潜る
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「今日で六日目、だな……」
「ですねえ……」
俺と将軍は、城の南門から遠くを眺めている。
予定通りならば今日、漢升殿が武定に戻ってくるはずだからな……。
「それで、例の兵士はどうだった?」
「はあ……それが……」
あれから兵士の尋問を行っていた俺だったが、月花がこの武定に居残ったことが分かった次の日の明け方、牢の中で死んでいるのが発見された。
調べたところ、死因は毒によるものだった。
「……自殺したのか毒を盛られて殺されたのかは分かりませんが、それでも、あの兵士が崔の手の者だったことは間違いないでしょうね……」
「全く……子孝の考えの通りだったか……」
とにかく、少なくとも俺達を釣り出す策は潰せた。
あとは崔が用意していた策はそれのみで、月城を攻めたという十万の軍勢は嘘だったことを祈るばかりなのだが……。
そう考えた、その時。
「む、戻ったようだな」
「え?」
俺の目には漢升殿の姿は見当たらないが、将軍は何かを察知したようだ。
これも、それだけ将軍が神経を張り巡らせている証拠だろう。
「戻りましたぞ」
すると、やはり漢升殿は俺達の背後に回って立っていた。
俺には将軍のように察知できるような実力はないのだから、たまには普通に現れてほしいんだけど。
「漢升、月城はどうだったか?」
「はっ、拙者が到着した三日前の時点では、月城は立てこもって応戦しておりましたが……あの様子では、もって十日かと」
「そうか……」
嘘の情報であることに一縷の望みをかけたが……そんなうまい話はない、かあ……。
「それで、敵の数はやはり十万か?」
「いえ、見た限りではおよそ二万ですな」
兵士の数が五分の一なのはありがたいが、それでも三千の我等からすれば充分に脅威だな。
「では、残り八万は……」
「おそらく、桃林関へ向かったものと思われます」
崔の軍勢八万に対し、桃林関の兵は五万。
数では崔が勝っているものの、桃林関は天下にとどろく要塞。突破されることはまずないだろう。
だけど。
「……大興からの援軍は、当てにできないですね……」
「うむ……」
せめて月城が健在であれば連携して崔と相対することも可能だろうが、背後を気にしてこちらは意動きが取れない上、仮に兵を半分に分けて援軍に向かっても、十倍の兵力差でしかも野戦ではどうにもならない。
「そういえば……今回の崔の動きに対して、他国はどうなっているんですかね……」
「そうだな……普通であれば、隣国の“業”あたりに援軍の要請を行っているとは思うが……」
俺の問いかけに将軍はそう答えるが、不安でしかない。
いや、将軍を失脚させることにばかり執着する陛下と姫様に、それを一切諫めようとしない宰相以下の者達。
はっきり言ってしまえば、俺も将軍がいなければこんな国、とうに捨てている。
「だが……我はこの涼に代々続く武門、董家を預かっているのだ。見捨てることはできん……」
「将軍……」
本当は、将軍を連れてどこかで人知れず静かに暮らしていたい。
だけど……将軍がそんなことできないことは分かっているし、何より、将軍ほどの方が人に知られずに生きていくことなんて、この中原では絶対に無理だ……。
「ふふ……子孝、そんな顔で我を見るな。なあに、崔の軍勢など、この我の武をもって全て蹴散らしてくれる!」
そう言って、気丈に振舞う将軍。
俺を、心配させまいとして……。
「……蹴散らすだけでは駄目です。将軍が、傷を一切負わずに蹴散らすのであればいいですが」
「あ……ふふ、我の補佐官は存外厳しいな」
「当然です」
あなたが傷つくことは、絶対に認められない。
あなたは……俺の、ただ一つの宝なのだから。
「二万もの軍勢では、崔が武定に到着するまでに少なくとも二十日はかかりそうですから、俺は早速、策を見つけるとしますかねえ……」
俺は自分自身を奮い立たせるためにも、わざとおどけてみせた。
「子孝……無理だけはするな。ちゃんと休息を取るのだぞ……?」
将軍が、その琥珀色の瞳で心配そうに俺を見つめる。
「はは、もちろんですよ。本番は崔の連中が来てからなんです。その前にこの俺が倒れてしまうのでは、本末転倒ですからね」
「ああ……理解しているならいい。我はお主が潜っている間、少しでも兵を強くすることに専念する」
「はっは。では拙者は、部下達を使って少しでも崔を惑わせてみせますかな」
「二人共、よろしくお願いします」
「「うむ」」
俺達は拱手し合い、それぞれの持ち場へと向かう。
「さて……月花、俺はこれから潜るから、日入(十七時)になったら俺を揺すって戻してくれ」
「は、はい!」
そう告げると、月花は緊張した様子で返事をした。
「よし……では、行きますか……【模擬戦】」
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次回は明日投稿予定!
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