辺境最前線の防衛体制
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「それで……そろそろ、あなたのことを話してはもらえませんかねえ?」
指揮官の顔を覗き込み、俺はおずおずと尋ねると。
「あ、うん……僕は“文華英”。蘇卑の単于(異民族の王)、“文伯卿”の娘だよ」
「「はあああああああああああ!?」」
指揮官……文華英の言葉に、将軍と俺は思わず声を上げた。
い、いや、単于の娘ってことは、蘇卑の姫君じゃないか!? 道理で顔も幼く見えるし、声も高いはずだよ!
「あはは、驚いた?」
「い、いや、そりゃ驚くに決まってますよ! そんな姫君が、どうしてこんな戦の指揮官などに!?」
「あー、うん……」
すると、部下が無事だということを知ったことによる気の緩みからなのか、指揮官……姫君は、訥々と話してくれた。
まず、蘇卑は毎年春のこの時期になると、こうやって武定を威嚇しにやって来るのが恒例で、その度に前太守から金銭や兵糧を貢がせていたらしい。
何より、前太守は一度たりとも蘇卑と戦をしたことがなく、今回も同じように脅せば簡単に貢ぐだろうと踏んでいたとのことだ。
で、昨年までは単于の弟、“文仲賢”が指揮官としてその役を担っていたが、今年からは姫君が努めることとなった。
「ふむ……話を聞く限りだと、単于は姫君に経験を積ませたかったみたいですねえ……」
「うん……だから、今回の出陣は僕の初陣でもあったんだ。なのに……」
そう言うと、姫君は落ち込んで俯いてしまった。
「……僕達の住む蘇卑の地は、中原の十五国と違って、土地がやせ細っていて作物もほとんど手に入らないし、かろうじて牧羊で生計を立てているから……」
「ああー……」
姫君の言う通り、蘇卑は岩山と砂漠に囲まれているせいもあって作物が育ちにくい。
だから、産業は牧畜という手段を取らざるを得ないんだけど……そうかー、足らない分を、この武定から引き出していたのかー……」
はは……なら、好都合だな。
「将軍。これは補佐官としての俺の提案なのですが……」
「む、なんだ?」
「はい。我々涼……いや、武定は蘇卑と友誼を結び、交易を行おうと思うのですが、いかがでしょうか……?」
「っ!」
俺の言葉を聞いた姫君は、勢いよく顔を上げる。
「ふむ……つまり、昨年同様、蘇卑に対して兵糧や金銭を貢ぐというのか?」
「いえいえ、そうじゃありません。あくまでも交易ですよ」
将軍が予定通り鋭い視線を向けながら尋ねるので、俺は慌てて否定するふりをする。
「で、でも! ……僕達には、交易ができるようなものはない、よ……?」
すると、姫君は落ち込んだ様子で、上目遣いで俺を見つめた。
「はは、あるじゃないですか。寒い季節に備えるための羊毛や、何より騎馬に関する技術が」
「あ……!」
そう……何度も言うが、武定の兵士は熟練が低く、満足に馬を操ることができる者がほとんどいない。
ならば、馬と共に生きる蘇卑の馬術を教えてもらうことで、俺達の兵力は飛躍的に向上するらな。
「ふふ……確かに子孝の言う通りだ! ならば、蘇卑が持つ騎馬の技術及び羊毛と引き換えに、昨年まで武定が差し出していた金銭と兵糧……その倍を対価として支払おうではないか!」
「っ!? ほ、本当に!?」
将軍の提案に、姫君は目を丸くした。
「うむ! この“白澤姫”の名において、約束しよう! それで……蘇卑は、この申し出を受けるか?」
将軍は琥珀色の瞳で姫君を見つめながら、そう尋ねた。
「う、うん! その申し出、受ける! ……ううん、ぜひとも、よろしくお願いします! 将軍閣下!」
姫君はその瞳を輝かせ、縛られながらもその身を正して一礼した。
その姿は、まさに一国の姫に相応しい振る舞いだった
「はは……交渉成立、ですね」
俺は姫君を縛っている縄を解く。
武定と蘇卑は友誼を結んだ今、姫君に対しこんなことは失礼にあたるし。
「ふう……やっと楽になったよ……」
「いや、すいませんねえ」
口調は謝ってはいるものの、一切悪びれていない俺に対し、姫君はぎろり、と睨んだ。
まあ、補佐官の俺はそれくらい嫌われているほうが丁度いい。だって、そうすれば将軍への好感と信頼が上がるからな。
「ふふ……では、今後の詳細についてはこの子孝と話を進めるがいい。こう言ってはなんだが、子孝はこう見えて有能な男だからな」
「えー……将軍閣下、それは違うような気がしますよ? どちらかと言えば、『性格が悪い』とか『冷血漢』とか『人でなし』とか、そんな言葉が似合うと思いますけど……」
そう言うと、姫君は俺にじっとりとした視線を送ってくる。
いや、せっかく将軍が俺を褒めてくださってるのに、そんなことを言われては台無しなんですが。そもそも、今の指摘は全て俺の能力とは一切関係ないですよね?
などと、やり場のない怒りを心の中で処理していると。
「お嬢……将軍。蘇卑の兵士達の手当が終わりましたぞ」
「うむ」
戦車から放たれた矢や槍によって負傷した蘇卑の兵士達の手当と、こちらの軍勢の整理を行っていた漢升殿が戻ってきた。
「あ……そ、それで、うちの兵士達の様子は……?」
「ふむ? ……ああ、これはこれは姫君。拙者は将軍に仕える“張漢升”と申します。以後お見知りおきを」
おずおずと尋ねる姫君に対し、漢升殿は飄々とした様子で見当違いの自己紹介をした。
いや、さすがにその態度はどうかと思うのですが……。
「そ、そうじゃなくて! 僕の部下達は……!」
「ん?……はっは、これは失礼いたしました。それでしたら、こちらの“思文”殿にお聞きくだされ」
「思文!?」
そう言って漢升殿が手招きをすると、緊張した面持ちで一人の男がやって来た。
姫君の反応を見る限り、どうやら部下のようだ。
「思文……み、みんなは?」
「はっ。多少の怪我はありますものの、ほぼ全員無事です」
「よ、よかったあ……」
はは……この姫君、少々跳ねっ返りなところはあるが、なかなか部下想いじゃないか。
そういう人物は、今後付き合っていく上で好感持てるな。
まあ、うちの将軍ほどじゃないがな。
「そ、それじゃ僕、部下達の様子を見に行くから、その……これから、よろしくお願いします!」
「姫様を含め、お世話になりました……」
姫君と部下の思文殿が、拱手して深々と首を垂れた。
「うむ。何か不足などがあれば、子孝に告げるとよい。こちらこそ、これからよろしく頼む」
「それと、蘇卑の単于様によろしくお伝えください。姫君の手柄によって、これからは武定から倍の貢物を手に入れることができるようになったと」
「あう……」
今度はお返しとばかりに将軍と俺が頭を下げると、姫君と思文殿が恐縮する。
そして、二人はこの場から去って行った。
「……行ったな」
「……行きましたね」
姫君とその部下がいないことを確認すると。
「ははははは! 上手くいったな!」
「ですねえ! いや、こうも見事にはまるとは!」
「はっは! いやはや、これは愉快ですな!」
俺達は、膝を叩いてどっ、と笑った。
「いやあ、あの姫君の将軍を見つめる目、まさに救世主でも見るかのようでしたよ」
「ふふ……正直、こそばゆいがな」
「あの思文殿やその配下達にも拙者から話をしておいたので、今頃蘇卑の連中は口々にお嬢……将軍を褒め称えているでしょうな」
そう……今回の戦の最大の肝は、蘇卑を我々の味方につけること。
蘇卑が困窮の末、毎年武定からの貢物でしのいでいることは、漢升殿からの報告で知っていた。
で、ちょうど俺達も不正を働いていた県令の粛清によって収入が四倍に増え、安定していたこともあってそのような提案を持ちかけたのだ。
連中からしてみれば、いくら脅し目的の戦を前提とした軍勢ではなかったとはいえ、ここまで完膚なきまでに叩きのめされ、なおかつ、今までの倍もこちらから施しを受けることになったのだ。
「それにしても、最後の言葉は皮肉が過ぎるぞ?」
「いいんですよ。実際、戻ってありのままを話してしまったら、姫君とはいえ失脚するおそれだってあるのですから」
さすがに倍の金銭と兵糧を持ち帰ったのにそんなことはないとは思うが、蘇卑は騎馬の民。気性の荒い者が多い民族ゆえに、戦で敗れたことを責め立てる輩がいないとも限らない。
なので、あえて姫君の手柄とするように言及したことで、姫君の面目が保たれ、かつ、蘇卑における姫君の株がますます上がるに違いない。
何より、俺はたった一言で姫君にさらに恩を売れたのだ。
「はっは、相変わらず子孝殿は抜け目がないですな」
「当然です。武定の今後は、蘇卑との関係こそが鍵なのです。そのためなら皮肉の一つや二つ、いくらでも言いますよ」
揶揄うように話す漢升殿に、俺はすまし顔でそう告げた。
「ふふ……だが、これで」
「はい」
「ですな」
俺達は口の端を持ち上げ、頷き合う。
そう……これで、ようやく整った。
涼の辺境である武定の――。
――最前線の、防衛体制が。
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