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連載未定の短編集

【短編】ぶっちゃけ婚

作者: たみえ


 年季の入った分厚いコンクリートの壁、ところどころ剥がれた塗装が古びてぼろっとした印象を与える。田舎だからか、馬鹿みたいにだだっ広いだけの校舎とグラウンド。天然の芝生だって存在している。

 ……手入れされてないからか、ぼーぼーの生え放題だったけど。


「うわー懐かしい」


 廃校になる、という知らせが届いて同級生で集まろうとなったのは自然な流れだった。

 同窓会にも出席しなかった私は、廃校には何故か駆け付けた。


「うちが懐かしいのはあんたのほうだよ、UMAか」


 おかげで当時の親友にここぞと付き纏われている。他にもしつこく付き纏われていたけど、トイレに行くと言って教室にまで逃げて来たから今は傍に親友だけだった。

 ジト目でグチグチと文句を言われるが、それも仕方ない。もう卒業から十年近くも音信不通だったのだから、仲が良かったぶんそりゃ何かを言いたくはなるものだろう。

 別に、連絡する理由が無かっただけなんだけどなあ。


「はいはーい、ごめんなさいねぇUMAで」

「うち、怒ってるんだからね。何その不貞腐れた態度は。うりゃうりぇ」

「ひゃっへぇ…」


 頬をガシッと挟まれサイクロンされる。私の素晴らしく芸術的で不細工な顔にご満足頂けたのか、ご機嫌がよろしくなられた。

 久々に会っても親友は親友だった。ちょっと再会に不安だったけど、親友の変わらぬ対応のおかげでかいつの間にか緊張が解けてくれていた。


「ぶふぇ……ほんと私のこと、好きだよね」


 校門前で久々に再会した時に他の人はすぐ気付かなかったけど、この親友は遠目にも関わらず一瞬で私に気付いて「きゃああああああ」と黄色い悲鳴を上げてひとり喜んでいた。私はお忍び中な旬の売れっ子芸能人か何かか。

 そんな気分になりつつもプロレス技かと疑うほどの強烈な抱擁を受け入れたのは、喜色満面で駆け寄ってきた親友の相変わらずな変わらぬ様子にほっとしたからか。


「あんたじゃなくて、あんたの顔ね。顔」

「正直でよろしい」


 ……まぁ、入学直後の自己紹介もされてない初対面の廊下でいきなり、神妙な顔で寄ってきたかと思えば深刻なトーンで「顔が好きです。友達になって下さい」と言いながら頭を下げ、交際を申し込むように手を差し出してきた女だ。他とは面構えからして違う。

 若気の至りかと思っていたけど、歳を経ていても本気で私の造形がお気に入りらしい。昔と同じように、今も嬉しそうにずっと顔面を色んな角度から飽きずに眺め続けられている。


 ガララッ


 ふいに、横滑りの教室ドアが開く音がした。

 けど興味無かったので、その辺の机に突っ伏したまま窓の外を眺めていた。


「あれ、あっきーじゃん。どしたのモテ男」

「避難」


 知り合いなのか、親友が親し気に声を掛けた。あっきー……誰だっけか。

 人の名前を覚えるのは苦手だ。学生時代なんて卒業直後にはとっくの昔話だし。


 ――実は親友も、親友と認識はしてるけど名前を覚えてない。小突かれた。

 でも顔が好きだから許す、とあっさり許されたけど。

 きっと名前の代わりに親友、って開口一番に私が彼女を呼んだというのが多分に情状酌量に含まれてるのだろうけど。


「あんたも追いかけられた口? はあ、これだから顔が良い連中は」


 しっしっ、と追い払うような仕草で親友があっきーを煙たがるように嫌味を言った。好きなのは私の顔であって、顔が良いと認識して言いつつもあっきーとやらの顔は親友にとっては圏外らしい。

 顔面偏差値に関しては厳粛な一家言があるらしい親友の、あっきーは顔が良いモテ男判定にちょっとだけあっきーとやらに興味が出て顔を上げた。

 ……どこかで見たような? 分からん。誰だ。確かにモテそうな顔だけど。


「……やっぱり、笹原さん」


 親友の嫌味を無視して、何故か私のほうを見るあっきー。首を傾げた。


「えっ、何その反応」

「どんまい。この子、うちの名前すら全く覚えてないから」


 覚えてないと言いつつ、何故か得意げな顔で語る親友。

 よほど親友と言われたのがお気に召したらしい。


「……誰?」

「そこそこ仲の良い友達だったろ? マジか?」


 何かショックを受けてるみたいだけど、そんな記憶は無い。ねつ造では。

 ――私は特に、男と仲良くした覚えなんて一度もないし。


「まさかの知人以下か……」

「私は親友扱いだけどね!」

「うわ……マジか……」


 本気で落ち込んだらしい。そんなにショックなもの? よく分からない。


「そんなことよりモテ男くん、ここから出ていきたまえ」

「そんなことよりって……嫌だけど」


 だって彼女居るって言っても誘いがしつこいし――と言葉を続けるあっきー。

 それとこれとは別問題では? と聞き流す。興味ないけど邪魔だなあ。


「うちらも巻き込む気? それ本気で勘弁してくれん、あっきー」

「巻き込むなんて大袈裟な……ここ以外に安全地帯が無いんだよ。頼むって」

「安全地帯ねぇ……うちら関係無くない?」


 確かにここは、逃げて来たモテモテあっきーくんに全く興味の欠片もない女二人の安全地帯なんだろうけど、それは私達には関係の無いことだった。

 まったくもって全て親友の言う通りだな、と再び机に突っ伏した。


「そろそろご飯どうのって話になってるし、それやり過ごせるまででいいから」

「うーむ。どう思う? 美鈴(みすず)氏」


 親友の雰囲気はちょっとだけならまあ別にいっか、となっている。ちょっとだけ考えてみた。……私も逃げてきた側だし、気持ちは分かる。騒がしくしないなら避難所代わりに匿っても問題ないかな。

 少し間を開けてから「うん……いいんじゃない?」と適当に怠い返事をおみまいする。あっきーは「助かる」と少々疲労の窺える声でお礼を言ってきた。

 ……最悪、面倒だけどまた別の場所に移動すればいいだけだし。


「二人も誘いがしつこいから逃げたんだろ?」

「うちじゃなく、この子がだけどね」


 つんつん、と突っ伏す私のつむじに攻撃を食らう。


「……あー、うん。だろうね。笹原さんも彼氏いるから、とか……?」

「失礼なやつだな、あっきー。この子に彼氏なんて居ないに決まってるでしょ!」

「怒るのそっちなんだ」


 同意。怒るのはそこじゃないと思う。親友よ。


「居るわけないもん。ねっ?」


 うちだけは何でも全部分かってるぜ、的な雰囲気の言葉に見なくても親友の顔がどやってるのが分かる。

 ……親友とは昔、私が親友と認識するまでに青春のアレコレがあったからね。


「さすがにそれは、ひどいだろ」

「そんなことないもん。うちら親友なめんな、にわかが!」


 今思えばかなりキツイ態度とってたのに、よく顔が好きってだけで私に親友と認識されるポジションまで至れたものだ。私ならコイツ無理、と即行離れて行ってただろうに。

 それだけで分かってるぜ、と親友がどやっても文句のない充分な功績だろう。


「うん……いらない」


 ぎゃーすかと騒ぐ親友を援護するわけではないけど、聞かれたら全員に言うようにしているのであっさりと、居ないではなく()()()()のだと宣言した。

 ……どうせ顔か身体目的だろうし。気持ち悪い。


「一生養ってくれるって婚前契約してから結婚してくれるなら別だけど」

「……えっ、契約? け、結婚?」

「うん」


 いらない、とバッサリ切り捨てるように言った直後の私の、条件付きなら可能というお言葉の意味が理解出来なかったのか、あっきーがきょとんとぱちぱち瞬きした。

 親友が横で「うんうん」と深く頷いていた。告ったみんな知ってるけどね。


「契約してくれるならたとえ一生、籠の鳥であっても文句ない」

「籠の鳥……」


 親友が「相変わらず病んでるねぇ」と分かりみが深そうな頷きで相槌を打つ。


「私生児と病気持ち込まないなら、浮気もし放題」

「うわきしほうだい……」


 彼みたいなモテモテくんなら、既に浮気し放題の修羅場ばかりだろうけど。


「籠の鳥にするつもりなら娯楽は必須条件だけど」

「ゲーム買ってもらって引き籠る算段かな、美鈴ちゃん」

「うん」


 幼い子にするように、よしよしと魂胆を見透かす親友に頭をなでなでされる。


「ちなみに娯楽与えずに閉じ込めた場合?」

「逃げる。無理なら死ぬ」

「一瞬の躊躇もないね、相変わらず」


 私の答えが変わってないのをなんとなく分かってるくせに、何故か親友が「この場合は?」「その場合は?」といちいち口を挟んで確認してきた。

 なんだか私がそれに淡々と答えるたびに、あっきーの顔が何故か青ざめていた。


「ふっふっふ。流石、うちの美鈴! こうじゃなくっちゃ!」


 反対に、何故か親友はによによとご機嫌で嬉しそうだったけど。


「私の容姿遺伝子が途絶えるのは人類の損失だろうけど、知ったこっちゃないし」

「違うよ、美鈴。人類どころか世界の損失! でもそれはそれで儚美(はかなび)でいい!」


 自惚れ過ぎな言葉だけど、ここにはそれを指摘するツッコみが不在だった。


「……する」


 その内に当然のように私達のガールズトークが脱線し始めて、契約相手は別に誰であってもいいだとか、契約守るならどんな容姿や性格でも気にしないだとか、それは主に顔遺伝的にダメだとか、そんな風にしょうもない方へ話が逸れ始めたときだった。

 俯いたあっきーが、何かを小さく呟いた。私達はといえば、ならどんな相手だったらいいかという話に夢中で全くそれが聞こえてなかったけど。


「さ、笹原さん……けっ、結婚しよう! 俺と契約して!」


 裏返った大声に、しーんと先程まできゃぴきゃぴと賑やかだった教室が静まり返った。私は親友とお互いに顔を見合わせてから、怪訝な顔であっきーを見た。


「……彼女、居るんだよね?」


 だからこそ、ここまで酷くぶっちゃけた話をしても全く気にしなかったんだけど。でないと何故かは不明だけど、たまに当事者でもないのに謎にキレるやつがいるし。本当に意味が分からない。

 このお話をするとどうやら、何故か遊び人気質にとってクリティカルで効果覿面らしい。遊び人なのに、まるで意味が分からない。

 その点、彼女持ちは大体が「へーそうなんだ」かドン引きくらいの反応で楽だ。


「すまん! 見栄張った!」

「「えー……」」


 興味無さ過ぎて、顔が良いんだし彼女くらいわんさか居るか……と全く疑わなかった私達も私達だろうけど、それよりも彼女が居るかどうかなんて見栄張る必要性が分からない。

 何のための見栄なの? それ。たまに男女問わずにそういう人はいるけど、本気でそうする意味が分からないんだけど。


「見栄張ったのは分かったけど、なんでいきなり結婚?」

「す、好きだったから……ずっと」

「へー、そうなんだ。だから私の条件聞いたら食いついてきたんだ」


 がらり、と私が雰囲気をまるきり変えたのが分かったのか、その空気を読んだ親友が心得たようにすぅーっと消えるようにその辺の空気と化した。

 それを気にも留めずに、冷淡な顔であっきーを見た。


「どこが好きなの? やっぱり顔?」


 スッ、と目を眇めて聞く。


「まさか性格だ、なんて言わないよね? 私に覚えられてもない分際で」


 うぐっ、とあっきーが胸に何かが深く突き刺さったような顔になった。


「か、顔です……顔に一目ぼれしたのが最初です……」


 白状するように何故か敬語で言われる。……別に責めてないのに。

 だって、この空気を読んで空気になってる親友だって顔がはじまりだ。

 むしろ顔オンリーだ。何故、悪い事をしたと懺悔するように言うのか。


「たったそれだけで一生、私を養う覚悟が出来ちゃうんだ。どうせ老けるのに」

「きっかけは顔、だったけど! 顔だけが好きってわけじゃ……」

「じゃあ体型も好きなんだ?」

「そ、それはその……」


 キリッと勇ましく告げようとしていたところに投下された私の言葉に途端、挙動不審にきょどきょどと目を回してあっきーが言いよどむ。

 ……だから何故、まるで悪い事をしたかしてるかのような態度になるのか。


「まあいいや。もし軽い興味本位や同情からとかなら、お断りするだけだし」


 誰でも良いとは言ったが、それで前途あるモテモテくんを縛るのは流石に可哀想だという理性はある。顔や体型等々の好みが合って、モテモテくんに興味津々でとっても献身的な、全く興味ない私みたいな美人が取り柄だけの病み属性なんかよりよっぽど良い女なんて世の中にはごまんといるのだから。

 そんな風にせっかく選び放題のモテモテ人生なのに、わざわざ超絶外角低めのデスボールな私の球を自ら受けに行くのはただの馬鹿の所業でしかない。


「――冗談じゃなく、本気だから。興味本位や同情でもなく」


 まるで一世一代の面接を受けに来た、もう崖っぷちギリギリの後が無くて必死な就活生のような重い空気。やってること、確かにほぼほぼ一世一代の面接、てか大勝負だけども。

 前かがみに座ったまま両手を強く組んで、真っ直ぐ逸らさず真摯な眼差しで本気であることを訴えてかけてくる。


「……ふーん。そっか。年収はどのくらい?」

「約1000万、これからもっと増える」

「それ税金大丈夫そ?」


 一生を全て養って頂くぷー子としては、そこが一番気になるところだ。


「今まで貯金ばかりで散財したことないから、大丈夫」


 力強く、というか前のめりで言われる。何なら通帳や今までの全ての給与明細を見せようか、とまで言われる始末。給与明細は取得に時間が掛かるので、一旦通帳だけ見せてもらった。

 ……うわ、本当に貯金してるっぽい。桁がいっぱいだ。何の為に生きてんの?


「……趣味とかないの?」

「仕事かな」


 うっわ……うっわ……なぜだろうか。なぜだが今、猛烈に真面目に社会へと貢献する純朴な社会人を釣り上げて金を巻き上げる大悪女みたいな心地に物凄くなってるよ、私。

 横で空気になってたはずの親友が思わず空気になりきれず「うわ……」と私と同じ心の声を漏らしていた。分かり合ってる。さすが私の親友。

 ……ここに居たのが親友じゃなくても、同じ反応したかもしれないけど。


「……私、家事とか一切しない、てか出来ないけど」

「俺がやる、もしくは家政婦を雇う」


 凄い漢気。むしろ何もしなくていい……だと? いやいやいや。

 共働きが当たり前の時代に似つかわしくない。生まれてきた時代、違くね?


「ゲームとかの娯楽で遊ぶばっかで、たぶん全然構わない愛想無しになるよ?」

「笹原さんを日常的に俺の傍で見守れるだけで嬉しいから、全然気にならない」

「わぁお」


 親友が再び空気になりきれず、気まずげに言葉を漏らした。


「うち、もう帰っていい?」

「まだ残ってて、証人だから」

「あ、ハイ……」


 気まずいのは分かるけど、居てもらう。相手の本気度が伝わってくるから。

 ――ならばこちらも、それ相応の覚悟を決めなくては。


「私、人間不信なんだよね」


 薄々分かる人には分かることだろうけど、ハッキリと告げる。


「だから何とでも言える口約束なんて、さらさら信じられない」


 先ほど挙げた条件は、冗談でも何でもない。――全てが本気も本気だ。

 なんとかして口約束のまま結婚まで丸め込もうとする不届き者、不逞の輩は今までに何度も何度も遭遇してきた。

 だからたとえどんなに誠実そうでも、印象なんてまるで当てにならない。

 この大悪女に自ら引っかかろうとする生真面目なモテ男はどうか……。


「分かった。なら今日……はもう遅いし難しいから後日、弁護士に契約を頼もう」


 即答。しかも費用も全部持ってくれるらしい。マジか。

 大体のペテン師はここであっさり脱落するのに……。


「ねえこれ、目撃者として結婚式披露宴でのお祝いスピーチどうしよう?」

「ごめん、ちょっと今は黙ってて」

「黙ります」


 親友も「やべーこいつ本気だ」と思ったらしく、アホなことを言い出し始めた。

 ……まだ契約締結前なのに、いくらなんでも飛躍しすぎ。


「――じゃあ今、予約取っておいてくれる? 私はいつでもいいから」

「分かった」


 そうあっさりと頷いて言ってから、スマホを取り出しながら一旦話を中断し、予約の連絡をする為に早速とばかりに教室の外へと出ていってしまった。

 ……一瞬も躊躇してなかった。マジか。


「……どうすんの? うち、知らないよ」

「どうしようね」


 本当に。


「えぇ……すんの? え、すんの? 本気で?」

「私は常に本気だけど。さあね」


 ……後からやっぱごめん無理、となる可能性はまだ残っている。というか居た。

 その場の勢いとか、ノリとか。一旦、冷静に考えたら変わる決意もままある。


「――はい、ここ懇意になってる事務所。明後日にしたけど、時間大丈夫?」


 戻ってきてすぐ、予約を取った事務所の、弁護士のものらしき名刺を渡された。

 ……懇意ってなんだ懇意って。そんなにお世話になるものなの? 弁護士って。


「うわ、ガチじゃん」


 私に渡された名刺を恐る恐ると一緒に覗き込みながら「私も聞いたことあるような弁護士事務所じゃない? そこ」と余計な情報付きで言われる。いらない。そういうの、いらない。

 と、あっという間の流れに素でドン引きする親友を横目にスルーして答えた。


「……大丈夫。待ち合わせはどこ?」

「事務所前のほうが分かりやすい、ですか?」


 なんで急に敬語。


「……当日ドタキャンするとは思わないの?」

「ドタキャンするつもりなら俺にそんなこと聞かないだろ」


 そりゃそうだけども。こやつ、高給取りなだけの世間知らずのお坊ちゃまか?

 それを言った上で平然とドタキャンするやつも世の中には沢山居るでしょうが。


「予約は笹原さんの名前で取っておいたから。それなら確認しやすいはず」


 ……だから明後日、ね。人間不信だって言ったから? 気が利くモテ男だ。

 いつでも良いと言いつつ、明日だったら普通にドタキャンする気満々だった。

 読まれてる。めちゃくちゃ読まれる。それとも気の利かせ方が異次元なだけ?


「うわ……」


 私を良く知る親友が、私と同じ結論に至ったらしい。更にドン引きしていた。

 ……普通に10年近くも音信不通になる私の不肖な性格が読まれてるもんね。


「……あっきーってば本気で好きなんだね、美鈴のこと」


 ちょっとしんみりとした空気で親友がしみじみと零す。だから気が早いってば。

 何もう、勝手に娘を見送る気持ちになってんの。未遂だ。


「……時間は何時?」

「何時でも良いように貸し切り」


 くっ、太っ腹! 弁護士貸し切りなんぞ、聞いたことないぞ。私だけか!?


「美鈴……」


 ぽん、と親友に肩を優しく叩かれた。その顔は「おめでとう」と言わんばかり。

 ……いやだから、まだ気が早いって! 未遂だって!


 キーンコーンカーンコーン。


『――校内を散策されている皆様、間もなく閉門時間となります。お帰りは――』


 校内放送で出ろと催促される。既に夕方を過ぎて田舎らしく真っ暗だった。

 慌てて人数がごっそり減った校舎を駆け抜けて外に飛び出した。怒る教師はいないのに、何故だか胸がめちゃくちゃドキドキした。社会人になってからの運動不足が祟ったのだろうか。

 なんとなく校門前で解散後、はぁ……と観念するように独りため息を零した。


 ◇◆◇◆◇


「――清原正憲と申します。本日はお二人の婚前契約と承っております。誠心誠意、務めさせて頂きます。宜しくお願い致します」

「よろしくな、先生」


 あっきーが気軽な感じの挨拶で弁護士先生にお願いする。

 ……やって良いのか、そのノリで。もっとこう、なんか違くない?


「……よろしくお願いいたします」


 と思いつつも頭を下げてお願いする私はあっきーの目論見通り、貰った名刺に書かれた電話番号へと連絡し、無事貸し切りアポがなされていることを確認してから約束通りにここまでやってきた。というか何故かきてしまった。

 ……どうしてこうなったのか。いや、どうしてこうなったかは分かってる。分からないのはあっきーの頭の中である。私は未だにあっきーの本名すら分からんのに婚前契約とは、一体。


「――こちらが下書きになります。ご確認下さい」


 ぽやっとしてるうちに個室へ移動し、席に掛けてすぐ下書きの書面を渡された。

 ……内容は、ほぼほぼ私が言っていた内容その通りだった。なんで?


「事前に伺っていた内容はこちらになりますが、お間違い無いでしょうか」


 じ、事前に伺ってた? え? いつ? 電話の時? それとも昨日改めて?

 こちらを探るように見る弁護士の視線に気付かず、動揺で隣のあっきーを見た。

 内心の状況はといえば「おま、お前マジか? え? マジで?」状態である。

 というのも、内容が――私の提案なんかよりも酷かった。あっきーにとって。


「俺はこれで良いけど……笹原さんはどう?」

「…………」


 ――安易に大丈夫、と答えてはならない。直感的にそう思った。さきほど流し見しただけの内容をもう一度と、しっかり間違いが無いようにと目をかっぴらいて隅々まで見逃しが無いように確認した。

 ……どうしよう、何度見ても間違いないわコレ。どうしよう。


「……宜しければ、私のほうでおすすめの修正案も用意してますが」

「是非、見せて下さいっ!」


 先程までは私を探るように見ていた清原先生が、私のドン引きな動揺と食いつきっぷりに対して何かを察したように助け船を出してくれた。

 ……たぶん美人局とか詐欺とか、そういうのを当初は疑われていたんだと思う。


「え? なんで?」


 と本気で分からないあっきーを無視で修正案を確認……良かった、まともだ!

 いや、そもそも私の一生養え! な図々しくも太々しい提案もまともではないだろうけど、でもこれってぶっちゃけてしまえば専業主婦の主婦じゃなく、ただのヒモバージョンってだけの契約だから。

 ……法的にそこまで法外と逸脱しているわけではないはずだ。たぶん。


 わざわざ契約せずとも自然とそういう風になってる夫婦は世の中に沢山いるし。

 ただこれは……あっきーの提案は正気じゃない。私でも契約相手を疑うだろう。


 ――死んだ場合、全財産を配偶者にって。なんだ、それ。婚前契約てか遺言書?

 家族、親族、これから産まれるかもしれない子ども、ガン無視。全排除。

 ……これ、下手しなくとも昼ドラサスペンス始まっちゃう下地じゃん。こわ。

 あんなフィクション実際に起こりっこない、とか笑って見てたのに笑えない。

 あるあるフィクションが身近なノンフィクションに……。


「気に入らなかった? 俺なりに考えたんだけど」

「……ごめん。まだ確認途中だから待ってて」


 ちょっと気が遠くなりつつも、あっきーへの明言を避けてまともなほうの契約書の下書きを素早く手に取ってじっくり確認することにした。

 ……確かに、婚前契約では今後離婚した場合などの財産分与も記載する。けど、この明らかに今後どこかでサスペンスが起こりそうな契約は絶対にしたくない。


 だって私は一生をぬくぬく穏やかに引きニートしたいだけであって、いつ起こるかも分からない波乱のドキドキサスペンス劇場にぶっこまれて刺激的な最期を遂げたいとかいう願望はこれっぽちもないのだから。

 弁護士先生によって一般的な財産分与に変更された部分を凝視で確認しながら、この内容で親族と揉めないかどうかとしっかり吟味する。万が一、どうしても揉めることになるとしても事前に法的効力と普遍性の介在する契約書を用意してあれば大体が問題ないはず。

 ……財産などの金銭的な問題はとりあえず大丈夫そうだ。まともなほうは。


「あのさ、私はこれ別にいらないんだけど……」


 と指差したのは「浮気」に関する部分。私に関しては何故か何もない。

 いや、するつもりは全くないけど。まさか信頼してるって意味? 何故に?


「ちょっと自分に厳し過ぎない……?」


 自分に関しては故意じゃなくとも厳しい罰則、というか罰金というか……。

 私が浮気だと思ったら浮気、みたいな意図が透けて見える。なんじゃそら。

 浮気し放題許すのは養ってくれる対価――オプションですけど?

 これ断る男がこの世にひとりも居ないとまでは思わないけど、マジで?


「笹原さんを裏切っていい確約なんて俺も要らないけど」

「…………」


 俺を信じてないのは分かってるから、と付け加えられる。まあそうですが。

 そもそも契約結ぼうって今の段階でも深刻な人間不信。

 自分にだけ厳しくて大丈夫か? と聞くのははなから信じてない証拠。

 後で浮気したくてもしにくい状況に後悔するはずだ、という不信頼の証。


「これぐらい当然じゃないと、笹原さんの一生を養うなんて無責任に言えない」

「「…………」」


 あっきーの断言に私も黙ったが、何故か弁護士先生も黙りこくった。

 何てものをお見せしているのか。字面外面だけはただのバカップルである。


「……こほん、では大まかな確認は済まされたようですので、これより更に細かな部分を確認しつつお互い納得がいく内容に詰めて修正していきましょう」

「「はい」」


 ――それから、特に大きく内容を変える事なくあっさりと婚前契約は成立した。


 ◇◆◇◆◇


「笹原さん」


 事務所から出ると、既に外は夕焼け模様だった。

 私の後から出て来たあっきーが、夕焼けを眩しく眺める私へ声を掛けて来た。


「役所、いこうか」

「うん……」


 ――行動が速い。なんて判断と行動が速いのか、あっきーは。


「駐車場まで運んであげようか」

「……いい。手、貸して」


 もう精神的に疲れて「はい、お疲れ様でした!」と今にもさよならしそうな私の雰囲気をすぐさま察知して、自分の車のほうへとエスコートするように誘導してくれた。

 普段の私なら死んでも男の車になんぞ無防備に乗り込まないが、既に婚前契約を結んだ中である。その内容の中には私が望まない行為――つまり、望まぬちょめちょめ行為は全て重罰とあっきー自ら譲らずに盛り込んでいたので、ほいほい付いて行った。

 ……何故か、ほいほいな私にちょっと嬉しそうなあっきー。解せぬ。


「笹原さん、仕事いつ辞めるの?」

「うーん、辞めてほしい?」


 シートベルトの良い位置を探りながらも怠い空気で椅子を後ろに倒して寛ぐ気満々な私に、堅実に運転しつつもあっきーが今後のことを確認してきた。

 ……もちろん私としては、わざわざ面倒なやつをお買い上げ頂いた変わった趣味の御主人様の御意向に()()()()全部従うまでよ。気が乗るのなら、仕事もやぶさかではない。

 ――まぁ、婚前契約までした私の選択肢は決まってるけど。意地悪な返しだ。


「好きで仕事したいなら、していいよ」

「じゃあすぐ辞める」


 即答。この世に好きで仕事するようなやつは少数派だ。間違いない。


「家はどうする?」

「引っ越しかぁ……」

「俺が諸々手伝うよ。時期はいつでもいいから教えて」


 などと世間話? で交流しつつ役所にはすぐ着いた。……出るの怠いな。

 と思ってる私に気付いたのか、あっきーが用紙もらってくると言って去る。


「――――」


 おいおい……ほんとに何で私なんだ? 大丈夫かあっきー? 騙されてない?


 顔だけだぞ。性格なんて底辺のクソほどではないと思いたいけど、それでも自分はそこそこ酷いと自覚してるような女だぞ。美人でも無しよりの無しだろ。

 もし私が本当に最低最悪な悪女だったのならブランドを貰うのが当然であるように、これも準じて当然のように本気で受け入れるんだろうけど……私は別に、たとえ悪女であったとしてもまだ人間の良心まで捨てた覚えはない。

 ……なんで私があっきーの心配してるんだろうね? はー、分っかんない!


「もらってきた!」


 と若干息切れしながらダッシュで戻ってきたあっきーから用紙を渡される。

 ……まさか、用紙を取りに行く間に逃げるとでも思われたのだろうか。心外だ。

 あと数秒戻るのが遅かったらもうこっそり帰ろうかな、と考えてたくらいだ。


「……ねえ、本気で私でいいの?」

「俺は、笹原さんが良いんだ」


 用紙に書き書きしながら訊ねる。……というか保証人の部分、どうすんだろ?

 色んな心配込みで聞いてみれば、息を整えつつも爽やかに答えられた。

 ……うむ、イケメン。絵面はともかく、内情が酷い。勿体なさ過ぎる好青年。


「俺の友達と、あと綾瀬さんを証人欄の為に呼んでおいたから」


 誰それ? というのが顔に出ていたのか。あっきーがそういえば私は名前を覚えるのが苦手だった、とでも思い出したのか「笹原さんの親友だけど……」と教えてくれた。

 ……そっか、親友だったか。すまん、綾瀬。本気ですまん。


「必要な書類を持って一緒に行こうか」

「…………」


 ……何故だろう、何故だか引き返すなら今だ! と全力で叫びたい。私に。

 おかしいな。状況的にはあっきーに対して叫ぶのが筋だろうに。


「あれ? まさか持ってない? 俺の勘違いだった?」

「……あるけど」


 ――私は冗談ではなく、己の契約発言に対して本気そのものだった。

 だから毎回、たとえ最終的に実らなくとも必ず必要書類は持参していた。

 ……その経歴を知ってるわけでも、私のカバンを漁ったわけでもないのに。


「お疲れなら、俺がお姫様抱っこで運ぼうか?」

「結構です!」


 ……なんだか釈然としないまま、車を飛び降りて役所に入った。


「そっちじゃなくて、あっちだから」


 初めてだから仕方なくお困り相談センターのほうへと道に迷いそうな私を導くように、あっきーが私をがっしりと犯人を捕らえたかのように連行する。……いや、別に逃げないから。ここまで来たら普通についてくから。

 そうしてずるずる引きずられて辿り着いた窓口には、間違いなく私の親友――綾瀬が居り、私たちを見つけるとすぐさま一緒に待機していたらしい知らない男、もといあっきーの友達の肩へバシバシと無遠慮に叩いて「来た! マジで来た! うわ、やば!」と興奮していた。

 ……公共の場で、そのノリはやめなさい。男友達くんも迷惑だろう、多分。


「――こちら、本当にお間違いないのでしょうか」


 震え声で窓口のお姉さんが最終確認の為に聞いて来た。……たぶん、自分で言うのもなんだが、それなりのレベルの美男美女カップルという景色がただ圧巻なせいなのだろう。

 ……決して、めちゃくちゃ微妙そうな絶妙な顔で頷く私と、満面の笑みで「お願いします」と告げるあっきーの落差に危ない何か――不同意が無いかを恐る恐る慎重に確認してるとかではないはず。


「ですが……」


 ちらちらと今さらながらの状況にどよよーん、とこれから新婚になるというカップルに必須の幸せオーラにあるまじきな様子を見せる私を見ながら少し渋るお姉さんに、これから掛かるだろう時間を察したあっきーが時間短縮しようと、つい先程結んだばかりの出来立てほやほやの婚前契約書の写しをドーン! とお姉さんにお見舞いしてやった。

 なんだこの紙切れは……と怪訝そうであっても、私の為にか一応それが何のヤヴァイ書類なのかを拝見してくれるお姉さんはプロである。お仕事への矜持、というかプロフェッショナルを感じずにはいられない。――が、しかし。

 あまりに私へ有利過ぎる内容に目を回し、お姉さんは衝撃で受理してしまった!


「おめでとう!」


 と大喜びな親友。……だろうね。結局そうなるとは思ってたよ。

 確かに雰囲気的には完全に私が脅されたかなんかしてるように見えるけど、内情的には私のひとり勝ちでんがな。

 ……お姉さんも勘違いするほど、この私だけ謎にお通夜な空気。解せぬ。


「家まで送るよ」

「……うん。ありがとう」


 ほんの、たった数日でこの疲労度合い。私はただ、届いた知らせにちょっとだけ懐かしくなって、廃校の最期を見届けてやろうという気の迷いで重い腰を浮かしただけだったはずなのに……。

 そんな気の迷いを起こしたせいで、何故だか私の一生は良く分からないまま流されて確固とした契約で決められてしまうこととなった。

 ……いやまあ、元々そうでなければ結婚なんてしない! と頑なだったのは私ですけども。


「これからずっとよろしくね、美鈴さん」

「はい……」


 ――こうして私は、ぶっちゃけ婚を果たしてしまったのであった。

最後までお読み頂き、ありがとうございます!

よろしければ感想、評価、いいね等を頂けると嬉しいです!

以下からは作者の作品に対する本当の後書きです。


《あとがき》

春だからかな?それとも単にストレス発散()の為かな?

ふと昨今の恋愛最新トレンドをお届けしようかなと(大言壮語)

そんな感じで筆を執った次第です。はい。


この短編は、実際の作者経験談を元に脚色してます。勿論偽名。

経験談だけ事実が元ですが、キャラ設定はめちゃてんこ盛りです。

ちょっと楽しくなって余計な設定入れ過ぎたかもしれません(笑)


元は未成年の頃に「一生養うから!」とほざかれた告白に対し

「じゃあ契約書巻こうか」と撃退した青春の思い出(?)より

もし財力ある大人だったなら、こういう展開も有り得たかもと

スネかじりはたぶん、普通にスネが反対か阻止するでしょうし

人生なめてんなよ、色ボケくそガキめ。。。


加害がどうのこうの同意がどうのこうので論争になる昨今のせいか

恋愛なんて何の為にするの?って人が最近とみに増えて来た感じ

昔は契約書云々言うだけでドン引きされてたのも広い心で納得

やっと、ついに時代が追い付いてきたかなって(調子乗り過ぎ)


もしこれを読んだ読者の中に結婚を考えている方がいるのなら

そうする前に婚前契約も考慮してみてはどうでしょうか

冷静に盲目的じゃない確約は結婚を長引かせる安心材料ですよ

だって裏切るやつは契約書があっても堂々と裏切りますし

まさか信じられないの?とかほざくのは論外ですよ、論外

絶対それもう何かで既に裏切られてます。ダウト。


陽気につられてぽやぽやしちゃってる人も多い時期

これを読んだせいで一体幾つのカップルが破局を迎えるのか

それともむしろ、より仲が深まっていってしまうのか・・・

あ、作者を呪わないで下さい。怨むなら裏切った相手を・・・

参考になりました、とかおかげで上手く行きました

とかの感謝の御感想なら是非とも欲しいですが!!


作者の頭に続きはありますが、今回は短編に収めました。

どうせ、いちゃらぶしてるだけだし(絵面だけ)

気分転換に書いただけなので、連載は今のところ未定です


…1万ブクマとか行くなら泡吹いて即書き上げますが(難題)

これは他の作品も同じ条件なので、書きたいのから書きます

(やる気が出るやつからともいう……)


そんな感じで、作者からは以上です。

あとがき含め最後までお読み頂き、ありがとうございました。

感想、評価、いいね等の応援を心よりお待ちしております。


追伸:破局とかになっても作者を呪わないでください(念押し)

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