追撃と援軍
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「敵将“候元正”! この董白蓮が討ち取ったぞ!」
混乱と悲鳴が渦巻く戦場に、白蓮様の凛とした声が響き渡る。
よし! まずは一人討ち取ったぞ! このまま他の武将も……?
俺は意気込んで他の部将を探そうと辺りを見回すが、崔の兵達の表情が一斉に変わった。
それは、混乱を超えて恐慌状態に陥った時の顔……。
「こ、これは一体……?」
すると。
「うわああああああああああ! 候将軍が討ち取られたぞ!」
「も、もうおしまいだっ!」
「早く……早く逃げろおおおおおおおおおおお!」
……どうやら白蓮様が倒した武将こそが、崔軍の指揮官だったようだな。
「はは……みんな聞いたか! さあ、勝鬨を上げろ! 俺達の勝利だ!」
――えい、えい、おー!
――えい、えい、おー!
――ジャーン! ジャーン! ジャーン!
俺達の勝ちを告げる銅鑼の音と兵達の大合唱が戦場を埋め尽くし、牛のかがり火に照らされた崔の兵達の表情は恐怖に彩られていた。
「はっは! やりましたぞ!」
「ええ!」
いつの間にか隣に来ていた漢升殿が俺の背中を強く叩き、俺は強く頷いて応える。
「はは……ですが、この戦の最大の功労者は漢升殿ですね」
そう……崔の軍師、“郭星和”に対し、【模擬戦】で何度試しても一度たりとも勝てなかった俺は、他の策を見出した。
だったら、郭星和ではなく他の者と戦えばよいのだ、と。
そこで案じた一計は、郭星和を二万の軍勢から退場させること。
漢升殿による暗殺は全て失敗に終わる結果であることは、既に試行済みだった。
ならば、王命によって退場させてはどうか。
白蓮様を救い出した後に早速【模擬戦】で試してみると、郭星和は二万の軍勢から姿を消し、それまで整然と展開されていた見事な陣が、基本に忠実ではあるものの凡庸なものに変化した。
この結果を踏まえ、俺は漢升殿に依頼する。
桃林関を攻撃している崔の本陣からの書状を、崔王が郭星和を本陣に召集命令した文言に偽装し、本人に届けること。
郭星和の暗殺がことごとく失敗に終わったこともあり、失敗の可能性も考えたが、そこは漢升殿、見事に仕事を果たしてくれた。
だが、俺達を悩ませ続けた郭星和がいなくなったとはいえ、崔の軍勢は二万。劣勢であることには変わりない。
ならばと、少しでも少ない兵を補う方法はないものかと考え、思いついたのが農耕用の牛を軍勢に見立て、一気に強襲するというもの。
牛や剣などの数までは俺も把握していないが、そこは優秀な俺の補佐である月花がいる。彼女はいとも簡単に三千頭の牛、剣そして松明を用意してくれた。
うむ、この戦が終われば、本気で月花を仕官させることにしよう。
ただ……それはそれで白蓮様が拗ねてしまわれないか、心配なところではあるが。
そして、兵に指示して牛の角に剣と松明をくくりつけ、尾にも燃えやすい藁を巻く。
あとは、最も眠りの深い平坦(深夜四時)に、密かに城の外に連れ出した牛達の尾に火をつけ、崔の陣へと突っ込ませたのだ。
その後は見ての通りで、崔軍はこの夜襲で混乱し、俺達は牛達の後に続いて崔の兵士をただ片づけてゆくだけだ。
「いやはや、子孝殿の策はもはやあの郭星和に及ぶやもしれませぬな」
「はは、まさか」
漢升殿が褒めそやすが、俺は苦笑しながらかぶりを振る。
そもそも、俺は郭星和との戦いにおいて、既に数えきれないほど破れているのだ。
だからこそ、その郭星和を追い出す策を考えたのだから。
「はっは、相変わらず子孝殿は謙遜が過ぎますな」
「そうですかねえ……」
「それで、この次はどうするのですかな?」
漢升殿が興味津々といった様子で尋ねる。
「もちろん、このまま崔の兵を追撃し、その勢いで月城を奪還します」
「……はっは。まあ、楽しみは後に取っておきますぞ」
何故か漢升殿は、がっかりした表情を浮かべた。
うーむ……一体この御仁はどうしたいのだろうか……。
その時。
「子孝様! 武定城の西側から、騎馬の軍勢が来ております!」
「なんだって!?」
慌てて駆けつけた兵士の報告を受け、急いで戦場の西側へと向かう。
ま、まさか、崔の別動隊もしくは姜氏が連携して攻めてきたのか!?
だが、俺の【模擬戦】にそんな展開は起こらなかったぞ!?
暗闇の中、馬の蹄の音が徐々に近づいてくる。
「く、くそ! 手の空いている兵は、あの騎馬の軍勢に備えよ! 絶対に、将軍の背後を突かせるなあああああ!」
張り裂けそうになるほどの大声で付近の兵に指示し、俺は槍を構えて対峙する……って!?
「あーもー! 寝ないで駆けつけたのに、ほとんど終わってるじゃないかー!」
「この声は……姫君!?」
「あ! 子孝!」
なんと、現れたのは友誼を結んでいる蘇卑の単于の娘、“文華英”だった。
「ど、どうしてここに!?」
「そんなの決まってるじゃないか! 武定の援軍だよ!」
さも当然とばかりに姫君はおっしゃるが……。
「いやいや、そもそも姫君には姜氏の抑えをお願いしていたはずですよ? それに、姫君が戻られてからまだ二十日ほどしか経っておりませんが……」
「姜氏に関しては、僕のお父様が相手してくれているから大丈夫!」
そう言うと、姫君は満面の笑みで親指を突き立てた。
はは……全く、この姫君もおてんばだなあ……って、あ、思文殿が後ろで苦笑している。
「だから! 僕達も武定の軍勢に加わるからね!」
「はい……ありがとうございます……」
俺は深々と頭を下げる。
この、お節介で優しい異民族の姫君に。
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