白澤鬼
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■賊頭領視点
「どうだ?」
洞窟の入口で子分達が弩を構える中、物見をしている一人に声をかける。
「へえ……今のところ、姿は見えないですねえ」
「そうか……いいかお前等! 絶対に警戒を怠るんじゃねえぞ! なにせ相手は、あの“白澤鬼”だからな!」
俺はそう言って檄を飛ばすと。
「で、ですが頭……こうなったら逃げ出したほうがよくねえですか? だって、相手はあの……「馬鹿野郎! 逃げるったってどこに逃げるんだよ!」」
臆病風に吹かれた子分がそんなことを言いやがったので、俺は大声でどやしつける。
「いいか! 聞いた話じゃ、“白澤鬼”は武定の太守に任命されたそうじゃねえか! しかも、俺達の存在が知られちまってるんだぞ! もう俺達に逃げる場所なんざねえんだよ!」
「「「「「…………………………」」」」」
俺の言葉に、子分達が全員俯いた。
「大体、連中はたった三人で、俺達は百五十人もいるんだ! だったら俺達が負ける要素はねえ! 遠くから矢を射かけてやりゃ、さすがの“白澤鬼”もどうにもならねえよ!」
「で、ですよねえ」
それを聞いて安堵したのか、子分達は落ち着きを取り戻した。
全く……こいつ等ときたら、いつまでたっても成長しやがらねえ。やっぱり農民上がりは駄目だな……。
だが、あいつが昨日の夜に知らせてくれなかったら、確かに俺達は皆殺しの目に遭っていたかもな。
あらかじめ“白澤鬼”が来ることが分かっているからこそ、俺達もここまで落ち着いていられるし、そのための備えもできているんだからな。
その時。
「っ! き、来ました! “白澤鬼”です!」
物見が大声で叫ぶと、俺達に緊張が走る。
なにせこの国で一番の将軍が、こんなちんけな賊なんかを討伐しに来るっていうんだ。普通に考えれば、逃げ出すかちびって腰を抜かすかのどちらかだ。
だが。
「お前等! びびるんじゃねえっ! ここで“白澤鬼”を殺したら、俺達こそ最強だあっ! その時は、ひょっとしたら仕官の道だってあるかもしれねえぞ!」
「仕官!」
「俺達が!」
俺の恩寵、【鼓舞】で子分達が興奮状態になったのを見て、口の端を持ち上げる。
そうだそうだ、もっと調子に乗れ! 調子に乗って、その勢いのままあの“白澤鬼”を殺しちまえ!
さあて……んじゃ、この国であの華陽姫と一、二を争うっていう“白澤鬼”の面でも拝むとするか。
俺は洞窟の入口から下を覗き込むと……っ!?
――ぎろり。
「っ!?」
岩山のふもとから“白澤鬼”が、この洞窟に殺気をまとった鋭い視線で睨みつけられ、思わず背筋が凍る。
「は……はは……さすがは“白澤鬼”ってところかよ……!」
冷や汗をかきつつも、俺は精一杯悪態を吐く。
子分達の手前、頭の俺が弱気でいるわけにはいかねえからな……。
「ようし! 弩を持ってる奴は前に並べ! 槍持ちは、その後ろに控えてどんどん矢を補充してやるんだ!」
俺の指示を受け、弩を持った二十人の子分が横一線に並び、その後ろには同じ数の槍持ちが、さらにその後ろでは、残りの子分が獲物を持って待ち構える。
そして。
「聞けい賊共! 里を脅かす貴様等を、この“董白蓮”が一人残らずこの方天画戟の錆にしてくれるっっっ!」
「「「「「っ!?」」」」」
“白澤鬼”の大喝に、子分達が一斉に尻込みした。
特に、後ろに控えている農民上がりの子分共は混乱しちまってやがる……。
「ええい! 所詮はあの女一人だけだ! 大量に矢を浴びせてやれっっっ!」
俺は声を張り上げてもう一度子分達を奮い立たせると、弩を持った子分達は矢をつがえて“白澤鬼”に向け、一斉に打ちかけた。
すると。
「ふっ!」
“白澤鬼”は息を吐く仕草を見せた途端、この岩山を一気に駆け上がってきやがった。
しかも迫りくる矢を、その方天画戟であっさりと全部打ち落としながら。
「ええい! 次! 次の矢だ!」
子分達の尻を叩きまくって次の矢を急かし、また射かけるが……今度も全て叩き落された。
「次! 早くしろ! 何をぐずぐずして……っ!?」
俺は再度矢を射かけるように指示を出そうとした、その時。
「「「「「うわあああああああああっっっ!?」」」」」
子分共の悲鳴が聞こえ、後ろを振り返ると……洞窟の奥が燃えているだとっっっ!?
「こんな真似した馬鹿は誰だっ! 早く火を消しやがれっ!」
「だ、駄目です! 油が撒かれていて、どうにもなりやせんっ!」
「何だって!?」
油だとお!? だ、だが、子分共がそんな真似をするはずがないし、仮にあの“白澤鬼”の部下の仕業だとしても、ここしか出入口がない洞窟に、俺達に気づかれないままどうやって!?
「お、お頭! このままじゃ俺達、焼け死んじまうよおっ!」
「やかましい! 情けない声出すな! だったら……あの“白澤鬼”に一気に突撃かまして、そのままずらかるぞっっっ!」
そう指示を出すと、先頭にいる子分は持っている弩を放り投げ、獲物を持ち替え……っ!?
“白澤鬼”が……笑ってやがる……っ!?
それに気づいた瞬間。
――ごろごろごろごろ……っ!
「っ!? この音は何だっ!? 一体どこから……………………はっ!?」
慌てて見上げると、この洞窟目がけて巨大な岩が転がってきてやがるだとおおおおおっっっ!?
「お、お前等、避け……っ!」
俺は叫びながら咄嗟に洞窟を飛び込むと、先頭にいた弩を持っていた子分、槍持ちの子分、炎から逃げようとしていた子分達が、俺の目の前で大岩によってぐしゃぐしゃに潰された。
「な、何なんだよこいつはあっ!? 一体何が何なんだよっっ!?」
恐怖のあまり、俺は大声でわめきたてるが、答えてくれる奴は誰もいない。
かろうじて生き残ってる子分も、結局は腰を抜かしてちびってやがる。
そして。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
「「「「「っ!?」」」」」
大岩がふもとまで転げ落ちた後にやって来たのは、琥珀色の瞳を爛々と輝かせ、白銀の髪を振りかざしながら咆哮する、まさに女鬼神だった。
その女鬼神は、方天画戟を縦横無尽に振り回しながら、俺の子分共を次々と細切れにしていくと、とうとうその刃が俺の目の前へと迫ってきた。
この時になって、俺はようやく気づく。
ああ……俺達は、この鬼に手を出すんじゃなか…………………………。
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