第57話 交流会、再び
「なるほどな。お前の方針は分かった」
家に帰り、サロン集会でベネディクトと話し合ったことを、クロエにも大まかに話した。
「で、不正はしないって考えの決め手になった作戦ってのは?」
「あら。それは秘密よ。貴女に対抗するための作戦だもの」
「へぇ……」
エリーヌの言葉に、クロエは心を見透かすようにニヒルに笑う。エリーヌはそれに澄まし顔で対抗した。
最近の彼女は、前にも増して自信ありげだ。
「じゃ、不正はどうやって見つけるんだ?」
聞き出せないと悟ったクロエは肩を竦め、別の話題に切り替えた。
「主要サロンに向けて、内通者を立てるわ」
「内通者ぁ?」
エリーヌの言葉を聞き、クロエは素っ頓狂な声を上げた。
「らしくねぇな。信用が決定打になる計画を用意するだなんて」
彼女は腕を組んで、厳しい表情でそう言った。
「ええ。でも、言うなればトカゲの尻尾。仲介者を挟んで行うつもりよ。内通者というよりも、情報漏洩のパイプを作ると言った方が的確ね」
エリーヌはその内容を詳しくクロエに説明する。
まず、エリーヌ達華月会に初期から協力を申し出ている信用度の高いサロンに、内通の一部を依頼する。
その依頼というのが、例えば鳥蝶会などに近いサロンの者に対し、内通者になるよう依頼してもらう、というものだ。
簡単に言えば、又聞きだ。勿論、仲介者となってもらう者にも、敵陣に潜んでもらう内通者にも、相応の対価を払う。
「なるほどな。情報の出何処を遠ざけて、リスクを軽減するってことか」
「ええ。生徒会への報告は外に漏れることはないし、よほどのことがない限り、わたくしたちが主体の背反だとは思わないでしょう」
それでも、疑われはするだろう。
だがこれは、分裂を前提とした計画だ。直接追及された時、『やっていない』と断言できればそれでいい。
「そこで一つ、貴女に取引をお願いしたいのだけど、いいかしら」
エリーヌはニッコリと笑ってそう言った。
「無理難題じゃなければ」
「ええ。さほど大したことではないわ」
そう言って、エリーヌは真面目な表情をする。
「今後得るであろう不正の情報を、一部貴女にあげる。その代わり、少し探ってほしいことがあるの」
クロエは怪訝そうな顔をする。
「不正の情報を貰ったって、あたしができるのはせいぜい正面から潰すことだけだけど」
「でも、その方が何かと良いでしょう?」
「まあ……つっても、そんなちゃちな取引材料で、できることなんか限られてるが」
「ええ。本当に、大したことじゃないわ」
そうして、エリーヌはクロエに、ある取引を持ち掛けるのだった。
***
そうして時は流れ、サロン交流会の日となった。
前回とは違い、今回は三大貴族派閥ではなく、自身の派閥に寄っている5つのサロンと交流する。
鳥蝶会や湖白会も、各々の陣営の者達と、交流会もとい会議をしていることだろう。
会場はとある教室。大きな机のある教室で、代表者5人とベネディクトの合計6人が、囲って話ができる場所である。
代表者以外の者は、それぞれで集まって話をしている。彼女達には、何か情報がないか、探ってもらうのだ。
エリーヌは集めたサロンの代表に、情報網を作ってくれるよう頼んだ。
あくまで、裏切らないという保障がある者に限ってだ。
裏切りにも成功にも、相応の対価を掲げて、情報網は作ることができた。
「エリーヌ様。早速なのですが、情報が」
5つのサロンが輪となって話をする中、一つのサロンの代表者が手を挙げた。
「なんでしょう」
「かの権力派についての噂です」
その言葉に、周囲は『やっぱりか』と言ったような表情をする。
「この交流会で、鳥蝶会の陣営が不正についての策を企てていると。彼女達は動きませんが、恐らく周りの者達が率先して不正をするものと思われます」
前々から分かっていたことだ。
彼女たちの場合、自分の手を汚さず、足の引っ張り合いを高みから見ていることだろう。
「そして、あくまで風の噂ですが、彼女たちの手の者の中に、エリーヌ様を狙った犯行を企てている者もいると」
その言葉に、周囲の者達は厳しい表情を浮かべる。
「前回のテストの結果を、失点と捉えた者による計画でしょうね」
ベネディクトもまた厳しい表情をしてそう言った。
恐らくこれも、鳥蝶会の計画だろう。彼女たちが指示を出さずとも、我の強い者達がそういった策を勝手に企ててくれる。
鳥蝶会は、その計画を企てたりはしないが、それを止めたりもしない。
そういった者たちの動きにも、注意が必要だ。
「しかし、一概に不正と言っても、様々な種類があるでしょう? 今まで行われた不正には、皆目を光らせているはずです。一体、何を工作しようというのでしょうか」
別のサロンの代表者がそう言った。
「鳥蝶会ならば、やはり教師の収賄では?」
「ですが昨年、それを行った教師は審判資格を失い、別の教師へと置き換えられたではありませんか」
競技の審判は、その競技の授業を担当している教師たちが行う。
基幹科目などの授業は、主に王室研究員などから人材を派遣している。学校は、研究が第一という主義の者達をあえて集め、給金も十分に与えている。
そうすることで、賄賂による日常的な教師の買収を防いでいる。
だが教養科目は、貴族の家庭教師などに就くような人材が授業を行っている。馬術、剣術の類は、貴族のたしなみとして教える者が多く存在するからだ。
なので競技大会に限っては例外的に、貴族寄りの考えの教師たちに、生徒が賄賂を贈るという事件が発生する。
だが、過去にそれは咎められており、学校側もある程度それに対策を立てている。
かつ実例があるということで、風紀会なども目を光らせているだろう。
「となると、剣術などに使用する物品の細工でしょうか……」
「ですが、もはやされたことのない細工など少ないような気もいたします」
見つからないよう細工をするには、盲点を突いて意識が向かないよう策を講じるだろう。
だが、年月を重ね、もはややったことのない細工など少ないと言える。
「であればこそ、皆さんの協力が必要です。どんな些細な事でも構いませんので、情報を見つけ次第、我々に報告をお願いします」
話がややこしくなる前に、エリーヌは工作についての話に区切りをつけた。
「その件について、一つ質問が」
「はい、何でもお聞きください」
エリーヌはそう言って、手を挙げた代表者に催促した。
「生徒会の通報は、華月会の方で行ってくださるということでしょうか。我々はエリーヌ様の庇護下にありますが、鳥蝶会などに目をつけられると……」
そう言って、彼女は苦い表情をした。
「はい、ですのですべての情報は、一度我々に通していただくようお願いします。通報はこちらからさせていただきますので」
ベネディクトがそう言うと、代表者たちは安心したような顔をした。
鳥蝶会の権力に敵うのは、現在エリーヌくらいしか存在しない。
何と言っても、代表のイヴェットは公爵家令嬢。同じく公の爵位を持つ家柄の者は、現状この学校にエリーヌしか存在しない。
エリーヌの味方と言えど、自身より上の権力者に逆らう愚はなるべく避けたいだろう。
「では他に、質問のある者は――」
サロン交流会は、恙なく進んだ。




