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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
緑月2 休閑週
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第37話 道中

 がたごとと揺れる馬車の中。いつものように、二人は向かい合わせで座っている。

 しかし、今日のゆく道は違う。馬車は学校へではなく、別の場所へ向かって走っている。


 彼女たちが進む道は、王都に向かうための街道であり、様々な用途の馬車や馬が、人や荷物を載せてすれ違う。

 その様子を、エリーヌは馬車の小さな窓から覗いた。


「見て。王宮よ」


 視界に入った大きな城を指さしながら、向かい側に座っているクロエに声を掛けた。

 今日の彼女の装いは、いつもの学生服とは違う。

 家では以前にエリーヌがあげた服を着ていることが多いが、今日はそれよりも飾り気の多いものだ。

 彼女はそういった服装を好まない。しかし、エリーヌは立場上それなりに着飾る。本人の意思はともかく、シャントルイユ家では彼女はエリーヌと対等な立場であるため、エリーヌと同等のものを身に着ける必要が出てくる。

 そういうわけで、少しいつもより装飾が多めだが、色味などは控えめにしてある。エリーヌとしては似合っていると思っているので新鮮だが、彼女はどこか落ち着かない様子だ。


「……」

「見たことはある?」


 無言で窓の外を見るクロエに、エリーヌはそう聞いた。


「王都は何度か来てる。炭鉱の人達の手伝いでな」


 珍しがる様子ではないクロエは、端的にそう言った。

 そして、人が横切るのを見て、窓から離れて馬車の影に隠れた。


「大丈夫よ。王都の中を歩き周ったりはしないわ。別邸に少し寄るだけだから」


 外を見て怯える犬のようだなと思いつつ、エリーヌは笑いながらそう言った。


 休閑週となる今日から三日間ほど、いつもエリーヌ達が住んでいるラムス領から離れ、別の場所で過ごすことになった。

 今日は王都『フロース』に少し寄り、そこからそのままラディックス領へと向かう。領地に入る関所付近に、叔父の所有する屋敷があるので、そこで一晩過ごし今日を終える予定だ。ラファナスには明日到着する。

 

「そういや、王都(こっち)が別邸なんだな。私はてっきり、いつもの家が別邸かと思ってた」

王都(こちら)の方が後に建てられたというだけの事よ。ラムス領(あちら)は、曾祖父の時代からある家だから。こちらの方が大きいし、実質本邸ね」


 シャントルイユ家も、常に政界の頂点にいるわけではない。ただ、歴史は長い家なので、それなりに大きな家をラムス領に持っていたのだ。

 そこから今の地位を得て、王宮近くにも一際大きな家を建てることができたというわけだ。

 しかし、学校に通うためなど様々な理由があり、一家は基本ラムス領に住んでいる。その為、結果として過去の家が本邸となっているわけだ。

 家で催しごとがある際は、フロースの別邸で行うことが多い。あそこには、貴族が一挙に集まりパーティを開けるほどの大広間がある。


 そんな会話をしながら馬車は進む。

 たくさんの商人たちが出入りしている門を通り過ぎ、貴族御用達の裏道を通って王都に入る。

 その門を抜けた先には、静かに貴族の家々が並んだ街並みが見えてくる。

 顔を上げると、その視界の先には巨大で荘厳な王城が見える。

 その王城の門に極めて近い場所で、馬車は止まった。


「到着いたしました」


 御者の言葉を聞き、エリーヌの隣に座っていたカミーユが立ち上がった。

 ここが、シャントルイユ家別邸である。


「少々お待ちください」


 彼女はそう言い残し、先に馬車から降りる。

 窓を除くと、先頭を走っていた母と荷物を載せた馬車から、別の侍従が降りていくのが見えた。

 数名の侍従が、屋敷に住まう使用人に話しをしに、別邸の中へと入って行った。


 今日はここに用があるわけではない。だが、通り道として通過するので、ついでに挨拶をしていこうというだけだ。

 しばらくすると、屋敷から先ほどそちらに向かった従者たちが出てきた。


「ただいま、お屋敷には誰もいらっしゃらないそうです」

「そう。お父様もお兄様も公務かしら」


 普段この別邸には、父と二番目の兄がいる。

 だが日中ということもあって、二人とも仕事なのだろう。

 父に関しては、この屋敷に帰ってくることすら珍しいくらいだ。

 

「帰りの際に寄るという伝言を残してまいりました。このまま、出立いたしましょう」


 ついでの用事だ。ラファナスからの帰りに寄ることにし、早々にここを離れることになった。





***





 馬車から降りることなく、王都の城壁から門を通り外に出る。

 雑多な街並みを通り過ぎ、次第に街道沿いに家々が見えなくなった。


「残念ね。久しぶりに、リュシアンお兄様と会えると思ったのだけれど」


 リュシアンとは、二番目の兄の事だ。


「リュシアン様は、最近寮舎に泊まられることが多いそうです」

「まあ。隊長になったんですものね」


 カミーユとエリーヌの言葉に、クロエは首を傾げる。


「隊長?」

「そう。『右翼の剣』隊長よ」

「……! すげえな」


 彼は王宮騎士団の枢要を担う、『右翼の剣』という一個連隊の隊長だ。

 王国の童話にも登場するような有名な部隊なので、フロスティアに住んでいる人なら一度は耳にしたことがあるだろう。

 

「クロエともきっと気が合うと思うわ。伝言を残したから、帰りには会えるでしょう」

「へぇ……」


 彼は父に似た無愛想な雰囲気を持っているが、母に似て情に厚く面倒見の良い人物だ。

 きっとクロエの事も、寛容に受け入れてくれるだろう。


「そういや、もう一人の兄はどこにいるんだ?」


 エリーヌの兄は三人。

 長兄のエミリアンは港町に。リュシアンは騎士団にいる。

 三人目はどこにいるのか、という質問だ。


「ピエリックお兄様は……たぶん研究室ね」

「たぶん……って把握してないのかよ」

「自由な人なの」


 と、そこまで言って、エリーヌは小さく頬を膨らませた。

 その珍しい表情を、クロエは見逃さなかったらしい。

 

「なんだよ、仲良くないのか?」


 怪訝そうにクロエはエリーヌにそう聞いてきた。


「あら、何の事かしら」

「……ちょっとした因縁があるだけですよ」


 質問に答える気がなくそっぽを向くエリーヌの言葉に、カミーユが付け足してそう言った。


「へぇ……」


 少し面白がる様子のクロエに、エリーヌは再び小さく頬を膨らませた。

 旅はまだ始まったばかりだ。

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