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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
緑月2 休閑週
46/59

第44話 再び王都へ

 楽しい旅行も、そろそろ終わりが近づいて来た。

 今日はラファナス、ラディックス領から離れ、王都へと向かう。

 先日は良い休息をとることができた。港町を楽しみ、屋敷でゆっくりと過ごすことができた。

 だが、楽しい時間というのはあっという間だ。


「何か、お忘れ物はございませんか?」

「大丈夫よ。ありがとう、カミーユ」

「私も大丈夫」


 エリーヌとクロエの返答に頷き、カミーユは馬車の荷台を閉めた。


「何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくださいね」

「ありがとうございます、お義母さま。元気な子を見せられるよう、頑張ります」

「無理はなさらないでね」


 母はエミリアンの奥方とそんな別れの挨拶をしている。

 エリーヌ達はそれを横目に、馬車へと乗り込んだ。


「……もう行っちゃうの?」


 クロエが馬車に乗り込もうとしたところで、馬車の側で父であるエミリアンの足にしがみついたアニエスが、名残惜しそうに呟いた。

 そんな淋しそうな声を聞いたクロエは、一度降りてアニエスの元に向かった。


「アニエス。またいつか会おうな」

「絶対だよ……?」

「ああ。木から落ちないよう、気を付けるんだぞ」


 クロエが苦笑しながらそう言い、エミリアンがそれに笑うと、彼女はムッと頬を膨らませた。


「クロエ」


 立ち上がって去ろうとしたクロエを、エミリアンが呼び止める。


「今後を期待しているよ。もし進路に迷ったら、僕に声を掛けてくれ。一番にね」


 柔和な笑みを浮かべ、彼はそう言った。


「ありがとうございます」


 それに端的に礼を述べ、クロエは颯爽と馬車に乗った。


「それと、エリーヌ」


 エミリアンは、既に馬車に乗っていたエリーヌにも声を掛けた。


「君も、進路についてはよく考えるんだ。いいね?」


 柔和だが、真剣な表情で、彼はエリーヌにそう言った。


「ええ、勿論。……分かっています」

「なら、いいんだ」


 端的な言葉の中に、二人だけにしか分からない言葉が隠されていた。

 エリーヌはそれを、しっかり受け止める。


「それでは、道中気を付けて」


 彼のその言葉を最後に、馬車の扉は閉まった。

 二台の馬車は、海を背に帰路を走り出した。


 美しい海はどんどん遠ざかり、馬車は街並みを進んでいく。

 しばらくするとラディックス領の関所と、伯父の邸宅が見えてきた。

 行きは立ち寄ったその建物を通り過ぎ、街道へと出て行った。


「今日中には家に着けそうもないな」


 馬車の外を見ながら、クロエはそう言った。


「ええ。今日はこのまま、王都に泊まる予定よ」


 外は少しばかり曇り空だ。

 王都に着くころには、雨が降るかもしれない。


「……お母様が心配?」


 窓の外をぼうっと眺めるクロエに、エリーヌがそう聞く。


「あー……まあな」


 彼女は頬を掻きながら、素直に認めた。


「大丈夫よ。明日はすぐに帰りましょう」

「……」


 退屈な馬車の中、振り出した小雨のように、二人はぽつぽつと会話をするのであった。





***





 エリーヌの予想通り、王都の別邸に着くころには、雨は小降りから大降りに変わった。

 すぐに屋敷の中に入り、雨風から身を守る。

 

「……でか」


 屋敷に入って早々、クロエは大広間の天井を見上げてそう呟いた。

 

「本邸よりも、大きいでしょう? 催しごとを行いやすいように、この大きな広間が用意されているの」

「城かよ……」

「本物のお城を見たら、もっとびっくりするわね」


 この屋敷が広く感じるのは、単に大きいのとは他に、あまり人がいないからだろう。

 管理するための使用人は多くいるが、この広さで本邸とほとんど変わらない人数しかいない。

 何故ならこの屋敷の主人は、ほとんどここに帰って来ないからだ。


「せっかくだから、案内しましょうか。今日泊まる部屋は――」

「エリーヌ」


 クロエを部屋に案内しようとしたところで、背後から男性の声で呼び止められた。


 振り返ると、とても背の高い焦げ茶色のストレートヘアの男性が立っていた。


「リュシアンお兄様!」


 彼を見たエリーヌはぱっと顔を綻ばせた。


「見ないうちに、随分と大きくなったな。立派な淑女だ」

「もう背は伸びていませんのよ、お兄様」


 和気あいあいとそんな会話をする二人を、クロエはぽかんと見つめていた。


「お兄様。彼女が、クロエですわ」


 そんなクロエを、エリーヌは紹介する。


「初めまして。クロエと申します」


 クロエはスカートをつまんでお辞儀をする。

 この三日間で、この所作は随分板についたようだ。


「ああ、父上から聞いている。俺は、リュシアン。リュシアン・サルビア・シャントルイユだ。よろしく」

「よろしく、お願いします」


 礼儀正しくお辞儀をするリュシアンに、クロエはより腰を低くする。

 少し緊張しているように見えるのは、彼から父・セドリックの面影を強く感じるからだろう。

 焦げ茶の髪に、黒の目、無愛想な表情は、父そっくりだ。

 だが、内面はそうではない。母に似て、穏やかで優しい人だ。


「……」


 だが、母とは違い寡黙な人だ。

 初対面のクロエに対して、どのように接するべきか決めかねている。

 そして、それはクロエも同様である。

 そういうわけなので、エリーヌがその仲を取り持つことにした。


「お兄様。どうですか、新しい妹は?」

「……あ!?」


 エリーヌの突飛な発言に、クロエは驚いてエリーヌを見る。


「い、いや、私はそんなつもりは……」


 背が高く、どこか威圧感のあるリュシアンを見上げて、クロエは慌てて訂正する。

 彼女は自ら妹の立場を主張するほど積極的ではない。

 エミリアンには『兄』だと思ってほしいと言われたが、結局『兄』とは呼んではいない。

 血のつながっていない者を、兄妹と扱うのは難しいかもしれない。


 そんな消極的なクロエをじっと見つめたリュシアンは、彼女にゆっくりと手を伸ばす。

 そうして、彼女の頭にポン、と頭を乗せた。


「……??」


 その行動に、クロエは戸惑いの表情を見せる。

 一体自分が何をされているのか、というところだ。

 それが面白くて、エリーヌは声を殺して笑う。


「妹は何人いたってかまわない。俺のことは、兄と思って接してくれると嬉しい」


 彼はそう言って、クロエの頭から手を離した。


「は、はい……」


 クロエはリュシアンを見上げ、やはりまだ戸惑った様子で返事をした。

 少々強面で背の高い、狼の様な男性が唐突に頭を撫でてきたとあらば、驚くのも無理はないだろう。


「ふっ……あははっ……」

「おい、何笑ってんだよ……!」

「?」


 可笑しな邂逅を見て、ついに堪えきれず声をくぐもらせて笑うエリーヌに、クロエが顔を赤らめながら小声で突っ込む。

 リュシアンはその様子を見て首を傾げる。

 彼は人との距離の詰め方が下手なのだ。父のように冷酷だと勘違いされがちだが、実際は穏和な人だ。

 今の一連の流れで、クロエもそれは分かっただろう。緊張は解れたようだ。


「ははっ、はぁ……お兄様。彼女と一緒に屋敷を廻って、勝手を覚えてもらおうと思っているんです。ついて来ていただけますか?」

「ああ、勿論」


 色よい返事をしてくれた兄に、二人はついて行く。


「ふふふ」


 そんな三人を遠目から見ていたジュリエンヌは、上機嫌で彼らを見送るのだった。

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