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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
実月 試験と転機
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第54話 最後の挨拶

 モニカが亡くなったその日のうちに、葬儀の準備が始められた。

 使用人たちがあくせくと動き回る音を部屋の外に聞きながら、エリーヌはクロエが落ち着くまで、彼女の側に居た。

 彼女が疲れて眠ってしまったのを見て、ようやく部屋の外に出ると、母が部屋の前に立っていた。


 彼女は何かを言いたげにこちらを見て、ついてこいと言わんばかりに自室へと足を運んだ。

 エリーヌはそれについて行った。


「クロエは、どんな様子でしたか」


 部屋は人払いがされており、カンテラの淡い光だけが部屋を照らしていた。

 彼女は開口一番、そう聞いてくる。


「疲れて眠ってしまいました。今日は、このまま寝かせてあげたほうが良いでしょう」

「そうね。そうするよう、言っておくわ」


 彼女はそう言って、カウチに腰かける。

 エリーヌもその対面に座るようにと手で示されたので、言うとおりにする。


「明後日、葬儀をします。貴女も、そのつもりでいて頂戴」

「わかりました」


 彼女は自分が死んだあとの諸々を、ジュリエンヌに話したという。つまり、遺言を残していたということだ。

 葬儀は簡素に行ってほしいとのこと。墓地は、教会が管理をしている共同墓地に、普通の墓を建ててほしいということ。

 どんな願いでもかなえる、と言った母に対し、モニカは謙虚にもこのようなことを言ったという。


 そんな彼女の願いを聞き入れ、葬儀はモニカの存在を知るシャントルイユ家の中の者だけで行うことになった。

 父、兄達、使用人たちが主だろう。

 彼らに即日使いを送り、近くの教会で葬儀を行う旨を伝えた。


 明日、明後日が学校ではないことが、幸いだった。

 そんなことを考えてばかりではいけないと反省したばかりなのに、エリーヌは考えてしまった。


「それで、何かお話が?」


 エリーヌ一人が此処に呼ばれたことには、何か理由があるのだろう。

 でなければ、人払いをしてまで会話の機会を用意する必要はない。


「ええ、少し」


 ジュリエンヌはそう言って、姿勢を正した。


「わたくしは友人に、『娘をどうかよろしく頼む』と言われました」


 彼女は、涙の跡が残る真っ直ぐな目で、エリーヌを見つめてきた。


「彼女を、この家に迎えるつもりです。貴女は、彼女を家族として迎えることに、異論はありますか?」


 投げかけられた問いに、思わずエリーヌは立ち上がる。


「そんなもの! 言われなくとも、聞かれずとも、もちろん……そのつもりで……」


 全力で肯定しようと立ち上がったはずが、何故か言葉の最後が詰まってしまった。

 そのことに、ジュリエンヌも首を傾げる。


「何か、異論が?」

「い、いえ……」


 エリーヌ自身も、どうして言葉が詰まったのかが分からない。

 『もちろん、家族として迎えるつもりだ』。そう言おうとしたところで、心臓がドクリと鈍く跳ねた。


「……もとより、友人という関係だったのです。その関係が唐突に変わるのなら、クロエにもちゃんと意見を聞くべきだと、そう思ったまでです」

「それもそうですね。失念していました」


 そんな意見を聞き、ジュリエンヌは納得した様子だ。

 だが、本心とはどこか異なる意見だ。

 一体何が引っ掛かったのか、エリーヌにもわからなかった。


「では、そのようで良いですね」

「はい、お母様」


 エリーヌは思考を放棄した。

 これ以上、考えるべきではないと思ったからだ。


「勿論、貴女をないがしろにする気など微塵もありませんからね」


 母の断りに、エリーヌは苦笑する。


「わたくしももう、幼くはないのですから。母をとられたと、駄々をこねるなんてこといたしませんわ」


 引っ掛かった理由はそうではないのだが、そういうことにしておこう。


「きっと、彼女の傷はまだ癒えていないと思います。わたくしも、彼女を支えるつもりですが、至らない部分も大いにある」


 そう簡単に癒える傷ではないだろう。

 それを、彼女はきちんと理解している。


「貴女の様な年の近い者の方が、言いやすいこともあるでしょう。傍で、支えてあげるのよ」

「もちろんです、お母様」


 クロエの傍で、支えてあげよう。

 その誓いは、本心に違いなかった。





***





 次の日。

 家には納棺師やら何やらが来て、葬儀の準備をした。

 簡素に、と彼女は願ったが、それはこちらに遠慮をする気持ちがあったというのも大きいだろう。

 せめて見えないところくらいは、とジュリエンヌは、彼女に良い死化粧をしてほしいと、納棺師に頼んでいた。


 エリーヌも、葬儀に使う服などを、自分とクロエの分用意をした。

 やはり、まだ暗い表情のクロエだが、エリーヌの問いにぽつぽつと返事をしてくれるくらいには回復したようだ。

 夜には一緒に食事をして、休んだ授業の内容について話ができるまでになっていた。



 そして、葬儀の日。

 早馬で使いを送り、葬儀に参加してほしいと頼んだ兄たちが、屋敷にやってきた。

 三人とも同じ馬車で王都から来ており、皆それぞれ己の仕事を休んで、葬儀に参加してくれるようだ。

 伯父にも手紙を送ったが、エミリアン共に仕事を開けるわけにはいかず、見舞いの言葉を兄に託した。

 納棺されたモニカに挨拶をしたのち、皆口々にクロエのことを心配した。

 彼らの慰めの言葉を、クロエはしっかりと受け止めていた。


 準備を終え、遺体を納めた棺を馬車に載せ、屋敷を出た。

 棺が乗っている馬車は、使用人が亡くなったときに使用されるものだ。

 街中を走る時、貴族の誰かが亡くなったと、騒がれないようにするための配慮だという。

 そんなことをしなくても、と思ったが、これもまたモニカの願いだと、ジュリエンヌが言っていた。


 クロエはジュリエンヌと二人で馬車に。

 エリーヌは兄たちと共に馬車に乗って、教会へと向かった。


「しかし、とても残念だったね」


 馬車の中で、エミリアンがそう切り出した。


「一度くらいお会いしたいと思っていたのだけれど、こんなに早く亡くなられてしまうなんて」

「まったくだ」

「僕も、一回くらい話したかったな」


 三者三様にそう言った。


「あの父上が、自ら囲った女性だ。さぞ、面白い人だと思っていたんだけれど。彼女は、どういう人だったんだい?」


 エミリアンはそう言って、エリーヌを見た。


「わたくしも、お元気な姿を見ていないので、はっきりとは分かりませんが……」


 エリーヌは短いヴェールで影を作り、少ない彼女との思い出を回想し、答える。


「ご病気でなければ、活発で快活な方だったと、想像できる人です。偏見もなく、人の機微を窺える賢さを持った人だと」


 これには、エリーヌの想像も入っている。

 働き者で、境遇に悲しむことなく明るい人だと、クロエから聞いた。

 貴族社会に対し偏見や恨みなどはなく、受容してくれるような人だと、母から聞いた。

 そして、クロエの母であるとすぐに分かる、賢さを持った人だと、エリーヌは思ったのだ。


「そうかい。ならばなおのこと、お話をしたかった」


 聡明な人物が好きなエミリアンがそう言った。

 馬車の中に、重たい沈黙が流れる。


「というか、こんな日にも父上は顔を出さないんですか。あまりに薄情ですよ」


 沈黙を破るように、ピエリックがそう切り出した。

 その言葉に、エミリアンとリュシアンが顔を見合わせ溜息を吐く。


「昨日、王都に顔を出すついでに訪ねたんだ。どうもここ最近、隣国の大使がいらっしゃっていて、忙殺されているらしい」


 エミリアンが額に手を当てながらそう言った。


「しばらく顔を出せなかったのも、それが理由だと。『墓参りには出向くつもりだ』とのことだ」


 リュシアンは腕を組み、小さく溜息を吐きながらそう言った。


「致し方がないさ。父上の忙しさは、今に始まったことじゃない」

「それはそうですけど……少し不憫ですね」


 ピエリックが悲しそうな表情をした。

 薄情者だと言い切れないくらいに、父は忙しい。そして何より、替えの利かない存在なのだ。

 しかし、結局彼が何を考えて彼女たちを迎えたのか分からずじまいだ。

 エリーヌはしばらく黙って、曇り空を眺めていた。





***





 教会に着き、フロスティア方式の葬送を行う。

 参列者は、クロエと、シャントルイユ家本家に連なる者達。そして、使用人たちだ。

 司祭が、祈りの様な事を行ったのち、棺は墓地にて土葬される。

 教会の裏にある共同墓地。主に、貴族としての位を持たないような人々が納まる土地だ。

 貴族は私有地などに墓所を作ったりするが、モニカはここに埋まることを望んだ。


 簡素な墓石の前に、墓堀人によって穴が作られる。

 その中に、眠り人となったモニカが納められた棺が置かれる。

 教会の鐘の音が響き、それと同時に土が被せられた。


「あ……」


 クロエが小さく声を上げ、姿が見えなくなっていく棺に、手を伸ばした。

 もうこれが最後だと、信じられないような表情で。


「……っ、クロエ」


 ジュリエンヌが、そんなクロエの肩を抱いた。

 エリーヌも、思わず涙を堪えた。


 こうして、モニカとの最後の挨拶をするのだった。

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