崔の軍勢、来る
ご覧いただき、ありがとうございます!
「……様! 子孝様!」
「んう……」
月花に身体を揺すられ、俺は感覚を取り戻す……んだけど!?
――ジャーン! ジャーン! ジャーン!
銅鑼の音が、城内に鳴り響いているだと!?
「月花! 俺は今すぐ将軍の元に向かう! お前は安全な場所に隠れているんだ!」
「は、はい! ご武運を!」
俺は将軍がいるであろう城壁の上を目指し、全速力で駆ける。
だが。
「うおっ!?」
ずっと眠っていないせいか、足がもつれて俺は転んでしまった。
「くそっ! 将軍! 将軍ーっ!」
俺はすぐに立ち上がり、叫びながら城壁の上へと向かうと。
「子孝!」
「将軍! 敵は!?」
「あれを見ろ!」
既に南側の城壁の上に陣取っていた将軍が、遥か先を指差す。
そこには。
「はは……さすがに二万の軍勢となると、圧巻ですね……」
ゆっくりとこの武定城を目指している、崔の軍勢の姿が見えた。
「将軍……とにかく、今からお伝えする方法で、少なくとも二か月は持ちこたえられるはずです」
俺はこの二十日間で見出した次善策を将軍に告げると。
「そ、そうか! 二か月も持ちこたえれば、冬を迎える前に崔も引き返すはず! よくやったぞ、子孝!」
そう言って将軍は手放しで俺を褒めてくれた。
だけど……それじゃ駄目なんだ。
俺の【模擬戦】で見た結果は、二か月持ちこたえても崔は一切引き返さずにさらに攻撃を続け、そして……この武定が陥落する結末しかなかった。
「は、はは……あとは、もう少し情報を補強して、さらなる策を見つけてみせますよ」
俺は精一杯の強がりで、胸を強く叩きながら将軍にそう告げる。
「……そうか」
なのに将軍から返ってきたのは、その悲し気な表情だった。
あー……やっぱり、将軍には嘘を吐いてもお見通し、かあ……。
「で、ですけど、俺が【模擬戦】で想定したのは“郭星和”がこちらに従軍した場合ですから! 普通に考えたら、本隊にいるはずです! だから!」
こんな言い訳めいたことをわめき散らし、俺は何とかして将軍を励まそうとする。
だけど。
「子孝……大丈夫、心配するな。この我とてむざむざやられるつもりもない。大体、我は涼最強の“白澤姫”なのだぞ?」
そう言って、将軍はにこり、と微笑んでみせた。
俺が責任を感じないようにするために。
「どうやら敵は、ここより五里先のところで陣を構えるみたいですぞ」
俺と将軍が話をしている中、漢升殿が静かにそう告げたので慌ててそちらへと視線を向けた、その瞬間。
「あ……ああ……!」
俺の全身から汗が一気に噴き出し、身体が小刻みに震え出した。
「し、子孝!?」
そんな俺の異変に気づいた将軍が、俺の身体を強く抱き留める。
「ど、どうしたのだ!?」
「ああ……ちくしょう……ちくしょう……!」
俺がこの戦に賭けた、一縷の望み。
そんなものをあっさりと打ち壊してしまったのは、俺の眼前に広がる崔の陣の配置だった。
つまり。
「崔の指揮官は……“郭星和”です……っ!」
そう……この二十日間、何度も何度も、それこど数えきれないほどの戦を仕掛けても、ただの一度も勝てなかった……ただの一度も将軍を助けることができなかった、その相手。
その時の陣の配置は、今俺が見ているものと一寸違わず同じだった。
「そう、か……」
向こうの軍師の名を聞き、将軍も俺の絶望を理解したのだろう。
そして、その結末が決して我々が望むものではないことも。
なのに。
「ふ……ふふ……!」
将軍は口の端を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。
「面白い! ならば、当代随一とうたわれる軍師の策、この我が食い破ってくれるっっっ!」
そう叫び、方天画戟を高々と掲げた。
「だから子孝! お主はそこで眺めておれ! この我の雄姿を!」
「は、はい!」
そんな将軍の覇気に、武威に、俺は心を奪われる。
だけど……本当は、将軍だって分かっていますよね……?
俺の【模擬戦】が見せる結果は、万に一つも間違いはない、と。
「さあ! 全軍、配置に就け! あの崔の賊共に後悔させてやろうぞ! この武定に手を出したことをな!」
「「「「「おおおおおおおおおおーっっっ!」」」」」
将軍に応えるかのように、兵士達は武定城を揺るがすほどの声で叫んだ。
「さて……俺も、二か月……いや、一か月以内に必勝の策を見つけてみせますよ! だから……それまでは……!」
「子孝……ああ、任せろ!」
俺は将軍の手を握りしめて懇願すると、将軍は力強く頷いてくれた。
そうとなったら、残された時間はもうない。
俺は自分の執務室へと戻り、腰を下ろす。
「今度こそ……今度こそは……!」
今まで一度も神というものを信じたことがない俺が、初めて祈る。
頼む神よ! 俺の身体はどうなったっていい! だから……だからせめて、将軍を救うための策を、この俺に授けてくれ!
「行くぞ! 【模擬戦】!」
崔との戦が始まる中、俺は頭の中に展開した盤面へと再び潜った。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日投稿予定!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!




