第56話 方針
第二回基幹科目総合テストは、クロエの勝利となった。
第一回のテストはエリーヌ。星下寄宿ではドロー。そして第二回のテストでクロエ。
要のイベントにおいて、両者は只今同点である。
このテストの結果について、学校では一躍話題となった。
過去、平民から第一位が出たことはない。
平民派閥が点を取れるのは、大抵星下寄宿か競技大会。
そう言われていた中での白星に、平民派閥は沸き上がった。
今年こそは首席が平民から出るかもしれない。そんな期待が蔓延していた。
対して貴族派閥には、白けた空気が蔓延していた。
エリーヌの落ち度と見る者もいれば、クロエの高得点をみて、脅威として警戒している者もいる。
上位層の派閥は皆後者だ。
平民派閥は今後に期待し、貴族派閥はこれ以上大きな顔をさせまいと、両者の睨み合いがより強くなった。
この時期からいよいよ、派閥争いは激化する。
試験から時は流れ、熟月となった。暑さも和らぎ、木々が色を付け始めている。
モニカが亡くなってから、早くも1か月が経とうとしていた。
クロエは母の死を乗り越え、今は元気で過ごしている。
今日は、これから始まる競技大会の準備期間の為に、仲間達と話し合いをしたようだ。
『おかえりなさいませ』
「ただいま帰りました」
今日も学校での仮面生活を終え、エリーヌとクロエは一緒に帰宅した。
母が二人の事情を知ったことにより、御者への手間賃を払わなくてよくなったのは僥倖だろう。
他は、特に変わりはなく、今日もまたどちらかの部屋で話し合いをする。
今日は、エリーヌの部屋だ。
「さて、今日は何について話しましょうか」
紅茶を片手に、エリーヌは話しを始めた。
「そりゃあもちろん、交流会についてだろ」
クロエはクッキーを一枚手に取り、そう言った。
なんだかデジャヴな会話だ。
それは、いつものように部屋に集まって話しているからというだけではない。
クロエが此処に来てすぐの頃、エリーヌとクロエはサロン交流会についての話し合いをしたのだ。
サロン交流会は一度きりではない。一年で、何度か開催される行事なのだ。
「今回は、会場について心配する必要はなさそうかしら。前程大人数で集まったりはしないでしょう?」
前回はそれで、ぶつかり合わないといけなかったのだ。
今回はそんなことはしたくない。
派閥争いが活発化してきて、いよいよ折り合いをつけるのが難しくなってきた。
「それについては大丈夫だ。今回は競技大会のチーム作りだから、どう足掻いても5サロンが限界だしな。それならどこでもできる」
クロエはそう言って腕を組む。
そう、次のサロン交流会は、競技大会に係る交流会だ。
評議会にて、王女もとい生徒会長は、『サロンごとの競技もある』と言っていた。
実際のところは、サロンがいくつか合わさってチームを作り、そこから代表を選出して行う競技があるのだ。
それが、最大5つのサロンが合わさることができる競技となっている。
準備期間の前にチームを決め、準備期間で練習をする。
「それよか、お前は大丈夫なのか?」
「?」
クロエの言葉に、エリーヌは首を傾げる。
「前の件で、あたしが誓約書を書いただろ。あれ、お前のとこだけじゃなくて、別のサロンの奴らにも渡してたよな」
前の件、というのは先ほども話題に上がった一回目のサロン交流会のことだ。
彼女の言う通り、エリーヌ達はあの時の交流会で場所を譲る代わりに、次回は譲ってほしいという約束の元、クロエに誓約書を書いてもらった。
「お前らの他に、別の奴らが同じ誓約書を掲げてきたら、どうやって折り合いつけるんだ?」
クロエが呆れた表情でそう言い、クッキーを頬張った。
「それに関しては大丈夫よ。わたくし達は貴女達と被らないよう配慮できるし、湖白会は性格上、あれを持ち出してくることはないわ。せいぜい使うのは、鳥蝶会くらいでしょう」
クロエが指摘した点については、既に折り込み済みである。
あの時は、効果があろうがなかろうが、納得してもらうための物証が必要だったのだ。
「チッ、あいつら、わざと被せてきそうで嫌だな」
「それは……ないとは言えないわね」
クロエは苦い表情をしながら、紅茶を一口飲む。
「ともあれ、前回のような心配は、今回は無いでしょう。寧ろわたくしとしては、身内のことの方が心配だわ」
エリーヌはそう言って、困った表情をした。
「それは、仲間内ってことか」
「ええ」
華月会だけでなく、鳥蝶会や湖白会を含めた、貴族派閥全体のことについてだ。
「評議会でああは言われたけれど、まず間違いなく不正があるわ。どう対処していくべきかと思ってね」
エリーヌは頬に手を当て、うーんと考える。
不正を事前に防ぐことは難しい。すべての貴族が一丸となって、競技大会に挑むわけではない。
しかし当然ながら、エリーヌとしてはそう言った汚い行為と呼べるものはなるべく行いたくない。
「対処、ねぇ……止めるのは難しいんじゃないか?」
クロエは頭を掻きながらそう言った。
彼女もエリーヌと同意見のようだ。やはり、事前の対処は難しい。
「まあ、あたしらはいつもの如く、生徒会に通報する側だからな。立ち位置は既に決まってる」
彼女たち風紀会の行動は一貫している。
その点、他のサロンたちの顔色を窺う必要がないのは、単純明快で羨ましい限りだ。
「うーん……」
エリーヌは唸った。
彼女は未だ、己のスタンスを決めかねていた。
***
結局答えは出ぬまま、次の日になった。
「さて、エリーヌ様。そろそろ、競技大会について考えなくては」
「ええ。そうね」
サロン集会の話題はやはり、競技大会についてだ。
「エリーヌさまー!」
話し合おうとした二人の元に、元気な声を上げ、ララとサラのオリオール姉妹が駆け寄ってきた。
「あら、どうしたの?」
「競技大会について、提案が!」
二人が競技大会について話そうとしていたのを察したのか、そんな話題を持ち掛けてきた。
「我々オリオール家には、魔術書の写本を生業としている者が居るのです!」
「……よろしければ、エリーヌ様の為に、『特別な』魔術書をご用意いたします」
ララとサラが交互にそう言った。
魔術は競技大会で扱われる競技の一つだ。
魔術を使うには、魔術書を要する。
つまり彼女たちは、エリーヌが有利になるよう手を加えた魔術書を、独自に用意すると言っているのだ。
「さすが、オリオール家ね。でも、あれは事前に審判に確認されるの。だから、大丈夫よ」
「えう、でもー……」
やんわりと断ると、オリオール姉妹は悲しそうに俯いた。
その様子を見て、ベネディクトが溜息を吐きながら首を振る。
「大変危険なことです。エリーヌ様に、そんなリスクを背負わせるわけにはいきません。それに何より、エリーヌ様は魔術の成績が大変優秀なのです。問題ありません」
「確かに、そうですね!」
オリオール姉妹は元気よく頷いた。
「今からは二人で話し合いをします。下がりなさい」
「はーい」
ベネディクトの言葉で、二人は元居た席へ帰って行った。
「まったく……」
「ふふ。協力的なのは、うれしいことね」
ベネディクトがやれやれと肩を竦め、エリーヌは笑った。
二人きりになったところで、話の続きを始める。
「しかし、エリーヌ様」
ベネディクトは、神妙な面持ちでエリーヌに語り始めた。
「オリオール姉妹同様、わたくし共は、エリーヌ様の為とあらば、己を犠牲にする覚悟がございます」
いつになく真剣な表情で語りかけるベネディクトのその言葉は、己を犠牲にしてでもエリーヌを勝たせたいという意思の表れ。
つまり、不正をするならば協力する、捨て駒になるのも厭わない、ということだ。
「……」
エリーヌは、そんな彼女の目線を鋭く返す。
そうして沈黙が流れる中、小さく息を吐く。
「ベネディクト」
「……何でございましょう」
エリーヌは口を開く。
「一つ、考えがあるの。聞いて下さる?」
「……?」
そうして、エリーヌは己の作戦を伝える。
それを全て聞いたベネディクトは、思案気に顎に手を当てた。
「……なるほど。良い考えかと思います」
しばらくして顔を上げ、エリーヌの案を肯定した。
「わたくしだけが、専念すれば良いこと。他の者達には、通常通り競技大会に向けての準備に励むよう、伝えてくれるかしら」
「つまり、先程の提案は必要ないと」
「ええ」
エリーヌの中で、今回の競技大会におけるスタンスは決まった。
不正はしない。たとえ、勝利が必須であってもだ。
「先程の案においては、無駄骨でしょう。いらぬリスクを冒す必要はないわ。むしろ、強く止めることね」
「畏まりました。皆に、それとなく伝えておきます」
ベネディクトは恭しくそう言った。
「それと、もう一つ」
エリーヌは再度口を開く。
「不正は見つけ次第、逐次生徒会へ報告をすること。良いわね?」
「!!」
エリーヌの言葉に、ベネディクトは今日一番驚いた表情をする。
「それは、つまり」
「ええ。今をもって、貴族派閥は我々を中心とすることにします」
エリーヌは鋭い微笑を浮かべる。
不正を見つけ、生徒会に報告すること。
それはつまり、不正をする者は味方だろうと容赦せず、切り捨てるということだ。
そして、それによって起こるのは、一丸となっていた貴族派閥の分裂を意味する。
「少々早計なのでは?」
ベネディクトは努めて冷静にそう言った。
「今現在、わたくしとクロエさんは同点。今後の事を考えれば、首のすげ替えを狙う者達が表れるのは時間の問題」
巷ではすでに、失点を許したエリーヌに成り代わり、貴族派閥代表の座を狙って、他の有力者たちを後押しする動きがみられる。
早ければこの競技大会で、エリーヌを狙った足の引っ張り合いが行われる可能性もある。
どのみち敵対するのなら、不安分子を今の内から排除するのだ。
「早いうちから、手は打っておきましょう。近くにある交流会において、十分に仲間を集めるの」
「……承知いたしました。わたくしは、エリーヌ様の意思に従います」
こうして、今後について二人は計画を固めるのであった。




