第59話 情報伝達
エリーヌとクロエはお互いに取引を交わし、自分の陣営の者による不正を互いに知らせるために情報収集をすることになった。
しかしそのためには、ある問題を解決する必要があった。
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「"連絡手段"ね……」
クロエがエリーヌに持ちかけた相談事。
それは、情報共有をするための連絡手段についてだった。
「この前はそれでお前に迷惑かけちまっただろ? 何か考えておいた方が良いと思って」
彼女が指しているのは緊急連絡の件だ。
あの時は、連絡が取れないことに最も苦慮した。
直接伝えるわけにもいかず、何か遠回しに連絡をする手筈もなかった。
「そうね。でも、難しそうね」
エリーヌは顎に手を当てる。
例えば、二人で会う機会を作る。あるいは、緊急連絡のように手紙をロッカーに入れる。
その場合、二人は共にある人物たちの目を掻い潜らなければならない。
「わたくしにはベネディクトが。貴女にはアンナさんが常に側に居るでしょう? 彼女たちから隠れて連絡を取るのは至難の業よ」
「……確かにそうだな」
二人には相方とも呼べる仲間がいる。
彼女たちはほとんど四六時中一緒にいる。ロッカールームでさえもだ。
一度や二度、用事があると言って彼女たちの傍を離れたところで問題はないだろう。
だが、何度も、あるいは毎日そんなことがあれば、何かおかしいと尋ねてくるに違いない。
「二人の目が絶対に届かないところで、か……」
「もしくは、二人に怪しまれないような離席の理由が必要」
二人はうんうんと唸りながら考えた。
「……わたくしがベネディクトと離れ離れになるのなんて、せいぜい登下校のときとお手洗いくらいしかないのよね」
エリーヌは困ったような表情で言った。
「いや、まあ、そりゃあお手洗いは……」
と言いかけたところで、クロエがポンと手を叩いた。
「あ、そうだ。トイレだ」
「トイレ?」
エリーヌは首を傾げた。
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そういうわけで、交流会があった次の週。今日から、競技大会の準備期間に入る。
評議会で通達があったように、準備期間は通常の時間割を一部変更し、教養科目の時間が増やされる。
一日に平均一コマは教養科目の授業が入っている。
競技大会で扱われる競技は三つ。
一つは剣術。騎士の使う剣術を、競技として変化させたものだ。
二つ目は魔術。これもまた、戦闘技術としても発達してきた魔術に、競技としてルールを付与したものだ。
最後に、馬術。少数で競馬のような形をとり、速さを競う。
剣術は団体戦。魔術は個人戦。馬術は代表戦で行う。
一日の内に、これらに関わる授業をし、また本番と似たような形式で練習試合を行ったりする。
使用するもの、協力する人は、練習から本番まで同じ。
よって今日から、派閥はそれぞれ動き出す。
「では、本日よりよろしくお願いいたしますね」
「は、はい。お願いいたします」
昼休み、エリーヌはベネディクトと共に、二人の少女と話をしていた。
明影図書館。リリウムにある図書館である。ロザと全く同じ造り、同じ蔵書の汗牛充棟な図書館だ。
学習スペース、あるいは読書スペースとして用意された椅子に座り、少女達と対面になる形で囁き声で会話をしている。
一通り話が終わり、一人の少女が立ち上がり図書館から去る。
「ご紹介、ありがとうございました。レティシアさん」
「いえ。すべてはエリーヌ様の為でございます」
そう言って頭を下げるのは、レティシア・チャイブ・ルシュールという伯爵家の令嬢だ。
彼女は以前の交流会に参加していたサロン代表の一人である。
今日この昼休みに、サロン交流会で頼んだ内通者を紹介してくれた。先ほど席を立った少女がそうだ。
彼女は高等部一年の爵位を持たない中流の貴族家であり、レティシアと家のつながりで面識があった。
派閥としては、鳥蝶会の幹部にあたるサロン所属であるが、面識があるということでこうして内通者として暗躍してもらうこととなった。
ちなみに、エリーヌから直接内通者を頼んだわけではない。
こちら側に寄ってもらうために、少しばかり世間話をしたのだ。あくまで、紹介という形で。
中流貴族で学年も下の少女からしたら、エリーヌは雲の上の存在。会話をする機会もないくらいの遠い存在だ。
そんな彼女と話をすることで、こちらに少しでも寄ってもらう。そうすることで、内通者としての信用度を上げるのだ。
内通についての主な話は、レティシアにしてもらうことになっている。
「ところで、湖白会についてはどのようにされますか? よろしければ、一人よさげな者を紹介しますが……」
レティシアはエリーヌにそう尋ねる。
「そうね……。今回、いや、今年度彼女たちが何か事を大きく動かすとは、到底思えないのよね」
エリーヌはそう言って頬に手を当て考える。
「湖白会そのものは、そうですね。クリステル様は、あまり派閥争いを好んでいないようですし」
「肝心の成績も、エリーヌ様やクロエさんに一歩及んでいないですからね」
ベネディクトとレティシアは口々にそう言った。
鳥蝶会は積極的に動いているが、湖白会はどうもそんな様子は見られない。
首席はともかく、派閥争いに関しては、『何故争うのか』という疑問をもってして怠惰なのであろう。
「でもだからこそ、その周囲については気を止めておきたいのよね。焦って、何か事を荒立てるかも」
エリーヌはそう言いつつ、以前クロエに見せてもらったリストを思い出す。
あれにはもちろん湖白会の名前はなかったが、湖白会一派で重要なポジションにいるサロンの名前はあった。
クリステルを信奉するあまり、その思想に似合わず少々過ぎた事をしようとする者達だろう。
そういった者たちは、平民ではなく貴族を狙いやすいため、注意しておく必要がある。
「でしたら、一人心当たりがございます。ご紹介いたしましょうか?」
レティシアは頼もしくもそう言う。
「そうね。……いっそ、レティシアさんにすべてお任せしても?」
「もちろん構いません。わたくしの裁量にはなってしまいますが」
「とても信頼しているわ。競技大会が終わったら、必ずお礼をするわね」
エリーヌが笑顔でそう言うと、レティシアはとても嬉しそうにした。
校内で何かを渡し合うことは花以外原則禁止されているが、校外なら問題はない。
競技大会を無事終えることができたら、何かお礼の品を送る予定だ。
「では、わたくしもこれで。失礼いたします」
レティシアは礼をして、図書館を去った。
***
「これで、一通り情報網を作ることができましたね」
「ええ。あとは情報を待ちましょう」
準備期間が始まる今日までに、内通者を作り上げることができた。
あとは動向を探り、生徒会への通報とエリーヌ自身への工作に気を付け、自らも情報を収集する。
そして、もう一つ。
「ちょっと、お手洗いに行ってくるわね。先にロッカールームに行っていてくれる?」
「畏まりました」
ベネディクトにそう断り、エリーヌはお手洗いに入る。
リリウムのお手洗いには、魔術で流れる水洗トイレが個々に分けられている。
その一番奥の個室は窓に面しており、窓の桟の部分が段になっている。
そして、そこのタイルが一枚、壊れて剥がれるようになっている。
エリーヌは、一見張り付いているように見えるそのタイルを剥がす。
そこには、折りたたまれた一枚の紙きれが挟まっていた。
『試しで一枚。問題なければ、問題無しと書いてもう一度タイルの下へ』
エリーヌはその文面の通りに、紙に『問題無し』と書いてもう一度タイルの間に挟んだ。
これが、クロエと考えた連絡手段である。
少し汚いと思うかもしれないが仕方ない。此処が唯一誰にも見られない場所だったのだ。
連絡があるかどうかは、トイレの外、扉の横に掛けられている管理責任者の名前が書かれた札をひっくり返して知らせる。
このトイレはロッカールームの近くにあり毎時間通るので、連絡を確認するのも容易い。
これで、派閥においても、対クロエに関しても情報の伝達手段は揃った。
波乱の準備期間が始まる。




