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「先日の舞踏会では君に会えると思っていたから、とても残念だったよ。今日はこうして元気な顔を見れて安心した」


「殿下にそのように気にかけていただき恐縮です」


サンルームに置かれた4人掛けのソファに並んで座って新しいワイングラスを持たされる。

空のグラスに殿下自らワインを注がれ乾杯を促された。


「再会を祝して」


グラスが当たる音が思いの外大きくサンルームの中に響く。

殿下が目でワインを飲むことを促してくるので大人しく従い、一口含んでその意味を理解した。


「ナトゥール産の貴腐ワインですか?」


「あたり。好きだろう?」


「はい、大好きです」


大陸東部にあるアスー国のナトゥール地方で作られるワインの中でも希少な貴腐ブドウを100%使った貴腐ワインは滅多にお目にかかれない貴重な逸品だ。

その芳醇な味わいを堪能してグラスを空にしてしまうと再び殿下の手によって注がれる。

給仕はメイドや従僕の仕事だが殿下はにこやかな表情と同じく楽しそうにオフィーリアにボトルを傾ける。

サンルーム内は殿下によって人払いをされてはいるが隣接する広間とガラスで仕切られて出入口の扉も開け放たれた状態で、その両脇には殿下付きの騎士が二人控えている。

ガラス越しにあからさまにサンルーム内を覗き見てくる者はいなかったが、多数の人の目が注がれていることは肌で感じることができた。


アシュリー公国第二公子ウイリアム殿下は今年26歳の独身。


6年前に逝去されたルメリアナーナ側妃とアシュリー公との間に生まれた第二子で、兄君の第一公子が早々に世継ぎと定められた経緯もあってか、昔から外交と称しては周辺国へ頻繁に遊学をしたりと、国の中心とは距離を置く方だ。


幼少期に婚約していた伯爵令嬢が馬車の事故で亡くなってからは妃も婚約者も未だおらず、盛んな社交界での軟派な振舞いもあって少々軽薄な公子様というのが世間での認識なのだが、オフィーリアは殿下が優れた剣術の才を持ち国への忠誠心強い方だと思っている。


生母のルメリアナーナ側妃は大陸東部の教国の出身で、母君から受継がれた癖のあるブルネットの髪とヘーゼルの瞳は教国に多いテペ人の特徴だ。ちなみに兄君の第一公子も髪色こそ違うが同じヘーゼルの瞳をしている。


オフィーリアは3年前の南部諸国紛争の際に戦場で会っている。

殿下は停戦交渉の任を帯びた使節団と共に来られたのだが、実際の戦闘にも参加され、半年ほど戦場での時間を過ごした。


最初は世間と同じで軽薄な公子様と思っていたオフィーリアだったが、戦場においてその認識は誤りであることを知った。

むしろウイリアム殿下自身が意図して世間からは国の政に興味のない軽薄な公子であると、そのように思われるように振舞っている。

なぜそのような行動をされているのか、その心の内までを知り得る事はなかったが、殿下とは剣術の事などを話したり実際に剣を交えて手合わせもしていただいた。

剣を通して共有した時間でオフィーリアがウイリアム殿下という人物を認識し直したのだ。


殿下もオフィーリアの事を妹のように思ってくださったのだろう、停戦締結後は交易交渉など外交的諸事情で使節団としばらく戦地に残られたので、父に呼び戻されて領地に戻ったオフィーリアとの別れの言葉として再開の折には公家秘蔵の上手い酒を飲ませてやると言ってくれていたのだ。


公都にくればどこかの社交で再会するだろうとは思っていたのだが、再会と共に二人きりの空間にエスコートされたこの状況には困惑を隠せないオフィーリアだった。


「そう言えば、先日の舞踏会では妹と踊っていただいたと聞きました。妹は殿下の妹君のマーリーン公女様と同い年なんですが、殿下とのダンスは妹にとって大変貴重な体験だったと話しておりました。ありがとうございます」


「妹? ……赤毛の?」


「はい。今夜の夜会にも参っておりますので、ここに呼びましょうか?」


「いいよ。マーリーンと同じくデビューしたてなら今後会う機会はあるだろう。…それよりも今夜は君との再会を楽しみたいよ。南部の後、ここ一年近くはずっと北部民との戦に張り付いて公都には全く寄り付かなかったじゃないか。公都に戻ったら君の好きな酒を心行くまで飲み交わそうと約束していたのに、君ときたら手紙の返事も碌にくれないし、僕がどんな気持ちだったか分かってる?」


「申し訳ございません…」


「まぁ、君がそういう人だとは知っていたけれどさ」


自らのグラスにも手酌で注ぎ杯を重ねる殿下はオフィーリアとは別の意味で酒に強い方だ。

戦場では平民や騎士たちと樽酒を飲みつつカードゲームなどによく興じていた。

殿下自らが兵を指揮することはないが、身分の高いものにありがちな高慢な態度はとられないので非常に親しみを持って兵たちに受け入れられていた。

人懐っこく笑顔を絶やさない方らしく今も身体ごとオフィーリアの方を向いて座っている。


「ちなみに今夜のコレは約束にカウントしないからそのつもりで」


「かしこまりました。約束は守りましょう」


「それでこそ僕の【勝利の戦乙女】だ。…見たところ、大きなケガもしていないようだし戦場では相変わらずの活躍だね」


「そうでしょうか? 傷跡が絶えませんので、娘らしくないと母から苦言ばかり聞かされます」


「ははは! そりゃ、辺境伯夫人にとっては悩みの絶えないところだろうさ。先日の舞踏会でも少し話をしたが、貴婦人としての振舞いは変わらず社交界一の方だ」


殿下がグラスを持っていない方のオフィーリアの手を取ってその甲に口づけを落とす。

今夜のオフィーリアはノースリーブのドレスだったので二の腕まである長さの手袋を身につけていたのだが、手袋越しでも殿下の唇の感触とその温度が感じてしまう、そのぐらいゆっくりとした時間唇が触れる。


「…先に夫人を味方につけるところだったのに出し抜かれたよ」


「殿下?」


手を取られたまま囁かれてオフィーリアはよく聞き取れなかった。

聞き返そうとしたそのとき、広間の方が騒がしくなり室内の騒めきが二人のいるサンルームにも届く。

顔を上げた殿下の後を追う様にサンルームの入口を振り向き、オフィーリアは驚きに目を見張る。

そこには思いがけない人がこちらに歩み寄ってきた。


「これはこれは、ウイリアム殿下におかれましては私のオフィーリア嬢の相手をしていただき恐縮です」


「やぁ、バートウィッスル侯爵。僕と彼女は戦友も同然だ。話も纏まっていないうちから婚約者面か? 事実は正確に認識しておかない恥をみるぞ、侯爵?」






つづく。

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