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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
熟月 競技大会
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第60話 権謀巡る

 準備期間が始まり二日が経った。

 あれから、エリーヌの元にはいくつか工作の情報が届いた。


 一つ目は、剣術に使う剣の細工。

 鳥蝶会一派についている小規模なサロンによる不正だった。

 剣術は団体戦。どうも、そのサロンの中に剣術の成績が優秀な者がおり、練習期間での成績が良ければ、鳥蝶会のグループへの抜擢も考えると言われていたらしい。

 小規模のサロンでありながら、代表の一つである鳥蝶会から声を掛けられ、そのプレッシャーで不正を働いてしまった、ということだ。妨害のための工作ではなく、実力の増長の為の工作である。

 エリーヌにその連絡が届いたときには既に別の者によって通報済みであり、動かずに終了。


 二つ目は、魔術書の入れ替え。

 以前サロンで話し合いをしている時に、オリオール姉妹が持ちかけてきた手段を、実際に企てた者がいた。

 既定の魔術書とは異なる効果を発揮するものとの入れ替えをし、相手を不利にさせようという魂胆だ。鳥蝶会一派の中堅サロンによって企てられたものだという。

 入れ替えが行われるのは競技大会本番の前日、ということで、こちらは匿名で生徒会に通報しておいた。

 内通者を通じて得た情報だ。


 三つ目は、八百長の勧誘。

 サロン交流会でエリーヌ達と話し合った代表の一人に、湖白会一派のサロンが八百長を持ち掛けてきたという。

 そのサロンからは剣術の団体戦において参加を頼んでいる者がいた。

 一人でも勝ちを貰えれば、勝利に一歩近づく。

 しかし、エリーヌに近しいサロンの者への勧誘ということで、彼女たちはきっぱりとお断り。その後それをエリーヌに真っ先に報告。無謀な作戦だったと言えよう。

 報復として、しっかり生徒会に通報した上で、湖白会にも報告をしておいた。クリステルならば、しっかりと咎めてくれることだろう。


 以上が、二日で得た収穫だ。

 まだ準備期間が終わるまで一週間と少しある。これからもっと増えることだろう。

 しかし、どうにも面倒臭いと、エリーヌは頭を抱えていた。


「来る情報すべて、この程度のものなのよね」


 エリーヌは、これら三つの情報を伝えるために、エリーヌのロッカーへと投げ込まれた三枚の紙を机に広げ、腕を組んだ。


「うちもそんなもんだ。ま、始まったばっかりだしな」


 対面に座るクロエはそう言って、頭の後ろで腕を組んだ。


 クロエの言う通り、まだ準備期間が始まって二日だ。

 だがしかし、どうも手段がちゃちで在り来たりだ。

 これからこのような報告が増えるとなると、面倒極まりない。


「どいつもこいつも、こんな簡単にばれるような細工よくやるぜ」


 クロエが机に置かれた紙を一枚摘まみながら、つまらなそうにそう言った。

 彼女もエリーヌと同意見のようだ。


「ただ、やっぱり不正をするのはどこも末端か、せいぜい中堅のサロンだな。指示されたのか、自分で動いたのか」

「どちらもあるでしょうね」


 そう、これがエリーヌが面倒だと思っている一つの理由だ。

 このあまりに些細な不正が、後々の伏線ではないのかと、そう言う警戒心が芽生えてくる。

 情報が確実だともいえない中で、たくさんの細かい不正の情報が流れてくる。その上、それらが連鎖して起こり得る問題についても考えなくてはいけない。


「鬼門は前日ね。不正のほとんどは、前日に行われるでしょうし」

「そうだな。今から仕掛けて、ばれるリスクを上げる馬鹿はそういないだろうし」


 二つ目の案件のように、準備はするが仕掛けまではしない、といった人が多いだろう。

 クロエの言う通り、早々に仕掛けては準備期間の内にばれてしまう。

 そうすると、すべての情報を見つけるのもまた骨が折れる。


「せめて、自分の派閥くらいは静かにしておいてほしいのだけれど」

「同じく。敵を探らにゃならん時に、なんで身内まで警戒しなきゃいけないんだ」


 二人は揃って溜息を吐いた。





***





 後日。

 昼食前に、とある一つの情報がベネディクトの元へ届いたという。


 昼食を食べたのち、二人は図書館へと足を運んだ。

 密談をするのに、図書館はうってつけだ。


「エリーヌ様。これを」


 図書館で、人が近くにいない空いた席に座り、ベネディクトは声を潜めながら一つの紙を差し出してきた。


「レティシアさんからの手紙です。我々の派閥の者で、不正を謀っている者がいると」


 ベネディクトの言葉を聞き、エリーヌは手紙を読んだ。


「なるほど……」


 どうも、エリーヌの派閥に属しているサロン、それも末端のサロンが結託して、不正を謀ろうとしているらしい。

 その内容までは把握できていないが、いくつかのサロンが協力して行おうとしている模様だ。


 それと、もう一つ。湖白会側でも、似た様な事が起こっているらしい。

 湖白会からの情報を得るために作った内通者からこのことを聞き、発覚したようだ。


「これは、鳥蝶会が絡んでいるわね」

「はい。間違いないかと」


 華月会一派、湖白会一派で同じことが起こっている。ならば必然的に、鳥蝶会が怪しくなる。

 おそらく、不正を煽り、ダメージを与えようというものだろう。

 些細な工作で自らが痛手を被る不正者が多い中、こうして不正自体を操り、ダメージを与えようと動いてきたわけだ。

 末端のサロンに、エリーヌと同じく内通者を作り、不正を煽らせているのか。


「これはいよいよ、決裂ね」

「はい」


 エリーヌの言葉に、ベネディクトも厳しい言葉で頷いた。


「さて、どうしましょうか。湖白会と結託して、鳥蝶会を敵に回しても良いのだけど」


 エリーヌが冗談半分、本気半分で言うと、ベネディクトはうーんと唸って眉間に皴を寄せた。


「正直なところ、湖白会はあまり、自らの陣営を掌握しきれていない様子です。協力を申し出たとて、我々の仕事が増えるだけでしょう」

「ふふ。冗談よ。協力はしないわ」


 エリーヌはそう言って笑った。

 半分本気だったとはいえ、無理な話なのは承知だ。

 立てるべくは明確な策。


「取りあえず、そのサロンについて教えてもらえるかしら。わたくし名義で、注意書きを出しましょう」

「それが一番手っ取り早いですものね。畏まりました」


 エリーヌの命とあらば、末端の組織は逆らえない。

 しかし、今後も同じようなことが起こるとみてしかるべき。


 ベネディクトはすぐに動き出し、その日の午前中のうちにエリーヌ名義の注意は行き渡った。

 サロンの代表たちは青ざめて、今後は不正を行わないと誓ってくれた。

 対処はできた。だが、防ぐ手は見つかっていない。


 常にそのことを念頭に置きつつも、その日の授業は終了した。

 考える余裕がある時に色々考えを巡らせてはみるものの、これといった解決策は思いつかない。

 集団を率いるのは難しい。華月会だけでも困難な部分がある。

 末端の組織まで完璧に支配することがどれだけ難しいか。

 今更ながら、偉大な位地にいる父への尊敬の念が湧く。


「ところで、エリーヌ様」


 サロン集会真っただ中、考え事をするエリーヌにベネディクトが語りかける。


「どうも、不正の動きがあるのは、貴族派閥だけではないようです」


 険しい面持ちで、ベネディクトがそう言った。


「というと、平民派閥でも不正の動きがあると?」

「はい」


 さも今まで何も知らなかったかのようなエリーヌの言葉を、ベネディクトが肯定する。


「主要なサロン代表を狙った不正です。具体的には分かりませんが……」

「まあ、過去に例がなかったわけではないものね」


 そう返事をしてはみるものの、そちらの対処はエリーヌの管轄ではない。

 自分を狙う不正は排除せねばならないが、それには事足りている。

 誰よりも信頼に当たる人物が管理しているのだ。


「逆に言えば、その物的証拠を手に入れることができれば、()()()()に対抗する大義名分を得られます」


 妙案だ、と言わんばかりの表情を浮かべるベネディクト。

 それに対して、エリーヌは神妙な面持ちをする。


 さて、困った。

 エリーヌはあえてそちら側に目がいかないように、周囲を仕向けていた。

 平民派閥、ひいてはクロエと足の引っ張り合いをしないように。

 彼女は平民派閥で起こった不正について、生徒会に通報したうえで報告してほしいと頼んできた。

 しかし、こうしてベネディクトが話題に出した以上、生徒会に通報するという手段の他に、何かぶつかり合うための言いがかりを作らなければならないかもしれない。

 エリーヌは考える。


「でも、駄目ね」

「何故でしょうか」


 エリーヌの返答に、ベネディクトは疑問を示す。

 それに対して、エリーヌは困った表情を浮かべた。


「わたくし達の陣営でも不正の動きがあった。なら、例えば風紀会に対して言いがかりをつけたとして、反論されてしまうわ」

「ですが、こちらは未遂です」

「それは、向こうも同じでしょう? 『動き』があっただけだものね」


 エリーヌの言葉に、ベネディクトも難しい表情をした。


「では、不正そのものを止めなければなりません」


 ベネディクトの真面目腐った表情に、エリーヌは苦笑する。


「やはり、そうよね」


 人を束ね、支配するのは難しい。万人が同じ考えをしているわけではないからだ。

 歴史において、様々な国が名を変え主を変えて来たことが、その証左だろう。

 エリーヌやベネディクト、クロエのように冷静な者ばかりではない。不正をすることの危険性を理解していない者達を、どう窘めていくかが問題だ。

 どうやら、面倒くさい現実にいよいよ向き合わなければならなそうだ、とエリーヌは心の中で溜息を吐くのであった。

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