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二話 魔剣というもの ③

その夜、オーリとシルヴィ。そしてレルフは牧場へと向かった。

 顔合わせや下見なんかはいらねぇのかって思うだろう?

 他の地域なら必要かもしれんが、この辺の魔獣を相手にすんなら必要ない。

 何せ巨体で、痕跡もくっきりしたもんでな。素人でも容易く追えるんだが、どうせやつらの帰る場所は樹海だ。

 それにこんな事態も結構頻繁に起こる。慣れっこになってっから、まあだいたい誰でも勝手は分かっているのさ。


 樹海から出てくる魔獣ってのは、もちろんデカいんだがそれでも小物。

 樹海から離れれば離れるほど、魔獣は小型化すると判明している。

 縄張り争いで負けたやつが押し出されてくるんだろう。だから強く、大型のものほど樹海に近い場所を縄張りにしちまうんだな。そんで出ちまったやつが人や街を襲う。


 もちろんそういったことがよく起こる立地であるこのラフィーネ近隣で、牧場や畑は魔獣によく狙われる。よって人側もそれを加味した上で、色々な工夫を凝らして被害を減らす形を整え、経営していた。

 まあ、人が暮らしていく以上牧場も畑も無いと困るんだよな。他所から仕入れるにゃ高くつきすぎるし、需要は確実にあるわけだから、上手いことすりゃ結構儲けられる。

 つまりこういったことが起こることも、牧場主は見越しているし、品物の値段にも含まれている。

 

「へぇ、肉とか野菜、随分高いと思ってたら、そんなふうになってんのかぁ」


 他所の田舎から辺境の田舎に来たレルフからすりや、ここの食い物は法外な値段が付いてると感じたのだろう。その辺の話をシルヴィから聞いて、感心していた。


「僕も教えてもらった話なんですけどね」

「シルヴィはいつからここに?」

「去年ですよ。偵察隊に入りたくて来たんですけど……」

「え、ギリギリに来たんだ? 銀等級でも駄目だったってこと?」

「見た目で拒否されましたねぇ」


 そりゃそうだよなぁ、そんなに子供っぽいですかぁ……なんて、のほほん話すシルヴィと、レルフ。黙って先を歩くオーリ。

 牧場の道すがらの雑談に、オーリはだいたい加わらない。


 その当時の話をしようか。

 シルヴィは傷ひとつない銀の等級印を持っていた。が、まぁガキだしな。討伐隊に志願してもはねつけられてしまった。

 あの年は連携重視で三年組んでる七人パーティが選ばれ、フリーは一人も通らなかったから、運が悪かったといえば悪かったんだが……。

 等級印があまりに綺麗で、経歴を疑われたと組合で耳にしている。


 あの年の選抜にはラフィーネでの経歴が重視された。

 シルヴィの持っていた等級印は確かに本物で、名も実績も偵察隊に見合うものが登録されていたが、この街での依頼を受けておらず、成績の正確さを疑われちまったわけだ。


 無理もないと思う。

 その当時のシルヴィは十三だ。小柄なオーリより更に小柄で、手荷物もほぼ無いような軽装。確かに登録されているとはいえ、その実力が正しく記載されているのかと疑われるのは当然。


 たった十三歳が銀等級。

 一年ずつ順当に繰り上がって来たにしても、四年かかるはずなのに。

 しかも魔獣が多い樹海近隣ではなく、隣国との境にある交易都市が所在地だった。

 それで結局、この街での実績を積むよう指導されたそうだ。

 この最果ての地は魔獣が多い環境だが、国内全土がそうじゃない。なのに、この戦歴はおかしいだろ? 樹海を離れれば離れるほど魔獣は少ないはずなのに……と、疑われちまったんだな。


「シルヴィはもう銀等級って、どうやってなったの?」

「物心ついた頃から剣を握らない日はないような生活ですね」

「うわ……マジか。もしかしてシルヴィって傭兵団の人? 樹海近隣の出身?」

「そんなものです」


 樹海は一箇所だけじゃない。

 この国にある樹海はひとつきりだがな。

 だから国境を超えて別の国に渡り、実績を積む者もいなくはない。いなくはないが……。

 シルヴィの出自は依然として謎だった。


 冒険者ってのは経歴を問われはしない。名と髪色、眼色、身体的特徴さえ登録すれば等級印を受け取れる。

 その等級印には登録した個人を特定するための記号と番号が彫り込まれており、仕事で死ぬなりした場合は等級印さえ持ち帰れば、どこの誰が死んだか確認できるってな寸法だ。引きちぎるだけで済むように、見える場所に身につけておくことが義務付けられている。


 住居等が登録されていれば、遺品を届けることもするが、これが登録されてんのはもっぱら貴族出の神官騎士や魔術師だな。そしてシルヴィにはこの登録が無かった。

 あん? なんでそんなことまで知ってんのか……だ? 馬鹿野郎。組合員は確認できんだよ。じゃねぇと安心して仕事斡旋なんざできるかって話だろ。


 もちろん、情報の内容に時間的な誤差はある。

 国中では毎年何百人と冒険者が生まれ、死んでんだ。中には全滅で死んだことすら確認されてないやつもいるわけだが、毎年階級ごとのノルマを達成していなければ一つずつ階級が落ちていき、最終的には抹消されるようになっていた。

 また、毎年の成績は王都のギルド本部に年二回集められ、そこで纏められ、更新されていくから、半年ほど待てば正確な、半年前の成績が確認できるようになってるんだよ。

 シルヴィは貴族出身で間違いねぇと思っていた俺たちだが、肝心の生家は登録されちゃいなかった。まぁ、妾腹とかなんやかや、理由を持つ貴族もそれなりにいるから、伏せられていたとしてもおかしくはねぇ。


 その場合どうやってシルヴィの出自を調べるのかっていやぁ……伝手を頼るしかねぇんだよな。

 シルヴィが冒険者としての登録をした都市に俺の伝手は無かった。だがそこ出身の冒険者はこの街にシルヴィ一人きりというわけじゃない。だからそいつらにそれとなく聞いてみたりはしたんだが……。


「あの街は組合所属の斡旋所、ひとつじゃなかったからなぁ……」

「俺ら平民と貴族は利用する店も違ったしな」

「俺のところにゃいなかったぜ。あんなチビいたら目立ってるだろうしな」


 とまぁ。こんな調子だったわけだ。

 おっと。

 話が逸れちまってたな。本筋に戻すか。


 牧場主は三人を快く迎え入れた。

 冒険者ってのは基本荒くれ者の集まりだから嫌厭されがちなんだが、この街では多少違う。シルヴィはとても礼儀正しくお行儀が良いし、レルフも爽やかな好青年だ。オーリはまぁ……金の等級印を腰に下げてるってだけでなんとなく保証にはなる。剣を抜かないと噂される男でも、魔獣を前に命の危機となれば当然抜くだろう。と、そう考えるのが普通だからだな。


「いやぁ、金等級を寄越してくださるなんて有難い」

「オーリさんは僕の指導役なので、警備はともかく討伐には積極的参加は致しません」

「心得ておりますとも」

 まぁだいたいそんなやりとりから始まる。

 

「この辺の農場とか牧場って、変な構造してるなぁ……」

「それも魔獣対策の一環みたいですよ。


 外側に行くほど価値の低い家畜の放牧地になるってアトスさんがおっしゃってました。

 だから農地も、需要以上の量を生産してるって」


「っかぁ〜。もったいない!

 魔獣に食わせたくねええぇぇ」


 レルフの田舎は結構辺鄙な所で、畑を作れる土地も限られる寂れた場所なんだと。

 当然草地も少ないもんで、家畜を飼うのも苦労するって話だ。


「レルフさんは魔獣討伐経験はありますよね」

「そりゃあるよ。無かったら鉄になれてないって」

「そうでした」


 シルヴィは、等級ノルマをまるで理解していないような、抜けたところがありやがる。

 だからこの街にやって来た時も、出しとかなきゃならん等級印を懐に仕舞い込んでやがった。


「つっても俺の故郷近隣だと魔獣討伐の機会ってそうそう恵まれなくってさぁ。

 遭遇率で等級落ちるとやる気削がれるじゃん。それで……」


 とりあえず等級が落ちない金まで上り詰めようと心に決めて、この地に来たそうだ。


「まぁまだまだ遠い夢なんだけどなぁ。

 でも、ここなら討伐数が足りないってことにはならないって聞いたし……」

「……討伐数はともかく、魔獣についての情報収集はしたか」

 それまで黙ったままだったオーリが急にそう問うてきたから、レルフは慌てちまったらしい。

「え、えっと……でかいって聞いてます!」

「どれくらい。種類は、急所は、お前は今まで何種討伐した」

「え? えっと……狸、鼬……狼…………あっ、猿」

「案外種類はこなしてるな。一番でかいやつの大きさは」

「えー……俺の三倍ぐらいの体重のやつ?」

「八倍くらいが平均値だと思え」

「え?」

「魔獣のデカさがだ」

「は?」


 魔獣には縄張りがある。

 デカくて強いやつほど大きな縄張りを持つ。

 また、雄と雌で縄張り意識が異なるらしい。雄の縄張りに雌が踏み込んでも争いにはならないが、雄が踏み込めば死闘になる。負け続けたやつは縄張りを奪われ、行く先々で負け続ければ樹海の外に押し出される。

 ……まぁ、生き残ってりゃの話だけどな。

 どれくらいの数が死んで食われてるのか、俺ら樹海の外のもんには(うかが)い知れねぇ。

 だが、縄張り争いに負けて樹海を追われたやつでも、俺らにとっちゃとんでもねぇ脅威だってことさ。


「…………なにこの足跡……い、猪? このサイズが?」

「のようだな。なら同じルートで来るか」

「ですね。散って警戒はしないほうが良さそうですか」

「そうだな。こいつが食われそうだ」


 こいつと顎をしゃくられたレルフが慄いて一歩身を引く。


「分かってると思うが……家畜を襲ったということは肉の味を知ってるやつだ。

 もちろん人も捕食対象に入るぞ」

「大丈夫。大きくなっても猪は猪ですよ」


 全く動じていない二人を見て、世界が違うと思ったって、レルフは落ち込んだようにボヤいてやがったな。

 だが、誰しも通る道だ。

 ここに来たやつは大抵魔獣のデカさにビビる。

 話を聞き、情報を集めていたとしても、実物を目の当たりにしてみないと分からんということだろ。

 シルヴィも初めてここで見た魔獣には驚いたって言ってたぞと教えてやったら、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 ……まぁ、やつの場合、全くビビりはしなかったそうだがな。

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