一話 最果てという名の街 ②
この最果ての街の人口は、年々増え続けてる。
それは約二十年前、五年に一度国が派遣していた樹海偵察隊が、徒党を組んだ魔獣に遭遇したという報告を正式発表してからだ。
それにより、五年ごとに送られていた偵察隊は、二年ごとの派遣と期間を短縮された。そうしてこの街には、森から溢れる魔獣を討伐するための冒険者が集まり出した……。
魔獣は本来単体行動が基本。
だが大災厄の予兆として、樹海で徒党を組み始めることが知られている。
謎が多いこの大災厄の、数少ない情報のひとつがそれだ。
今から数百年前にも、この地には魔獣が溢れた。
魔獣大流出という、大災厄だ。
伝承によれば、これは三百五十年前後に一度の周期で繰り返されていることであるらしい。
樹海は魔獣の住処。その奥の山脈には、魔獣の国があるとか、ありとあらゆる魔獣を生み出す女王がいるとか、はたまた森の獣が魔素を吸って魔獣になるため、その魔素が湧く泉があるだとか言われているが、実際どれが真実なのか、はたまた、この噂の中に真実があるのかどうかも定かじゃねぇ。
ただ分かっているのは、魔獣が樹海で徒党を組み始めたら、スタンピードは必ず起こる。魔獣はいつか森から溢れだして人の世を侵す。
そしてそれを避ける術を、人は未だ持ち合わせていないってことだ。
だから、気合いで対処するしかない。
溢れた魔獣は、冒険者や騎士団が、必死こいて狩るしかねぇ。
魔獣が、国中に散らばる前に、それを抑え込めるだけの戦力を、この最果ての街に集める。
ここで止めなきゃ、国中が魔獣に食い荒らされちまう。
だから大金と名誉をちらつかせて、偵察隊の志願者を募集し、ここに戦力となる冒険者や傭兵を集め、有事の際の防波堤にする。
ここは、そういう街だった……。
◆
俺の見せた依頼書を、この若造はちゃんと読めた。
まぁ冒険者やってくなら読み書き計算は必須技能だがな。フリーなら尚のこと必要だろう。
「牧場警備。魔獣って、樹海からの魔獣ですか?
もう、魔獣が溢れ始めてるってことなんですかね」
依頼書を見て問う若造の言葉に、いんや違うと、俺は首を横に振った。
「複数とは聞いてねぇ。だから普通に樹海から出てきたやつだろ。
樹海に近いったって、全部スタンピード絡みと思うなよ。
けど、どんな魔獣だろうが、この地域なら狩れば国からも討伐料が支払われる。
つまり、警備の報酬・討伐の追加報酬に加え、国からも討伐料がせしめられるってわけだ。お得な仕事だろ?」
そう前置きして、顔合わせのために呼んだ二人に視線を向けた。
「そんなわけだから、頼むわ」
「……チッ」
すっげぇ嫌そうな顔しやがったなをぃ……。
顔を背けて舌打ちしたオーリに、文句あんならお前を仕事から外すぞと言うと、渋々ながら顔がこちらを向く。
むすっと不貞腐れたように口元を歪めたオーリとは対照的に、シルヴィは柔和な笑みを浮かべ、スッと右手を差し出した。
「シルヴェリオです。シルヴィとでも呼んでください。
こっちは僕の師、オーリさんです」
オリフィエルと紹介しなかったのは、噂の人物であることを誤魔化すためだ。
「よろしく。俺はレルフ」
「よろしくお願いします。この依頼、受けているのは僕で、師は僕の指導と補佐のため同行します。
なので、師を戦力としては数えないでください」
不思議なことを口にするシルヴィに、レルフが首を傾げ、次に瞳を見開いた。
視線の先にあるのは、腰の剣帯。そこにぶら下がる等級印。
「……銀等級……」
「はい、銀です」
絶句したね。まぁするね。どう見たって自分より年下のガキがはるか上の等級ってんだから……。
「えっ、ど……どうやって?」
「そういった家系の出です」
当然のように笑って言うシルヴィ。
まぁ、そうふるまえと助言したのは俺だけどな。
確かに、傭兵団なんかの出身なら、幼くから経験を積んでる者もいたりする。
それでも。
十四というシルヴィの歳で銀というのは、にこやかに笑ってられるような経歴じゃねぇ。
どんだけ殺伐とした人生送ってきてんだよって話なんだ。
「牧場は広いからな。一人とお目付役じゃカバーしきれねぇだろ。
だから気を利かせてやった俺の采配に文句言うな」
「どう見たって新参者じゃないか……」
「はぁん? 俺の目利きが信頼できねぇのかよ?」
「アトスさんの人を見る目は信頼しています」
「だよなっ。……オーリ、その顔ヤメロ」
この街に慣れたやつは、お前らとは組まねぇ。だからオーリの噂が耳に入る前のやつ選ぶしかないって分かれ馬鹿野郎が。
口パクで言い聞かせてやろうと思っていたところに、レルフが震える声を絞り出す。
「……あの…………お、オーリさんの等級印……」
……出しとかなきゃならない決まりとはいえめんどくせぇよなぁ……。
帯剣なんざしていないオーリでも、ベルトに等級印はぶら下げてる。
「見ての通り金だがよ、こいつは戦力外。
金が出張っちゃシルヴィの修行にならんからな」
ま。これも俺のでっち上げた言い訳だが。
「でもこの子もう銀でしょう⁉︎」
修行必要ですか⁉︎ と、レルフ。
だがその言葉に返事を返したのは、意外にもオーリだった。
「銀はフリーで樹海に入れる最低条件だ」
ボソリとそう言うと、レルフは押し黙る。
シルヴィが自分と同じく樹海を目指していて、圧倒的に自分より先を歩いている存在だって理解したからだ。
そして言葉の足りないオーリの印象悪化を避けるため、続きは俺が奪い取る。
「さっきも言ったが、もう銀だって最低条件でしかねぇくらい、樹海は危険になってんだ。
だから偵察隊に選ばれるためには銀以上を求めなきゃならん。
こいつは見ての通りガキだからよ、ただ銀ってだけじゃ弾かれる可能性が高いんだよ。
確実に偵察隊に入りたきゃ、魔剣持ちになるか、金への昇格しかねぇ。そのために精力的に依頼をこなしてるってこった」
通常銀や金の等級持ちは、おいそれと雇える金額にはならない。
牧場警備なんざ、本来鉄や、場合によっちゃ錫を複数人集めてやらせるような仕事だ。その等級なら纏めて一日金貨一枚で済むが、銀を雇えば一人でそれくらい掛かっちまう。金ならさらにその三倍は固い。
本当は鉄や錫を五人以上と言っていた牧場の親父を、警備じゃなく討伐に変更しろと説得したのも俺だった。
終わりのない牧場警備に毎日金貨一枚注ぎ込むのと、信頼できる銀以上を少数雇って数日でカタをつけるの、どっちがいい? ってよ。
「お、俺……まだ鉄ですが、この仕事をこなせば銅になります。
なので、あ、足手まといにはならないよう、頑張りますので、よろしくお願いします!」
急にかしこまって頭を下げるレルフ。
俺がこいつらと仕事をしろって繋げた理由を都合良くとらえたのだろう。
まぁ、金等級の仕事を間近で見れるってのは確かに得難い経験だ。
とくにそれが指導者としてと言うなら、絶好の機会。シルヴィの受けるであろう学びを、横から盗み見ることができるんだからな。
「親父さんのメンツ潰すようなことないよう、精一杯、頑張ります!」
「おう、そうしてくれや」
頬を紅潮させてやる気を見せるレルフにニカっと笑ってそう言ったが……まぁ、そこまで考えてたんじゃねぇんだけどなと、内心では溢していた。
お前がこいつらのこと知らないからってのが主な理由ですまねぇな……。