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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
緑月1 星下寄宿
22/59

第22話 教会 

 忙しない日常は過ぎるのが早いというもので、評議会が行われてから二週間ほど経った。

 月は変わって緑月。露月に慈雨を得た植物が、青い実を結び始めた。

 

 評議会が終わってからは、度々星下寄宿について、サロンで話し合いがあった。

 大抵は、代表が不在の間、どのようにサロンを運営するかの引継ぎについて。

 主が席を外している間に、問題が起こってはたまったものではない。あるいはそのタイミングを見計らって、別の派閥から攻撃される可能性もある。

 露月の間、どう立ち回ればよいかを、後輩たちにみっちりと教え込んだ。

 そして緑月になり、星下寄宿は行われる。

 

「それではお母様、行ってまいります」


 寄宿当日。朝見送りに来た母ジュリエンヌに、エリーヌはしばしの別れの挨拶をした。

 

「ええ、気を付けて。よい土産話を期待していますよ」


 しばらく離れ離れになるが、ジュリエンヌはさして心配する様子はない。

 むしろ、娘の課外学習に積極的な様子だ。見聞を広めることの大切さを、彼女は分かっている。


「クロエ」


 彼女は馬車に乗り込もうとしていたクロエを呼び止めた。


「お母様の事は、わたくしが責任をもって面倒を見ます。お医者様をお呼びする予定ですから、貴女も心配せずに、行事を楽しんできて頂戴ね」

「……ありがとうございます」


 前日、クロエはやはり母モニカの事を案じていた。

 が、モニカ自身からも、再度行ってくるように発破をかけられたという。

 そんなクロエの心中を案じたジュリエンヌの気遣いだ。


「それでは、気を付けて行ってらっしゃい」


 馬車の中から母に手を振って、二人は学校へと向かった。




***




 いつものように途中で二手に分かれつつ、いつもよりも早い時間に学校に着く。

 既に、トランクを持った30~40名ほどの生徒が集まっていた。

 今回の星下寄宿も例年通りの人の集まりだ。


 そうして全員が集まったころ、校門の前に四台の馬車が現れた。


「お待たせいたしました皆様。準備の方はよろしいでしょうか」


 馬車から降りてきたのは、一人のシスターだ。


「道中の案内人を務めさせていただきます、フィーコス教会のセリアと申します」


 小さくお辞儀をしたシスターは、そう名乗った。


「早速ですが、お手荷物を持ち、馬車のなかへお入りください。到着までお時間がかかりますので、人数が揃い次第すぐに出発します」


 そう言われ、続々と馬車に乗る。

 おおよそ定員は八人ほど。必然的に仲の良い者達と共に同じ馬車へと乗り込んだ。



 向かう先は、先ほどシスターが名乗りの際に挙げた、フィーコス教会。

 平原地域、フォリウム領に位置する教会だ。

 シャントルイユ家のあるラムス領から離れた、所謂田舎であり、牧畜が盛んな場所である。


 この国における教会は、半ば"協会"に等しい。

 元来の教会と同じ機能を持つ『聖堂』と、『修道院』、『孤児院』、『治療院』などが管轄下であり、宗教的な複合施設となっているからだ。

 国や個人からの支援金によって成り立っており、この国における重要な機関である。

 その為、教会を束ねる上位の神父やその他司祭たちは、時の権力者となることもある。


「エリーヌ様、お聞きになりましたか? 今年の特別講師について」


 揺れる馬車の中、横に座ったベネディクトが、そう聞いてきた。


 今回、華月会で星下寄宿に参加するのは、高等部三年生であるエリーヌとベネディクトのみだ。

 彼女もまた、エリーヌと同じく、学園に通っている従者を隣に侍らせている。

 先ほど、自己紹介を済ませたところだ。


「いいえ。何か知っているの?」


 ベネディクトは何かを知っているようだ。

 エリーヌも噂に疎いわけではないが、彼女の側近であるベネディクトには敵わない。


「かの有名なテレーズ氏が、今回の講師という噂です。普段王都にいる彼女が、現在は遠征中とのことなので」


 テレーズとは、王都で広く活動している有名な修道女だ。

 積極的に慈善活動や演説を行っており、フロスティアで最も名の知れた修道女と言える。


「大物ね」

「はい。ですが、星下寄宿は彼女の理念に則していますし、わざわざこの時期にとなれば、可能性の無い話ではないでしょう」

 

 テレーズは特に、教育などに力を入れている活動家だ。

 星下寄宿という、生徒に教えを説く場となれば、ぜひ参加したいだろう。

 普段王都から離れない彼女が、わざわざ今の時期外に出ているのであれば、より可能性は高くなる。


「問題は、彼女が特別講師だった場合、寄宿の内容がかなり厳しいものになるのではないかということです」

「……そうね」


 ベネディクトの言葉を、エリーヌは静かに肯定した。

 テレーズはとてもじゃないが、貴族寄りの宗教活動家とは言い難い。

 彼女が慮っているのはいつだって、貧しい子供たちだ。


「たとえそうだとしても、尽力しましょう。大事な行事ですもの」

「もちろんです。それに、まだ噂の段階ですので」


 不確定要素だとしても、念頭に置いておく必要があることだ。

 それにそのおかげで、今から対策を練ることができる。


「華美な服飾などは控えておきましょう。それと、目に見えるところでは、侍従に頼らないようにした方が良いわね」

「そうですね」


 抜かりなく物事を進めて、厳しい道なりだとしても、聖女模範賞を狙う。

 それが、実力派の派閥の代表者としてあるべき姿だ。


 こうして、星下寄宿が始まった。

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