幕間 カスクート
これは、エリーヌがクロエに連絡を届けるために奔走したときの話。
エリーヌは何とかカミーユに連絡を頼むことに成功した。
その後、カミーユから手紙を渡せたとの話を聞き、エリーヌは安堵した。
事が発覚し、策を立てて行動に移し、その成功を聞くまでに、かなり時間を要してしまった。
食堂に行くと、大半の生徒はもう食堂から出て、次の授業の準備に向かおうというところだった。
ベネディクトたちの姿も見当たらない。彼女の場合、エリーヌがいなければ早急に食事を終え、エリーヌの分まで次の授業の準備をしてくれているのかもしれない。
(……今日はいいか)
貴族出身の生徒は、学校の昼食について不満を持っているものも多い。
気に入らないメニューがあると残したり、食べなかったりする。
学校側が全員食べたかどうかを調べたりするわけではないので、食べなかったとしても誰も気づかない。
そういうわけで、今日ぐらいは昼食をとらなくてもいいか、とエリーヌは考えた。
あんなことがあり、食欲があるわけでもない。
一食抜いたくらいで障りはないだろうと、エリーヌは食堂から踵を返そうとした。
「あ」
「!」
そうしたところで、食堂の出口から出てきたアンナと鉢合わせた。
ばっちりと目が合ってしまった。
「……あの子は見つかった?」
目が合った手前、変に素通りするわけにもいかないと、彼女は考えたのだろう。
エリーヌにそう聞いてきた。
「ええ、おかげさまで。先ほどはご迷惑をおかけしました」
そう言って、小さく頭を下げる。
彼女の隣にクロエが居ないということは、恐らく彼女はことを把握して、早退したのだろう。
それが把握できたエリーヌは、内心胸を撫で下ろす。
「見つかったんならいいわよ。もう廊下は走らないことね」
腰に手を当てそう言ってきた彼女に、エリーヌは柔らかく笑いかけ、その場を後にしようとした。
「って、ちょっと待ってよ。今からご飯じゃないの?」
アンナにそう声を掛けられ、エリーヌは振り返る。
「いえ……今日は遅くなってしまったので、遠慮させていただこうかと」
エリーヌは苦笑いつつそう言った。
エリーヌは、学校の昼食に不満はない。寧ろ、いつも食べているものとは違う物が食べられて楽しいとさえ思っている。
食べられるのなら食べたいが、今からでは急いで食べないと、授業に間に合わない可能性がある。
「何でよ、勿体ないじゃない! 学校に来たら、全員無条件で食べられるのに!」
アンナが信じられないと言った表情でそう言った。
学校の給食は、基本的には国税で賄われている。
中には食費を払うことさえ難しい家庭もある。平民からも生徒を募集する以上、そういったことにも配慮しなくてはならない。
ただ、国税のみだとかなり厳しいので、払える人は払えるだけ、学校に食費を払うことになっている。
日頃の感謝、あるいは寄付のようなつもりで食費を払う人もいる。
中には、もっといいものを食べさせてくれという願いを込めて、多額の食費を払う貴族の生徒もいる。
そういうこともあり、国税を充てなくとも意外にも上手く回っている。
ちなみにエリーヌは、父の立場上、食費に限らずかなりの額を学校に融資している。
人気取りの一環だ。
「しかし、料理人の方々も、既に片づけを始められているでしょう。ご迷惑ですから」
エリーヌがそう言うと、アンナは言葉を詰まらせた。
実際、もう配膳に並んでいる人はいない。
料理人たちは、早くも片づけを始めている。
「……」
アンナは、むすっとした表情のまま、何かを考えている。
「それでは」
エリーヌはそんな彼女に首を傾げつつも、再び立ち去ろうとまた踵を返した。
「……あー、もう!」
彼女はそう言って、歩き去ろうとするエリーヌの腕を掴んだ。
「ちょっと来て!」
そう言って、アンナはエリーヌを食堂の方へと引っ張った。
「ええと……?」
「いいから!」
戸惑うエリーヌに構わず、アンナはエリーヌを食堂まで連れて行く。
そのまま、食堂の出口に近い隅の席に座らせられた。
「ちょっと待ってて」
エリーヌを席に座らせたアンナは、そう言ってどこかへと向かって行った。
しばらくして、彼女はトレーに何かを乗せて運んできた。
「はい、これ!」
そう言って、彼女はトンとエリーヌの前にそれを置いた。
「これは?」
エリーヌの前に置かれたのは、一枚の皿に載せられたパンがある。
堅めのパンには、何やら挟まっている。
「カスクートよ。昼に出たパンに、昼のおかずを詰めたの。……ちょっと、雑多だけど」
彼女の言う通り、パンにはレタスなどのサラダ類の他に、おかずとして出ただろう煮込み鶏などが挟まっている。
だが、どうして彼女はこんなものを用意でたのだろうか。
「あたしのお母さん、ここで料理人やってるの。だからちょっと、頼んできたのよ」
エリーヌの疑問を察したのであろうアンナがそう言った。
「これなら、次の授業にも間に合うでしょ。言っとくけど、今日だけ特別なんだからね!」
彼女はそう言って、腕を組んで仁王立ちになった。
そんな彼女に、エリーヌはふふっと笑みを零す。
「ええ、ありがとうございます。お母様にも、そうお伝えください。このご恩は、いつか必ずお返しいたしますね」
エリーヌはそう言って、ゆっくりと頭を下げた。
本心からの礼だ。
心配事だらけの心に、少しの余裕ができた。
「別に、良いわよ……」
頭を下げてきたエリーヌに、アンナは顔を赤らめそっぽを向く。
「じゃ、私はこれで。これあげたんだから、授業前に走るんじゃないわよ!」
彼女はそう言って、自らが早足で去って行った。
そんな彼女の背に手を振り、エリーヌはカスクートを食べ始めた。
雑多に食べ物が詰め込まれたそれは、意外にもとても美味だった。
その後、アンナの家の元に、たくさんの食材が詰め込まれた箱が、『感謝を込めて』というメッセージカードと共に届いた。
弟妹達とそれを喜びつつも、貸しにしておけばよかったと、エリーヌの強かさに人知れず歯噛みするのだった。




