣言をしただけになる。
公平性が必要だ。
『パチパチパチパチ』
騒然とする中で、一つの拍手が響く。
「すばらしい。貴女の覚悟に、感服いたしました」
手を叩き、前に出るのは、エリーヌだ。
「よお、魔女サマ。特等席でご清聴、どうもありがとう」
いつものニヒルな笑みを浮かべて、クロエは言う。
「で、まさかそちらは、何もしないとでも?」
「ふふ、まさか。そういうわけには、いかないでしょう?」
「……ッ!?」
エリーヌがどうして前に出てきたのか。
その意図が分かったイヴェットが、背後に立つエリーヌをキッと睨んだ。
しかしそれに構わず、エリーヌは息を吸う。
「ならばこちらも、宣言いたしましょう! 今後、わたくしの側に付く者が不正をしましたら、わたくしも己の権を放棄すると!!」
エリーヌは騒めく周囲に負けない程、声を張り上げる。
理由がある。
この広い食堂の天井は高い。
その上層部、中二階のような場所で、高貴な方々は民衆を見下ろす。
聞いているのは、すべての生徒。そこには、『生徒会』も含まれる。
「この不毛な争いはやめ、正々堂々と戦うことを誓いましょう!」
「賛成の者は拍手を!!」
エリーヌとクロエの堂々たる宣言。
演説が如く繰り広げられるその圧と高揚感に、敵う者はいない。
周囲には、嵐のように拍手が鳴り響いた。




