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魔女と狼は月下で笑う  作者: 庄司 篁
露月 試験と評議会
16/47

第16話 第一回基幹科目総合テスト

 テストに励むために設けられた期間は一週間。

 その一週間を終え、ついにその日がやってきた。

 第一回基幹科目総合テスト。派閥争い、もとい首席争いにおける、ターニングポイントの一つである。


 今日は普段の授業とは打って変わり、学年ごとに指定された教室に赴いて、決まった時間に決まったテストを受ける。

 教室には試験監督が三人。たとえ派閥争いが絡んでいたとしても、決して不正は許されない。見つかれば即退学と掟に定められている。


 等間隔に席に着き、試験のための用紙が配られ始めた。

 この国の技術発展により盛んになった製紙業、その恩恵を一身に受けている。


「では、始め!」


 時計が傾く音と同時に、教師の掛け声が響く。

 その音が耳に届いた瞬間、みな一様に紙を捲ってペンを滑らす。

 始めの科目は算術学。


(教えてもらって正解だった)


 一目で分からないと思うものはない。あとは時間とミスとの勝負。

 クロエとの教え合いの成果が身に染みる。


 他の科目も、一際できないものがあるわけでもなく、あとは己が正しく解いていることを信じるのみ。

 テストは順調に進むのだった。





***





 テストは一日にある五限の枠をすべて使い、その日に終了する。

 結果は科目ごとに教師が採点。基幹科目以外の教師も採点に携わるので、テスト当日ともう一日ほど経てば、結果が出る仕組みだ。

 そしてその結果は、皆が注目する。

 生徒の精神的負担よりも、競うことを重視しているこの学園では、無論結果は衆目に晒される仕組みになっている。


 テストの結果、つまり5教科の合計点数は、昇順に並べられて張り出される。


「エリーヌ様、こちらに!」


 皆学校へ来るや否や、昇降口付近に張られている結果に一目散。

 その結果に細心の注意を払っているエリーヌは、ベネディクトに連れられて張り紙の目の前へと立った。


「おめでとうございます、エリーヌ様! 学年一位でございます!」


 周囲にも聞こえる声で、ベネディクトがそう言った。

 それはもちろん知らしめるため。

 周りにいた貴族たちは、エリーヌに歓声と拍手を送った。


「皆さん、どうもありがとう」


 拍手を送る大衆に、エリーヌはカーテシーで応じる。

 一頻り拍手が送られると、周囲の歓声は騒めきへと変化した。


「さすがでございます」

「勉強会のおかげよ。それに、ベネディクトもすごいわ」


 今度は普通の話し声で、ベネディクトが称賛を送ってきた。

 彼女もまた、三位という優れた成績を出している。


「面目次第もございません」

「そんなことはないわ。両の手に収まる成績を残せるのは、ほんの僅かなのよ」


 エリーヌの称賛に対し、ベネディクトは申し訳なさそうな顔をする。

 彼女が三位ということは、エリーヌの下には別の人間がいるということ。

 その人物は、言うまでもない。


「惜しかったわね、クロエ」

「でもすごいよ、たった五点差だよ!」


 大衆の騒めきに混ざって、そんな声が聞こえてくる。

 二位はもちろんクロエ。


 テストは一教科に付き100点満点。

 エリーヌは491点、クロエは486点という結果だ。もはや何が勝敗を分けたかなど分からないほどの僅差である。

 これが、彼女たちが拮抗して争う理由。しかし、今回の勝負は紛うことなくエリーヌの勝利。

 貴族派閥は白星を一つ獲得した。


 この結果に、彼女はどういう反応を示すのか。

 エリーヌはこっそりと横目で見た。


「数問の差だな。次は負けねぇ」


 いつものように、自信をふくんだ笑みを浮かべて、彼女はそう言った。

 下を向く様子はなさそうである。


「ほら、教室行くぞ。眺めてたって結果は変わんねぇんだからな」


 そう言って、彼女は昇降口から離れて行った。


「さあ、教室に向かいましょうか。驕って授業を疎かにしてはいけないわ」

「勿論です、エリーヌ様」


 クロエの背中を見送って、彼女もまた教室へと向かった。



 今日の授業は、テストの詳細な結果と問題解説ばかり。

 そんな授業の流れもあってか、今日はどこもテストの結果で持ちきりの様子。


 エリーヌが一位であるということ、次いでクロエが二位であるということは、その日のうちに学校に広まった。

 結果に対して前向きな声もあれば、貶めるような消極的意見も流れる。

 それは平民・貴族どちらに対してもだ。


 貴族令嬢たちはここぞとばかりに、エリーヌに称賛の声を送ってきた。

 エリーヌはその度に礼を述べて、今日は忙しく過ごした。


「エリーヌ様、学年一位おめでとうございます!」


 食堂にて、アンリエットとフロランスから、同じように称揚の言葉をもらう。


「ありがとう、二人とも。勉強会で、貴女達が協力してくれたおかげよ」


 今日何度目かもはや分からない感謝の言葉を述べて、エリーヌは笑顔を向けた。


「お礼を言うのは、わたくし達の方でございます」

「ええ。勉強会でエリーヌ様に教えていただいたことが、とても力になりました」

「ふふ、ありがとう」


 二人の世辞の言葉を耳に流し入れつつ、食事に手を付けた。


「ですがやはり、エリーヌ様は別格でいらっしゃいますね。まさか、490点を超えられるだなんて」

「たった、数問だけしか間違えていないということでしょう? わたくしには想像もつきません」


 二人は口々にそう言った。

 確かに、それほどの点数を取るのは難しい。エリーヌも、ここまで高い点数を取ったことはない。過去最高点である。

 最終学年になったことで、いよいよ本腰を入れて勉強をし始めたのが理由の一つだが。


「ですが、そんな高くなったエリーヌ様のレベルに、()()が追い付いているのは、用心すべきことでしょう」


 ベネディクトのその言葉に、エリーヌの心臓が少し跳ねる。

 確かにエリーヌの点数は、去年と比べて高い。無論、過去最高得点だからだ。

 しかし、その点数に立った五点の差しか許さなかったクロエもまた、レベルが上がっている。

 二人で教え合った成果が、二人共結果に表れている。

 

 容易に始めた取引だが、実は危ない橋を渡っていたのかもしれない。


「彼女もまた、最終学年となり、本腰を入れ始めたのでしょう。ベネディクトの言う通り、気は抜けないわね」


 冷静に考えてみれば、二人の成績が両方上がっているからと言って、二人の内通が疑われることはないだろう。

 むしろ、彼女と共に高い場所へと向かっていることを喜ぶべきだ。


「ええ。わたくしもお二人に置いていかれぬよう、精進してまいります」


 真面目なベネディクトの言葉に若干の罪悪感を感じつつ、エリーヌは笑顔で頷くのだった。





***






「負けた。やられたな、今回は」

「ありがとう」


 帰ってきた二人は、顔を合わせるといの一番にそう言いあった。


「でも、たった五点差ね」

「ああ。くそ、計算ミスが痛かったな」


 それぞれ返された答案用紙を見て、どこが間違っているかを見合った。


「にしても、ずいぶん高いな。4問しか間違えてないのか」


 エリーヌは二点問題を三つ、三点問題を一つ落としただけで、他はすべて正解。

 この四問の間違いがなければ、満点である。


「貴女もすごいわ。これはいよいよ油断できないわね」


 クロエがあと数問合っていれば、エリーヌの点は追い越すことができる。

 もしくはエリーヌがあと数問間違えてしまえば、クロエの下となってしまう。


 今まで、エリーヌはクロエに点を抜かれたことはない。

 だが、クロエの環境は変わった。自分を超える要素は揃っている。

 あとはそれに負けないように、自分が努力するだけだ。


「――楽しい。これからも、手を抜かずに、私の事を追い抜くくらいの気持ちで頑張ってね」


 エリーヌは、心の底から湧き出た言葉を口にした。

 優秀な彼女と、直接競い合う。夢にも思わなかったが、夢のようなこと。

 ずっと、自分を追いかけてくれる者を探していた。


「当たり前だろ。次は負けねぇよ」


 紛うことない彼女の笑顔に、エリーヌは安心と期待を寄せるのだった。

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