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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
緑月2 休閑週
40/59

第39話 シャンデリアと影

 夕暮れは疾うに過ぎ去って、夜闇が空を覆った頃。

 海の近いラディックス領は夜風が気持ちいい。そう思いながら、エリーヌは屋敷のバルコニー付近に立った。

 エリーヌの横には、姿勢よく立ったクロエがいる。

 彼女の視線の先には、貴族に囲まれるエリーヌの母、ジュリエンヌ。

 彼女はやって来る貴族たち一人一人に挨拶をした後、彼らと談笑をしている。


 今宵は立食パーティだ。ラディックスの特産品である海産物や、外から流通してきた珍しい食事も並んでいる。

 伯父ジルベールの奥方は、随分と気合を入れて用意をしたようだ。


「あ、見て。お母様の左横にいる方、誰だかわかる?」


 ぼうっとそちらを眺めているクロエに、意識があるかの確認ついでに話しかける。

 貴族の子女の中には、たまにコルセットの締め付けに耐えかねて、ドレスに支えられながら気絶していることもある。そういったことがないように確認だ。

 彼女はもとより細身なので、コルセットに苦しんでいる様子はなかったが。


「分かるか。初めて見た」


 クロエはエリーヌの唐突な問いに、面白げもなくそう答えた。


「ドニ・オズマンサス・セザール伯爵よ。伯父様の奥方の家のご当主様。彼の又姪がわたくしの派閥にいるの」

「げ……つか、覚えにくい名前だな」


 派閥という言葉に渋い顔をするクロエ。それを見て、エリーヌはくすくすと笑う。

 先ほどから、パーティーにおいて半ば蚊帳の外の二人は、バルコニーで駄弁っている。

 とはいえ、全く参加しないというわけにもいかず、時折貴族がやってきては軽く挨拶をする。

 クロエに名乗らせないよう細心の注意を払い、エリーヌは貴族たちの気を紛らわせた。


「今は、ラディックス領の領主をしていらっしゃるわ」

「そういや、ラディックスって元々はシャントルイユの領地じゃないのか?」

「今は違うわ。お父様が大臣になられた時に、国に返還したの。まあ、主要地域のラファナスは、伯父様が持っているのだけれど」


 シャントルイユはもとより大きな貴族だったが、父が大臣に上がるのと同時に、格上だった『公爵』という爵位を得た。

 当主である父は大臣となり領主として領地を切り盛りしている暇は無く、また父の周囲の人間も要職に就いたため、領地は返還という名目で手放した。領主という立場よりも大きな位地を得たので、問題はない。

 などと言いつつ、シャントルイユの名を持つ伯父が、ラディックス領の要であるラファナスの町長のような存在である。そこで行われる貿易、外交を取り仕切っている。実質的に手放してはいないというわけだ。

 

「あぁ……だからお前の派閥にな」

「ええ。何かとご縁があるから、良かったらと」


 領主から嫁を貰い、シャントルイユの名で現領主のセザール家に繋がりを持ちつつ、庇護下に入れる。向こうとしても、名のある大家の傘下に入ることで、家を守る強固な盾を手に入れたというわけだ。

 より多くの権利を得るために、貴族は知恵を巡らせている。そこには、数多の取引によって成り立った複雑な関係があるのだ。


「面倒だな、貴族って」


 パーティの様子を眺めていたクロエが、唐突にそう呟いた。


「ふふ。……そうね」


 クロエの言葉を、エリーヌは端的に肯定した。


 彼女がどうしてそんなことを言ったのか。考えている間に、ふと一部で集まっている貴族からの視線を感じた。

 羽根があしらわれた扇子を口元に当て、こちらを見ながら何かを話している。


「少し外すわね。バルコニーに隠れていて?」

「わかった。早く戻ってきてくれよ」


 エリーヌはそう言って、大広間から外に出るために、近くのドアへと歩いて行った。

 扉へと向かう途中で、視線をくれていた貴族たちとすれ違った。


『妾腹の子が正妻の子に並んでいるなんて』

『弁えるということを知らないのかしら』

『あの態度、とても良家出身とは思えないな』


 小声で話している声が、エリーヌの耳元にまで届いた。あるいは、エリーヌに聞こえるように言っていたのかもしれない。

 生憎、その言葉でエリーヌが喜ぶことはない。

 彼らを通り過ぎて外に出たところで、エリーヌは眉間に皴を寄せた。


(学校の話題ではなくてよかった)


 それを確認するためだったが、思いの外不愉快だった。

 誤魔化すために、使用人に簡単な頼みごとをした後、再び大広間へと戻る。

 先ほどの貴族たちは、まだクロエの方を見て何か話していたが、大したことのない愚痴であったので通り過ぎる。

 バルコニーの隅で、手摺に頬杖をついて外を眺めているクロエを見つけ、その横に立った。


「お行儀が悪くてよ」

「見えてないからいいだろ」

「いつだって、見られていると思って行動しないと」


 そう言いつつ、エリーヌは再び先ほどの貴族たちに目を遣った。

 もう別の話題に移っているようだ。扇子を広げ優雅で高慢に過ごす彼らを見て、思わず目を細める。


「別に、慣れてるから気にするなよ」


 どうやら、クロエも彼らの視線に気づいていたようだ。

 そして、エリーヌがそれを気にしているのもお見通しの様子。


「あら、気づいていたのね」

「どうせ、あいつらの話に耳傾けに行ったんだろ」


 珍しく図星をつかれたエリーヌは、驚きの表情でクロエを見る。


「お前の家に来た時点で、んなこととっくに覚悟してたっての。大体、お前らが学校で私たちのことどう扱ってたか、忘れたのか?」

「それは……確かにそうね。なんだか申し訳ない気がしてきたわ」


 全くもっての正論に、エリーヌは苦笑する。


「学校の噂は?」

「それはしてなかったから、大丈夫よ。お父様、噂を流されるようなことはしていないみたいね」


 貴族出身ではない、というようなニュアンスの事は言われていたが、誰の子でどんな立場かは知らないようだ。

 学園に関することも話してはいなかった。見た目からしても普段のクロエとは違うので、関係が洩れることはないだろう。


「……貴女の言う通り、ここは面倒ね。抜け出してしまいましょうか?」


 悪戯っぽくそう言い放つエリーヌに、クロエが肩を竦めた。


「いいのかよ。見られてるんじゃなかったのか?」

「いいの。さ、行きましょう」

「ちょ、おい」





***





 道連れにクロエを引っ張り、エリーヌは大広間を出た。

 大広間の外は使用人たちがうろついている意外に人はおらず、とても静かだった。


 人目を避けて廊下を通り過ぎ、先程バルコニーから見えていた屋敷の庭へと二人で歩く。

 いつも過ごしているシャントルイユの屋敷の庭とはまた違った、大きな庭だ。

 沿岸部でしか見られない植物もある。


「風が気持ちいいわね。外に出て正解だったでしょう?」

「衛兵の人が優しくて良かったよ……」


 風を浴びて涼しそうにするエリーヌに、クロエはやれやれといった様子だが、どこか気の抜けた様子だ。


「おや、お嬢さんたち。どこから抜け出してきたのかな?」


 背後から唐突に声を掛けられ、二人は振り返る。

 

「あら、伯父様」


 立っていたのは、少しばかり着飾ったジルベールであった。


「今宵のパーティ、二人にはつまらないものだったかな?」

「も、申し訳ありません」


 逃走がバレて青い顔をするクロエに、ジルベールは笑う。


「はっはっは! 謝る必要なんか無い無い! 子供は自由でないとね……っと、もう子供とは呼べないかな?」


 快活に笑うジルベールに、クロエは胸を撫で下ろす。

 もとより怒られるとは思っていなかったエリーヌは、二人の様子をにこにこと見ていた。


「それに、知っているかいクロエ。そこのお嬢様は抜け出しの常習犯だ」


 彼はクロエの肩を持ち、エリーヌを指さして言った。


「あら、そうでしたか?」

「とぼけちゃってまあ。すぐパーティを抜け出しては、庭にあったブランコで遊んでたじゃないか」


 何の事やらととぼけるエリーヌに、クロエは肩を竦めた。


「伯父様はそんなわたくしの相手を、よくしてくださいましたね」

「そうだったね。もうずいぶんと大きくなってしまったなぁ」


 成長したエリーヌを見て、ジルベールは感慨深そうにそう言った。


「……卿は良いのですか? 来客の相手をされていたのでは?」


 クロエが丁寧な口調でそう聞く。


「卿だなんて堅っ苦しい言い方は止してくれ。エリーヌと同じ伯父様で構わないよ」

「……はい。ありがとうございます」


 頭を撫でられながらそう言われ、クロエは恥ずかしそうに俯いた。

 そうした後に、伯父は二人を手招きし、庭の奥へと歩みを進める。二人もそれについて行った。


「かくいう僕も、ああいいう場所は好きじゃないのさ。そんなんだから、弟に家督を奪われるんだろうね」


 ラムス領にはない木々を眺めながら、彼はそう語った。


「……てっきり伯父様は、好きでこの位地にいらっしゃるのだと思っていましたが」

「もちろん、今の立場に不満はないさ。寧ろ、この立場でないと厭だね」


 エリーヌの言葉に、彼は低木に咲いた花の香りを嗅ぎながらそう言った。


「でも、悔しいと思わなかったわけじゃない。周囲からの期待は、どう足掻いてもアイツには勝てなかったから」


 彼は肩を竦めてそう言った。

 楽天的な性格だが、なにも悩みがないわけではない。

 難しい立ち位置に居ながらも、分け隔てなく他人と接する彼を、エリーヌは尊敬している。父にはない素質を彼は持っている。


「おっ、二人共。あれを見てごらん」


 ジルベールは話題を変えるように、ある場所を指さしそう声を掛けた。

 指示された先は、バルコニーによって陰になった、夜闇に紛れてしまうほどの暗い場所だ。

 僅かに多肉植物のようなものが置いてあるのが見えた。


「まぁ……」

「綺麗な花ですね」


 近づくと、そこには綺麗な白い花が咲いていた。

 エリーヌもクロエも、その花には同じ感想を抱いたようだ。


「暗闇でしか咲かない花なんだ。だから、シャンデリアの灯りにも当たらないよう此処に植えてあるんだよ」


 彼はそう言って、優しくその花を撫でた。


「たとえ影でも、花は美しく育つんだ。覚えておくと、何かいいことがあるかもしれないね」


 ジルベールはそう言って、二人の肩をポンと叩くのだった。





***





「そういえば伯父様、本日兄上はいらっしゃっていないのですね」


 庭を巡り、伯父のジルベールの語りを聞いたエリーヌ達。

 パーティーがお開きになる前に、広間へと戻ろうとしていたところで、エリーヌはふと伯父にそう聞いた。


「ああ……今日は執務が忙しいようでね。彼、有能だから、僕の仕事が偶に流れていくんだよ」

「伯父様が流しているわけではなく?」

「とんでもない。僕は時間を作るのが上手いだけさ」


 エリーヌの言葉に、ジルベールは目を泳がせながらそう言った。

 やれやれと思いつつも、高みを目指す兄にジルベールはそれなりに厳しく教育をしていると聞いている。

 彼なりの考えがあっての事だろう。と、結論付けた。


「いや、大丈夫。先んじて話しておくさ。まあ、僕の言葉だけで、彼が全てを受け入れてくれるとは思わないけどね」

「……! ありがとうございます」


 エリーヌが何かを言う前に、彼は言いたいことを察してエリーヌの欲しい言葉をくれた。

 そんな二人の様子に、クロエは首を傾げる。


「さ、早く戻らないと怒られてしまう。まずは戻ろう」

『はい』


 三人は再び、シャンデリアの灯りが照らす方へ早足で向かっていった。

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