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豹変

「な、な、なにを言っているの!?」


 千波は耳まで真っ赤にしていた。


「だって。麗お姉ちゃんほどじゃないけど、紗香お姉ちゃんも綺麗じゃないですか。それに、委員長が不良に惚れるって恋愛もの中では王道ですよ!」


 私は思い出す。昨日楓の部屋で輝いていた液晶になにが映っていたのかを。


 漫画の中で女性同士が濃密な接触をおこなっていた、ような気がする。


「そ、そんなわけないじゃないの。楓さんはまだ中学生だからわからないのかもしれないけど、女性同士は……」


「百合って言うんですよね。私、大好物なんです!」


「えぇ……」


 千波は楓の突然の豹変にとても困惑しているようだった。まぁ私は知ってたけどね。楓が小学三年生くらいの頃、そういうのに興味を持ち始めてたってこと。


「それで、どうなんですか? 千波さんは紗香お姉ちゃんのことが好きなんですか?」


「好きなわけないじゃない。それに好きだったとしても、そんな報われない恋、したくありません」


「報われない?」


 楓は首をかしげている。


「私の母は厳しくて、男女交際どころか、外で友達と遊ぶことすら禁止しているのよ。それが女性同士の恋愛になんてなれば、絶対にダメに決まってるわ」


「もしかして、明日も来られない?」


「そんな無責任なことはしないわ。しっかりと許可は取ってある」


「そっか。良かったぁ」


「だから楓さん。もしも私が紗香さんのことを好きだったとしても、絶対に思いを伝えることはないし、あなたが喜ぶようなことも起こりえないわ」


「……残念です」


 楓は悲しそうな顔をして部屋を出ていった。


「それにしても楽しみだわ。外で誰かと遊ぶのって初めてなのよ」


 千波は外で遊ぶほど仲のいい友達もいなかったらしいし、なにより家が厳しいから満足に遊べなかったのだろう。心から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「楽しいものになればいいんだけどね」


 もしも千波と二人きりなら、大丈夫だっただろう。でも相手は私に敵意を向けてくるクラスメイト達。たしかそのリーダー格は美月、と言ったか。


「クラスメイトと肩を並べて休日にお出かけする。それだけできっと楽しいわよ」


 千波は教科書を広げながら笑った。私も教科書をカバンから取り出しながら告げる。


「千波って可愛いね」


「えっ!?」


 千波は顔を真っ赤にしていた。


「だってこれまで、そんな朗らかに笑うタイプの人だと思ってなかったから。でも友達になって色々と知っていくうちに、そうでもないってことが分かって。やっぱり可愛いなって思うよ」


「も、もしかして口説いてるのっ?」


「ううん。ただ、思ったことを言っただけだよ」


「……そ、そう」


 私たちは無言で勉強に取りかかる。千波の初めてのクラスメイトとのお出かけが、楽しいものになればいいのになと思いながら、私はペンを持った。


〇 〇 〇 〇


 夕暮れ、私たちはテキストを鞄にしまった。部屋にオレンジ色の光が差し込んでいる。


「そろそろ帰らせてもらおうかしら」


「私が送っていくよ。自転車、あるし」


「二人乗りはだめよ!」


 相変わらず真面目な千波はそんなことを告げる。でも私は微笑んで告げた。


「でも一度くらいはしてみたいでしょ?」


 すると千波は悩ましい表情を浮かべて話した。


「そ、そうね。一度くらいなら、まぁ、いいかしら」


 玄関に向かうためにはリビングを通らなければならない。リビングではお母さんとお父さんがテレビを見ていた。千波は頭を下げて告げる。


「紗香さんの友達の千波です。クラスでは委員長をさせてもらっています。お邪魔させていただいてありがとうございました」


 その随分と改まったあいさつにお父さんとお母さんは背筋をピンと伸ばして頭を下げていた。


「本当にその子、あなたの友達なの?」


 お母さんが告げる。私は頷いた。


「私、本気だからみててね」


 そう告げて、私たちは玄関に向かった。


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