一話 最果てという名の街 ③
居着きのオリフィエルは腰抜けだと思われている。
まぁ、金等級剣士のくせに剣を握らんし、街も出ねぇじゃ、討伐依頼なんざ受けられるはずもない。
実際オーリは討伐依頼をここ三年こなしていない。
やるのはもっぱら街中の仕事で、貴人の護衛や用心棒まがいのものばかりだ。
そしてそんな男に一年前弟子入りしたシルヴィも、当然討伐依頼は受けていない。オーリと同じ仕事を受け、二人できっちりこなしている。
つまり、腰抜けに弟子入りした腰抜けってんで、いい笑い物になってるってわけだな。
だから、郊外とはいえ街中に魔獣が出る。それを追っ払ってくれって依頼を、俺は警備依頼から討伐依頼に変更させた。オーリはともかく、シルヴィには必要なことだったんだ。
オーリには狩れないが、シルヴィなら魔獣を狩れる。何より金等級未満は、魔獣討伐ノルマがあっから狩らなきゃならん。
牧場警備は基本的に夜間の仕事だ。日中は魔獣の活動がぐっと下火になる。
魔獣らの視力はあまり良くないらしく、光を嫌がる奴が大半だ。当然暗がりを好んでおり、夜行性が多い。
樹海の中は例外。あそこは昼間でもランタンが必要なほどに暗い。樹海は魔獣にとって理想郷。不夜城なんだ。
それでまぁ、討伐任務の冒険者ってのは日中ゴロゴロ寝て過ごしたり、もしくは他の小遣い稼ぎをする。
「アトスさん、イェシカさん、おはようございます」
「おはよう!」
「おはようさん」
「水汲み行ってきますね……あれ、桶……?」
早朝というのににこやかにやって来たシルヴィは、所定の場所に桶が無く、こてんと首を傾げた。そこで丁度勝手口が開き、桶を二つ引っ提げたレルフが入ってくる。
「レルフさん、おはようございます」
「銀等級! お、おはようございます!」
「シルヴィで良いですよ」
「シルヴィ、今日からこいつも仕込みのバイトに入っから、お前は芋の皮むぎからな」
「はい、分かりました」
そのやり取りに、唖然と口を半開きにするレルフ。
「えっ、銀等級が、バイト⁉︎」
「依頼だけでは少々生活が心許ないもので」
なんでもないみたいににこやかに答えるシルヴィに、レルフは目を白黒させてやがる。
討伐依頼を受けて街を出ないシルヴィは、当然身入りの良い仕事にはありつけない。
そのうえ報酬の七割をオーリに渡してる。
銀等級の報酬を得ていても、手に入る収入はレルフと大差ない。
その上十四歳は食い盛り。食べるにも量が必要なんだよな。
だから、空き時間に仕込みのバイトをすりゃ、給金も払うし賄いをつけるぞと誘ったら、飛びついてきた。
……ま、気に入ってんだよ。俺も、こいつを。
ここに来た当初は、芋を触ったこともねぇってなお坊ちゃんぶりを発揮してたシルヴィだが、もう小刀をすいすいと動かし綺麗に薄く皮を剥く。
何を教えてもこいつは、嫌な顔ひとつしないでそれをこなした。
銀等級っつう、冒険者としては一流と認められる実力をひけらかしもしねぇで、下っ端の見習いみたいなことも、意に介さねぇ。
「レルフー、それ終わったら次は便所掃除な」
「えええぇぇぇ……」
「僕が行きましょうか、皮剥きそろそろ終わります」
「やっ、それはダメでしょ⁉︎
やります、やらせてください、行ってきます!」
ま、銀等級に便所掃除させてたのはうちくらいだろうよ……。
「芋と卵は茹でてくれ。次、豆な。
イェシカはスープ頼むわ」
「はい」
「はいよー」
ハサミを握り、せっせと枝豆のさやの両端を切っていくシルヴィ。それが終われば蒸した芋をひたすら潰す。その横で娘はでかい鍋をかき回す。
そうやって下準備を延々と続けた。
便所掃除から帰ったレルフは水浴びに行かせて、その間に賄いも作り終えた俺たちは、四人で食卓につく。
感激するレルフにさっさと食えとパンを渡し、食い終わったら俺と娘は、泊まり客の朝食準備だ。
シルヴィは使い終わった食器を流し台に運び、さっと洗ってから。
「それではまた昼に」
「おう、ご苦労さん」
「シルヴィさん、これから仮眠ですか?」
夜に備えるにしたって早い就寝を疑問に思ったのか、そう聞いたレルフ。
それに振り返ったシルヴィは、どことなく嬉しそうに、目元を細めた。
「シルヴィで良いですよ。
いえ、僕はこれから、オーリさんに稽古をつけてもらうので……」
大体なんでも淡々とこなすシルヴィが、これだけは、どこか嬉しそうにするんだよな。
それはオーリも承知してるんだろう。
だから、剣を握らない約束はそのままだが、シルヴィの稽古には付き合ってやってる。
「金等級の稽古⁉︎」
目を輝かせるもんだからよ……。
「…………見る分にはいいんじゃねぇ?」
そう言うと、急いで食事の残りを口に詰め込むレルフ。
「へ、へんはふはへへふははい」
「慌てなくても大丈夫よ。オーリさんこれから朝食だし」
必死のレルフに娘が笑って言うと、レルフは口に詰め込んだもんをなんとか飲み込んで……。
「じゃ、それまで何を……?」
「基礎鍛錬です」
「なら俺も付き合います!」
コミュ力たっかいなレルフ。
パーティ持ちでもないのにやって来れてんのは、その人懐っこさゆえなんだろう。
食器は流しに置いてって良いぞと言い、背を見送った。
まぁつまり……シルヴィもレルフも、良い子だってことなんだよなぁ……。
「やだねぇ……」
そんな若い命が、もしかしたら近く散るかもしれねぇってのが。
実際、いつ起こってもおかしくねぇんだよな、スタンピードは。
伝えられていることによると、まず魔獣が樹海の中で徒党を組み出す。次にそいつらが樹海からはみ出し始めて、何かをきっかけに大量に雪崩出てくるという。
しかし三百五十年前のその記録は、スタンピードの後に書き残されたもので、実際の記録じゃねぇ。
世の中にゃ、盛りに盛って膨らませてある与太話じゃねぇかって笑うやつらもいるそうだ。
はっ。
与太じゃねぇってことくらいは、ここにいりゃ分かるんだがな。
年々増える目撃例と、魔獣の討伐数と、犠牲者の数。
スタンピードが起これば、最前線に立つのは確実に冒険者だ。
そして大多数が命を散らすことになる。
だからそうしないために……オーリはシルヴィに稽古をつけてるんだろう。
押しかけ弟子でも、一年一緒に過ごせば情が移る。当然のことだ。
悶々と考えながら朝食の準備を進めていると、一番早くにオーリがやって来た。
娘の挨拶にボソリと返事を返し、席に着く。
客が増える前にさっさと食事を済ませ、中庭でシルヴィを鍛えてやるのが、ここ最近の日課だ。
本当はこいつもとっくに起きていて、シルヴィが賄い作りをしている間に体を動かし、肉体維持に努めている。いつか訪れるであろう、その日のために。
「おはようさん」
「あぁ、いつもの……」
「はいよ。……今日はレルフも見学らしいぞ」
「フザケンナ。誰が稽古なんか付き合うか」
「いい加減、悪あがきだって気づこうぜオーリちゃぁん」
そう言うと娘がクスクス笑い、オーリは朝っぱらからふっかい溝を眉間に刻み、ボソボソと「好き好んでやってない」と、言葉を続けた。こいつは本人の前でもそれを言いやがるんだ。
「お前、それ言うのヤメロ。あの子じゃなかったらとっくに逃げ出してんぞ」
ツンも大概にしろ。どこまで待てばデレが来るんだ。
可愛くってしょうがねぇんだろうがよ。つい構っちゃうくらいになってんだよな?
なのに毎日毎日、完膚なきまでにしごきやがってよ。
レルフが虐待って泣いて訴えてきたら俺は納得させる自信ねぇぞ。
「お父さん、それじゃ私、パン受け取りに行ってくるから」
「おう、頼むわ」
発注してる朝食用のパンをを受け取りに行く娘を見送って、もう充分離れたろうと思えるまで待ってから、俺はまた口を開いた。
「……身体も育ちきってねぇ十四歳にさせるしごきじゃねぇって分かってんのか?」
娘にゃ聞かせられん。また子供絡みのことに絡んでるって文句言われちまう。
「あいつが望むんだから仕方ないだろう……。
俺と同じ経験を積みたい。それに意味があるかもしれないって言うんだ」
そう言ったオーリの表情があまりに苦しげだったんで、俺も攻撃の手を緩めることにした……。
「なんだそりゃ……初耳だ。
お前の一族あんなしごき日課にしてんのか?」