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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
緑月1 星下寄宿
32/60

第32話 一時休戦

 課題が言い渡されてしばらくたった後、林で獲物を探していた何名かが、疲れて広場に集まっていた。

 中には食材を手に入れた者もいたが、何も手に入れられず、焦った様子の者もいる。

 そして、手に入れた食材をどう料理すべきかと、首を傾げている者もいた。


「……すみません! 皆様、よろしいでしょうか」


 そんな広場に、一つの声が響き渡った。

 その場に集まっていた者が、皆声の主を見た。


「どうなさいましたか? えっと……」

「カミーユ・ルニエと申します。エリーヌ様と『ペア』を組ませていただいている者です」


 声掛けに応じたクリステルに、カミーユは名乗る。

 貴族たちにとって、ペア=従者だ。この言葉だけで、カミーユがどういう立場の者か彼女達には伝わったであろう。


「恐れながら、一つ提案をさせていただきたく」


 そう言って、彼女は全員に向き直った。


「この度の課題。個人、あるいは班ごとの協力では、満足な食事を全員が得ることはできない……エリーヌ様の収穫を拝見し、そう判断させていただきました」


 カミーユは額に若干汗を滲ませながらそう語っている。

 エリーヌとクロエの提案により、この役回りはカミーユに投げられた。

 主人より前面に出ることを彼女は拒んだが、何よりその主人の命である。渋々了承した次第だ。


「こちらが、わたくしの収穫ですわ」


 そう言って、エリーヌが麻袋に詰めた食用植物を広げて見せた。


「これは?」

「薬草学の授業で教わった、食べられる植物です」


 近づいて来たイヴェットにそう答えると、耳を傾けていた生徒たちがぞろぞろと近づいて来た。

 貴族だけではなく、平民派閥と思わしき生徒たちも耳だけでなく視線を向けてきた。


「はい。ですがこれだけでは、調味をしたとて食事にはなり得ません。香草の類も多いので」


 依然腰を低くしながら、カミーユはそう断言した。


「わたくし共は、植物の一つすら集められていませんわ」

「ええ、同じく。薬草学では、そのようなことも教えてくださるのですね」


 イヴェット、クリステルの二人がそう答える。

 この提案を待っていたと言わんばかりの反応。やはり、彼女達では手に余る無理難題であったようだ。


「皆様、困っていらっしゃる事かと存じます。ですので、差し出がましいことではございますが、よろしければ全員で材料を持ち寄り、全員で同じ料理を作るのはいかがかと」


 彼女の言葉に、周囲は騒めく。


「我々は収穫がありませんから、そうさせていただけるのでしたら是非」

「ええ」


 率先して、イヴェット・クリステルの二人がそう答えた。

 その言葉を機に、他からも賛成の声が上がった。

 しかし、まだ完璧ではない。


「その『全員』ってのには、私達も入っているんだよな?」


 騒めきを遮るようにして、平民代表のクロエがエリーヌ達に近づく。

 そうして、イヴェットとクリステルの間に割って入り、持っていた麻袋をドサッと置いた。


 中から鳥の羽根がのぞき、周囲で小さく悲鳴が上がった。


「ええ。もちろんよ、クロエさん」

『えっ!?』


 クロエの言葉に対するエリーヌの返答に、貴族たち――主にイヴェット周辺が驚きの声を上げる。

 一部の平民派閥も驚きの表情を浮かべている。


「私らも、各班に分けられるほどの収穫はない。『全員』ってのは、そういう意味だろ?」


 クロエの言葉に、周囲の騒めきは大きくなる。

 林にいた者達も、何事かと集まってきた。


「なぜ、我々が得たものを、貴女達のような者にも分け与えなければならないのですか?」


 イヴェットが鋭い目つきでクロエを睨む。

 彼女にとって寝耳に水だったようだ。


「寧ろ、分け与えてんのはこっちだろ。草だけのスープで満足なのか?」


 煽りともとれるその言葉に、イヴェットは舌打ちをした。

 そんなイヴェットに顔を近づけ、クロエは小声で話す。


「……乗っとけ。あのシスターご所望の展開だろ。もう私たちに選択肢なんてないんだよ」


 その言葉を聞いて、イヴェットたちは気づかれない程度にシスター・テレーズに目を遣った。

 こちらの様子を真剣に窺っているのが見て取れる。


「そのために、魔女サマはなるべく中立の者に発案させたんだ。平等性は欠いていないはず」


 クロエはそう追い打ちを掛けつつ、わざとらしくエリーヌを見た。


「おっしゃる通り。仲間の為にも、今は手段を選んでいる場合ではありませんわ、イヴェットさん」


 その視線を受けて、エリーヌもまた付け加える。

 この場において、派閥での争いは二の次。

 一時休戦し、協力し合うことが、最大多数の最大幸福を得られる手段。

 代表二人はそう結論付けたと、周囲の皆にも伝わったようだった。


「……わかりました」


 渋々と言った様子で、彼女は肯定の意を示した。


「では、決定ということでよろしいでしょうか」

「ええ」

「賛成の者は拍手を!」


 カミーユの言葉をエリーヌが肯定し、クロエが賛同を求めた。

 各々の主たちは意を決している。

 拍手が鳴り響いた。


「時間がないわ、手分けをしましょう。調理における知識を持つ者は挙手をしてください!」


 周囲に響かせるようにエリーヌがそう言うと、従者と思わしき貴族のペアと、平民派閥の数名が手を挙げた。


「では、この者達を中心に動きましょう。皆さん、カミーユの所へ」

「手の空いている者は、料理人に聞いて雑用を。余力がある奴は私についてこい。もう一度林に入って収穫、ついでに今居ない奴らに事態を説明するぞ」


 協力が決まればそれで終わりというわけにはいかない。

 派閥の代表に選ばれた二名はこのチャンスを逃さぬよう、その立場とカリスマ性で周囲の者達を動かし始める。


 過去最大規模の協力体制が敷かれ、一度目の鐘が鳴り響いた。




***





 エリーヌとクロエの指示により、先程よりもはるかに恙なく課題は進んだ。

 大鍋を借り、菜と調味料でスープを作った。

 クロエが捕った鳥は、カミーユが捌き、エリーヌが採った香草で調理し、メインディッシュとして一品出来上がった。

 カミーユを中心とした調理班の手によって、かなり良いものに仕上がったと言えるだろう。


 全員で協力しよう、という名目で集まったものの、仲良く肩を組んでとまではいかなかった。

 学園が始まってから今に至るまで十年。そのすべてで行われている派閥争いが、こんな一行事の一課題で解決するわけがない。

 クロエとエリーヌは小競り合いが起こらないよう上手く人員を割き、彼女達同士も話さないよう心掛けた。

 

「では皆さん揃いましたね」


 外はすっかり日が沈み暗くなったので、料理をいつもの食堂へ運び、全員に配膳された。


「皆さんの前に広がっている食事は、皆さんの努力と協力の賜物。素晴らしい結果である証左だと私は思います」


 どうやら、シスターが満足する結果を得られたようだ。皆で頑張って作り上げた菜とスープの他に、用意した記憶のないパンが添えられている。


「協力の大切さ、命の尊さ。学ぶことができたあなた方には、今更長々と話をするより、食事を温かいままいただいてもらう方がよいですね」


 今まで厳しい表情ばかりであった彼女が、そう言ってにっこりと笑った。

 周囲にも和やかな雰囲気が流れる。


「では、手を合わせて神に祈りを」


 シスターを真似て、皆目を瞑り手を合わせた。


 食事が始まると、皆和気あいあいと話し始める。

 今までの食事に比べて美味しいと、皆口々に言うのだった。

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