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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
熟月 競技大会
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第62話 空言並べて

 週明け。いよいよ準備期間も後半に入ってきた。

 実戦形式での練習が増え、大会運営について生徒会から知らせもあった。

 公平性を保つために、審判は生徒会が用意する大人が行うことになっている。末端の騎士団員などで、信頼に当たる者を呼ぶようだ。

 その他、競技を見ている間の行動や、結果のやり取りなど、主にサロンを一つの単位として行うことになっている。

 下級生への指示や、集団行動は、サロンの代表者が率先して行わなければならない。

 そう言ったことに対する諸々の注意事項などが、文面で言い渡された。


「毎度思うのですが、結果の集計をサロンが主体で行っていいものなのでしょうか」

「大丈夫よ。だからこそ審判がいるわ。もし間違った結果を生徒会に伝えたら、審判が分かるでしょう?」

「買収されないと良いのですが」

「当日にならないと、審判が誰か分からないから大丈夫よ」


 一限の授業前、エリーヌとベネディクトがその文面を囲みながら話し合っていた。

 心配事は考え出したらきりがないが、その辺りは運営をする生徒会が事細かに決めていることだろう。

 エリーヌ達生徒はあくまで参加者として、大会に参加すればいいだけだ。


「ところで、ぴたりと止んでしまいましたね。不正に関する情報が」

「ええ」


 皆この生活に慣れてきたのか、はたまた良い結果が得られなかったからか、不正も落ち着きを見せ始めた。

 細々としたサロン間の不正のやり取りなども減り、ぴたりと止んだ。


 逆に言えば、大きく複雑な動きがみられる前触れともいえる。

 鳥蝶会や、その他有力な派閥が組織を掌握しきり、勝手な行動がとれなくなったと言い換えてもいい。

 実際、エリーヌも自らの派閥には勝手な行動を慎むようにと言っている。


 だが、これは収着ではない。

 大きな事が起こる伏線とみるべきだ。

 そういうわけで、休みに入る前日、エリーヌとクロエは情報収集に徹した。


 しかし、今日もまた、内通者から『特に情報は無し』と送られてくるだけで何もない。

 これ以上対策もしようが無いので、ここにきて手持ち無沙汰になってしまった。


「ですが、鳥蝶会が何もしないとは思えません。イヴェット様は、この手のスポーツは不得手とおっしゃっていましたし」

「なるほど。不正をしないと、結果が得られないと」


 小声で周囲に聞こえぬように、二人はそんな話をした。

 しばらくして始業の鐘が鳴り、普段通りの授業が始まった。




***




 いつもの座学の授業が終わった後の授業は、例の如く教養科目だ。

 外での剣術(フェンシング)の授業。

 準備期間の特別な時間割にも慣れ、みんな教室を間違えることなく、外の剣術教室の元へと向かった。


「構え!」


 教師の声が響き、皆一斉に構える。

 特別な魔術を掛けられた防護服に身を包み、同じく魔術を掛けられた細い剣・フルーレを持って。

 剣が身体に当たると、その場所で火花が散るように魔術が光るので、それで判定をする。

 防護服の仮面越しにエリーヌの前に立つのは、クロエ。

 順番が回ってきて、二人は対面した。

 周囲が僅かに騒めく。


「始め!」


 その合図を始めに、攻撃は始まる。

 初手で攻撃権を得るも、払われたのちに反撃され、攻撃権はクロエに移る。

 そのまま肩と胸辺りで魔術が光る。

 その後反撃して一撃するも、直ぐに攻撃権を奪われ二度突きを喰らう。

 結果、クロエがポイントを先取。エリーヌの敗北となった。


「そこまで! 気を付け、礼!」


 礼をして、また別の相手が目前に立つ。

 やはりクロエは、剣術が得意と言っていただけ手強かった。


 一通り対戦をし終わり、剣術の授業は終了。用具を片付けに、皆倉庫へと足を運ぶ。


「接戦でございましたね、エリーヌ様」

「お世辞は良いのよ、ベネディクト。彼女の圧勝だったわ」


 ベネディクトの称賛に、エリーヌは困ったような笑顔でそう言う。

 他に一手も取れず敗北している人も居る中ではよくやっている方だが、すんなり負けてしまっていることに変わりはない。

 それだけで満足できるほど、エリーヌは諦めの早い方ではないが、よほどの練習を重ねない限り追いつけない実力差があるのもまた事実。


「ですがエリーヌ様には、魔術がありますから」

「ふふ。それは負けないわ」


 そんな会話をしながら倉庫に着く。

 使用済みの防具が並んで、独特の匂いを放つ倉庫で防具を脱ぎながら、皆談笑する。

 すべて学校の貸し出し品だが、一人ひとり使うものは決まっていて、片付ける場所も決まっている。ロッカールームと同じだ。


 そんな中で、エリーヌとベネディクトは目を光らせた。

 用具に細工をするなら、このタイミングがベストだからだ。

 近頃鳴りを潜めているが、だからこその警戒だ。


『エリーヌ様』


 別の方向を見ていたベネディクトが、エリーヌに声を掛けてきた。

 彼女の視線の先に目を遣ると、普段通りに振舞っているように見せかけ、どこか違和感のある行動をしている数名の生徒を見つけた。


『あれは、イヴェット様のフルーレです。細工ですね』


 彼女たちに気づかれないよう、エリーヌもこっそりと視線を向ける。

 確かに、イヴェットの用具が置いてある辺りで、彼女たちは何かをしていた。

 ちなみに、授業のクラスメイトは同学年の成績の近い者達で集められる。イヴェットは剣術の成績があまり良くないので、エリーヌ達とは違うクラスだ。

 なので、彼女のいない今の時間が、絶好のチャンスというわけだ。


『行っているのは?』

『あれは……』


 そう言って、遮る物陰から覗き込むように、少し首を伸ばしたベネディクトは眉を顰める。


『……あの方々、貴族派閥ではありません』


 そちらの方を睨むように見て、ベネディクトは言った。

 エリーヌもその顔を見る。

 貴族派閥ならば、顔を見ればある程度名前が分かる。しかし分からないということは、貴族派閥ではないということだ。


『でも、変ね。彼女に細工をしたとて、平民派閥に利があるとは思えないわ』


 エリーヌはふと不思議に思ってそう言った。

 お世辞にも、脅威となり得るほどイヴェットは強いとは言えない。

 そんな彼女の用具に細工を施したとて、結果は変わらないだろう。

 あるいは、単なる嫌がらせか。そんなことを、不正に目を光らせる人間が多くいる中でするだろうか。

 普段なら流されるような嫌がらせも、今は不正としてしっかり処罰を受けることになる。

 

『……すこし、見てみましょうか』

『そうね』


 そうして二人は、細工をしていた者達が去って行くのを見計らって、彼女たちが先ほどまでいた場所の近くまで行った。


「これは……」

「剣先が少し、長い? わね」


 直接手に取ることはせず、遠目から並んでいるフルーレを見たが、細工をされたイヴェットのフルーレだけ規定よりも心なしか長い。

 そう、短いのではない。長いのだ。


「なるほど。『自らの道具を他よりも有利に細工した』、と思わせることが目的かしら」

「!」


 エリーヌの言葉に、ベネディクトが目を見開いた。


 剣先が短くなれば、突きのみのフルーレにおいて大いに不利。今までの不正の中でも、何度か行われてきた手法だ。相手を不利にさせるために、規定よりも短いフルーレと入れ替える。

 しかし、長くなれば逆だ。

 すなわち、彼女たちの狙いはただの細工ではない。


「つまり、イヴェット様が細工をしたように思わせることが狙い、と?」

「そうね」


 新しい手法だ。だがそれでいて、中々に小賢しい。

 細工をした彼女たちは、その上で通報をすればいい。

 偽でも物的証拠があれば、生徒会はイヴェットを責める。

 誰かのでっち上げだと訴えたとしても、生徒会はイヴェットが言い逃れをしようとしている、と思うだろう。自らに有利になるよう細工を行う者も多い中で、生徒会がイヴェットの言うことを信じるとは思えない。彼女の素行があまりよくないというのは、第一回の評議会で生徒会も知っている。


 今まで見てきた不正の中で、一番の有効打と言っても過言ではない。


「放っておく……という手もあるけれど、後々妙な疑いを掛けられても困るわね」


 イヴェットが疑いを掛けられたところで、エリーヌにとってダメージはあまりない。

 だが、もしそのでっち上げをした犯人として疑われることは避けたい。

 決裂とはいえ、明確に対抗しようとしているわけではないのだ。


「では、折を見て通報しましょう」

「そうね」


 その場では何もせず、エリーヌ達は倉庫を後にした。





***





 その後、三限目の授業が始まる前に、エリーヌ達は投書箱で一連のことを生徒会に報告。

 また、エリーヌはそのことについて、約束通りクロエにも報告をした。

 工作の仕方からして、後々厄介なことになりかねない。早めに報告しておくべきだと、通報した直後にすぐいつもの隠し場所に置手紙をしておいた。

 すると、三限目の授業後、トイレの横の札がひっくり返っていた。

 いつもなら、送ったっきりで返答はない。何度もやり取りしている暇は無いからだ。

 だが態々返答を寄こすということは、何か伝えたいことがあるということだ。

 エリーヌは食堂に行く前に、その手紙を見にお手洗いに入った。


『この不正について、イヴェットに知らせろ』


『私たちがぶつかるように、仕向けてくれ』


 手紙には端的に、そう書かれていた。

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