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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
緑月1 星下寄宿
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第30話 冷静

「エリーヌ様! 大丈夫ですか!?」


 病室を抜け出し、体裁を整えていたところに、同じく抜け出してきたベネディクトとその従者がやってきた。

 心配そうな面持ちで、エリーヌに駆け寄る。


「ええ、平気よ。ちょっと水が掛かっただけだから」


 替えの服を用意してもらったのでそれに着替え、今はカミーユに濡れた髪が目立たないよう結ってもらっている。

 すべて乾かすのは難しかったので、こうするしかないのだ。


「あれは故意のものでした」

「容易に名乗ってしまったわたくしにも、大きく非があるわ」


 シャントルイユと言えば、宰相セドリックを思い浮かべるだろう。その娘のエリーヌの名前も、それなりに知れ渡っている。

 父はこの国の政治、その根幹を担う者。大変尊敬される立場であるとともに、万人に愛されるということは決してない立場でもある。

 反感を買うことは少なくない。そんなことは知っていたが油断した。


「お怪我はありませんか?」


 ベネディクトとは異なる声で、エリーヌを窺う声が聞こえてきた。

 テレーズだ。


「……はい、怪我は特に。お騒がせして申し訳ありません」


 病室から出、エリーヌのもとにやってきた彼女に、エリーヌは深々と頭を下げた。

 頭を下げてまで謝罪する必要はなかっただろう。だが、この場でエリーヌはそうせざるを得なかった。


「引率する立場でありながら、生徒を危険な目に会わせてしまったこちらにも非がありましょう。平にご容赦を」


 テレーズは珍しく素直な謝罪の姿勢を見せた。

 周囲のシスターたちも、青い顔をしながら彼女に続いて頭を下げてきた。

 シスターたちの前で名乗った記憶はない。彼女たちも、エリーヌが要人の娘だと知って、内心穏やかではないだろう。


「ですが、公共の場において、貴女のような身分の者が軽率に家名を名乗るのは、好ましいことではありません」

「なっ……」


 下げていた頭を上げ、テレーズはピシャリと言い放った。

 責任を問われるかもしれない立場からの、その発言。

 不遜な態度ともとれるその言動に、周囲は凍り付いた。


 だが、エリーヌにとって、今の彼女の言葉はありがたかった。


「はい。理解しております」


 クロエの存在、彼女との協力体制、綱渡りの学園生活。

 その楽しさと熱に浮かされて忘れていた。


 己が何もかも選び取れる人間ではないことを。


「よろしい。以後、気をつけること」


 彼女の言葉に温度を感じつつも、依然頭は冷えていた。





***






 午前中の治療院訪問は終了した。

 先程の騒ぎは治療院全体に広がってしまったので、エリーヌは参加を断念。その後の孤児院訪問のみの参加となった。


 皆が治療院での活動を終えて戻ってきたところで、彼女たちと合流し、昼食を食べた。

 他の者達――特に貴族派閥の者達はエリーヌを心配した様子で声を掛けてきた。貴族派閥でなくても、同情の目を向けてきた人も居る。

 労いの言葉を掛けてきた者たちが何を言っていたのか、それに対して自分が何を返したのか、エリーヌははっきりと覚えていない。

 そのことに関して心配する者はいなかったので、まともな対応はできていたのだろう。だが、心此処にあらずだった。


 昼食を終えて、午後の孤児院訪問が始まった。

 子供は良い。注意深く接しなくても、本音を表に出してくれる。隠していても、見破るのはさほど難しいことではない。

 無邪気な子供たちと触れ合ったことで、ようやく平常心を取り戻し始めた。


「では、これにて孤児院訪問を終了します」


 一通りの訪問を終え、孤児院の外に出たところで、テレーズがそう宣言した。

 治療院では看護をし、孤児院では元気な子供たちの相手をして、皆それなりに疲れたようだ。ようやく終わった、という空気が流れ、少しだけ周囲がざわついた。


「静粛に」


 テレーズの一喝により、周囲は否応なく鎮まる。


「これより、予告していた野外実習を始めます」


 唐突な彼女の言葉に、再び周囲は騒めく。

 確かに、午後はちょっとした野外実習をすると言っていた。

 てっきり、子供たちと野外で過ごすことを指していたのだと思っていたが、それとはまた別のようだ。


「まずは部屋に戻り、持参している運動着に着替えてください。準備ができましたら、聖堂前に集合すること。良いですね?」


 テレーズの言葉に、一同は戸惑いながらも返事をし、各々自室へと戻って行った。


 剣術や馬術の授業で使用する運動用の制服に着替え、エリーヌ達生徒はシスターから言われた通り、聖堂前へと向かう。


「一体、今から何をするのでしょうか。もう夕暮れが近いですが……」

「そうね。全く分からないわ」


 横で歩くベネディクトがぼそりと呟く。

 野外実習という名目で、運動着にまで着替えさせられた。何をするのか、皆目見当もつかない。


「……エリーヌ様、お疲れではありませんか?」


 何をするのだろう、と考えていた矢先、ベネディクトがエリーヌを心配そうに見つめてそう言った。


「大丈夫よ。寧ろ、午前中は何もしていなかったから、皆より疲れていないと思うわ」


 エリーヌは繕った笑顔でそう言った。

 嘘、というわけではないが本当でもない。

 心労は今でもあるが、あえて考えないようにしている。

 そうでもしないと、"諦め"という言葉が、頭をもたげてくるからだ。


「あまり、気を張られませんよう。()()()は、我々を振り落とすことしか考えていないでしょうから」


 ベネディクトは眉間に皴を寄せてそう言った。

 午前中の出来事のおかげで、ベネディクトの中でテレーズの評価が下がったらしい。被害者であるエリーヌにあの態度か、と彼女は怒りを露にしていた。

 テレーズはテレーズなりに、エリーヌの事を考えての発言であったと、当事者のエリーヌは何となく感じている。

 だが、傍から見れば、彼女が貴族を慮る様子は微塵も見られないだろう。


「……そうね」


 強く否定することもせず、エリーヌはただそう言った。

 まだ何か、胸に引っ掛かっていた。

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