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月の海の家

作者: hisasi

 月にある海が若者たちの遊び場でなくなって久しいこの頃、おじいさんは頑なに海の家を守っています。美味しいヤキソバ、こだわりのカキ氷、そして、月日を感じさせる海の家。 

 おばあさんの思い出も眠っているところ。

 おじいさんの話をうかがいにいきましょう!

皆さんご存知でしょうか?月にも海があるって?え?知ってる。そうですか。でもこれは知らないでしょう。実は月の海にはすでに「海の家」があるんです。

 月の海の家。

 皆さんご存知のあの海の家ですよ。ヤキソバがあったり、カキ氷があったり、ビーチパラソルや浮き輪なんかを貸しているんです。

誰がやってるんだって?

それはもちろんおじいさんですよ。ウサギだと思っていたでしょう?違うんです。でも、ウサギはちゃんといて、おじいさんのペットになっています。でも、おじいさんはそのウサギを実は犬だと思い込んでいて、いつも「おい、ワンころ!」って呼ぶんですよ。ウサギの名前は「ラッキー」と言うんです。

ウサギの名前をつけたのはおばあさんです。でも、今はいません。もう死んでしまっていたからです。だから、おじいさんはただ一人で海の家をやっているわけです、一応ラッキーもいますけどね。

さて、月の海のシーズンはやはり夏です。夏と言えば海、海と言えば月、月と言えば海、海と言えば海の家なので、夏になるとおじいさんも忙しくなるわけですが、なんでも最近の若者や家族連れは砂ばかりの月の海よりも、木星の目玉の嵐や、土星の大きな輪、そして、太陽の黒い点や滝のように噴出すフレアの方が刺激的だという理由でやってこなくなっていました。

 砂乗り目当ての若者の関心はブームが過ぎると、すぐに木星の渦乗りや太陽のフレア乗りに取って代わられてしまい、今では子供でさえ月の海には遊びに来ない始末です。

 しかし、おじいさんは月から離れようとはしませんでした。

 何故か?それはおじいさんから聞いてください。なかなか頑固ですぐには口を利いてくれませんが、ヤキソバの味を褒めたら機嫌が良くなって話してくれるかもしれません。

 おじいさんが月の海の家を始めたのは今から40年前のやはり静かな夏の事です。もちろん、おばあちゃんも一緒でした。二人共若く希望もあり、とても一生懸命働きました。その頃、月の海はすごい人気で、地球からも遊んでいる人が見えるくらいでしたから、おじいさんもおばあさんも休む暇がありません。でも、それは二人の喜びであり、毎年来てくれる常連さんの笑顔を見ると疲れも癒されるのです。親子二世代、いえ、三世代、中には四世代で海に来てくれるお客さんもいて、それはそれは賑わっていたのです。

 その時の話をする時、おじいさんはタバコをふかしながら目を細めて、もう二、三本しか無い歯を見せながら嬉しそうに笑うのです。人が来過ぎて月の海の砂がなくなっちまうと思ったとか、ヤキソバが評判になってテレビの取材が着たとか、今太陽で活躍しているフレア乗りのおしめを取り替えた事があるとか。それは生き生きとしながら話してくれるのですが、おばあちゃんの話を持ち出すと途端に機嫌が悪くなってしまうので、気をつけたほうがいいですよ。

 あぁ、そうだ。カキ氷の事も忘れてはいけませんね。ここの氷は月の北極産でとても綺麗なんです。南極産に比べてきらめきと舌解けが激しいので、カキ氷にしているところは珍しいですが、これはおじいさんのこだわりなんです。上にかけるシロップも地球にあるのとは違ってとってもジューシーなんですよ。何しろ、月と地球では重力が違いますから、配合もおいそれとは打ち明けられない秘密だそうですが、おじいさんは得意になって教えてくれるんです。でも、これが食わせ物で、言われた通りに作っても同じ味がしないの。色は一緒でも味がまったく違っちゃう。それを言うと、おじいさんは肩を揺らして舌を出すんだな。馬鹿にしてるんだけど、どこか憎めないから仕方なくカキ氷を頼んでしまうって寸法なんです。確かに、どこの海で食べるよりもここのカキ氷が一番美味しいんです。悔しいくらいに。

 でも、そんなヤキソバもカキ氷ももうすぐ食べられなくなるかも知れません。だって、それを作れるのはおじいさんしかいないのに、おじいさんは誰にも教えないのです。そして、おじいさんはおじいさんですから、とっても長く生きているんですけど、どうも、そんなに長く生きてはいけないようなんです。

 おじいさんは月の海の家から静かな海を見ながら、ラッキーを膝の上にのせています。その背中はなんだか小さくて、言葉をかけるのもためらわれるくらいです。ラッキーはおじいさんを見ながら、むしゃむしゃと月の草を食べていますが、おじいさんはただラッキーの背中を撫でるだけです。

 地球に戻りたくないですか?って聞いたら何も言わずに海の家の看板を指差しました。

 なるほど、「月の海の家」ですもんね。地球には月の海の家は無いんですから、どうしたって月にいなくちゃならないんでしょう。なんとなくその気持ちは分かりますけど。

壁に貼り付けられた古ぼけたお客達の無数の写真、良く見えるとこにある有名人の色紙、使い古された長机とサビだらけのパイプ椅子、置きっぱなしの釣竿や埃まみれの空き瓶、そして、レジの奥にあるおばあちゃんの写真。

おじいさんの全てってこの月の海の家なんでしょうね。宝物だ。あと、ラッキーもそうか。月のウサギがいなかったらやっぱり寂しいや。それに、おじいさんがいない月の海の家もやっぱり寂しい。

皆さんも月の海にお越しの際はぜひ、おじいさんに挨拶して下さいね。むすっとしてるようだけど、実は話したがりやですから。きっと美味しいかき氷を作ってくれるはずです。

でも、くれぐれもおばあさんの話はしないように。年寄りの涙は月の海に似合わないですから。泣いちゃうんです、実はね。

では、良い旅を!   おしまい


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