一話 最果てという名の街 ④
「もう七十年以上戦が終わらん国だぞ。それ以外何を子に教えるんだ。
殺すことを研ぎ澄まさなければ死ぬのはこっちになる……そういう国だ」
「…………悪かったよ」
まさか本気で本意じゃねぇとは、思ってなかったんだ。
東方の島国出身のこいつは、戦船から放り出され、この大陸に流れ着いたらしい。
野蛮な部族で、年がら年中戦に明け暮れているという話は耳にしたことがあるが、普段のこいつを見ていると、そんな様子は想像できなかった。
呪いを受ける前からこいつは、必要最低限しか武器を握らない男だ。
絡まれようが、馬鹿にされようが、どんな言葉も涼しい顔で受け流す。
そのくせ腹を括った時は躊躇なく、雷撃のような瞬殺の剣を振るう。
決して体格には恵まれておらず、下手すりゃガキや女に間違われるような風貌だ。
けれど剣を握った時のこいつは、鬼神だった。
あんなしごきを日課にしてきた。それがお前の強さの理由かよ……。
「……それに、シルヴィが樹海を諦めない限り、鍛えておいてやるべきだろう……。
生き残るために必要だ。あそこは、過酷すぎる」
三年前、偵察隊の一員として樹海に入ったこいつは、そう言って深く息を吐いた。
行きは順調だった。
しかし帰りに想定外の大群に囲まれ、全滅もあわやという状況に追い込まれ、そこを奇跡的にくぐり抜けて生還した四人のうちの一人。それがオーリだ。
そしてそれ以来こいつは、剣を握れない。
「シルヴィは強いだろ?」
「強いが……あれは、駄目なやつだ」
「なんだその駄目なやつってのは……」
そう言うと、持ってたグラスをカウンターに置いて、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
「自分の命を顧みない強さだ。
防御を捨てなければ勝てない相手を前にしたら、あいつはそうする」
「おいおい……」
「そう仕込まれてる。もちろん生き残るためにそうするんだが、死ななければ仕留められない相手なら、命を使ってそうするんだろう。
……そんなやつを国ではよく見てきた。
捨て駒として育てられた、殺戮武器だよ、あいつは……」
嫌悪もあらわに吐き捨てる。
こいつが国に帰らず大陸に残り続けている理由が、きっとその、国の戦だ。
海に落ち、死んだことになっているなら、死んだままでいたい。
殺すために生き、殺されて終わる人生から、こいつは命懸けで逃れたんだ。
「……あいつ、樹海に挑む理由は、まだ口にしねぇか」
「しない」
「あれも、反応しないまま?」
「しないな……。それが本気で意味が分からん」
胸に手を当て、そう言うオーリ。
そこに収まっているモノは、力を欲する者を誘惑する性質を持つ。
シルヴィが樹海に挑むための強さを求め続け、これだけオーリの近くに身を置いているなら、反応して然るべきだ。
なのに、それが無いらしい。
「んー……いっそのこと、適当な魔剣でも買って与えてみるか?
それが発動しないなら、なんらかの理由がシルヴィにあるんだろ」
反応しない可能性のひとつとして、魔力を持たないのであれば。というのがある。
しかしこれはなかなかに難しい。
「しないと思うか?」
「…………いや、まぁ……するだろうな」
どう考えても貴族階級だろあいつ……。
芋に触ったことがねぇとか、靴紐を蝶々に結べねぇとか、一人で湯浴みすらできねぇとか、一般人なら知ってて当然のことを知らなかったしよ。
貴族は魔力持ちと相場が決まっている。
稀に魔力を持たず生まれる者もいるらしいが、それは生まれた直後に判明しているはずで、貴族として育てられることもないだろう。
そうなると、家の理由などで、望まぬながらも樹海に挑もうとしている……とか?
もしくはオーリの言う通り、樹海に挑むことを目的として、それを盲目的にこなすよう、殺戮武器のように育てられた……?
だが、そうだとすると、なんで? という、疑問しか浮かばねぇ。
貴族が、自分の子息を、樹海に挑み、命を賭して戦うよう育てる理由ってのは、いったいなんだ?
「あー……メレディスがいりゃなぁ」
もしかしたら、社交界等でシルヴィの顔を見たことがあったかもしれない。
そうでなかったとしても、そんな特殊な子供を育てようとする貴族なんざ、ろくなやつじゃねぇだろう。噂のひとつくらい、耳にしてたかもしれん。
オーリのパーティの一員である、飄々とした神官騎士を脳裏に思い描いた。
二年音信不通だが、あいつを疑ったりはしていない。
あれはとても義理堅く、嫉妬深い男なんだ。一度懐に入れると決めたオーリを、簡単に手放すはずがねぇ。
オーリの手にしてしまった呪いを解明する手段を探すため、故郷へと帰ったメレディス。まぁ十中八九、実家で跡目争いに巻き込まれているんだろう。
「……まぁ、お前のアレ問題は別としてな……。
シルヴィに魔剣を与えるってのは、考えておく方が良いんじゃないか?」
あいつの樹海偵察隊に選ばれる確率と、樹海での生存率を上げるためには、二つの手段がある。
ひとつは、あいつの等級を金にすること。
もうひとつが、魔剣を持つことだ。
魔剣というのは、自身の魔力を媒体として切れ味が増すよう、魔術的な細工を施された剣のこと。
まぁ、剣以外にも槍や斧等あるんだが……もっぱら多いのは剣だからな。
魔剣と言っても性能はピンからキリまである。
ちょっと切れ味が増す程度なら、手が出ないほどではない……。それでも並の剣の数十倍の金額で取引されているのは、魔剣ってのはもうほぼ製造ができねぇ、消耗していくだけの古美術品だからだ。
家の一軒くらい買える法外な値段なんだが、こいつならばそれをシルヴィに与える伝手ないし名声を持っている。
だがそう言うと、オーリはまた表情を曇らせた。
魔剣ってのは……諸刃の剣なんだ……。
あれは、ただ魔力を使い、切れ味を上げる性能を持つ武器じゃない。
あれは『代償を支払うことで切れ味が増す』という法則を織り込まれた、一種の呪いの品だ。
基本的には、使用者の持つ魔力を代償にするものがほとんど。ある程度使って魔力が切れれば、なまくらになる。また魔力が回復すれば復活する。
だが魔剣の中には……キチガイが作ったとしか思えねぇ、えげつないもんが、たまに存在する。
一度魔剣を使うと、その切れ味に魅了される……。もっと良いものが欲しいと考えるようになる。
そして最後には、そんなえげつない代償を要求するような魔剣に手を出すのでは……?
ただひたすら、盲目的に強さを求めているシルヴィは、そうなってしまうのでは……?
オーリは、それを心配しているんだろう。
「シルヴィがそういう誘惑に取り憑かれるとは、思えねぇけどなぁ」
道具に縋る強さを、あいつは求めてねぇ。
それで解決すんなら、オーリに押しかけてまで、弟子入りなんざしねぇよ。
剣を握らない剣士に学ぼうとするあいつが求めてんのは、そういうのじゃねぇんだ。