この部屋の中を絶対に覗いてはダメじゃよ!
じっと真っ直ぐに鶴子の目を見据えて、真剣な声音でそう告げるおじいさんとおばあさん。
「あっ……はい……」
自分の言うべき台詞を横取りされたような形になり、内心非常に戸惑っていた鶴子でしたが、恩人である二人の言葉に仕方なく頷くしかありません。夜遅くになるとおじいさんとおばあさんが寝静まっているはずの部屋から、何とも言えない奇妙な音が聴こえ始めて、彼女はハッと目を醒ましました。
パァンッ! パァンッ! パァンッ!
(えっ……嘘でしょ……隣の部屋に私が寝ているというのに大胆にも程があるわ……それにおじいさんもおばあさんも、もうすぐ米寿を迎えるとおっしゃっていたはず……私たち鶴なら80代なんてまだまだ子供だけど……)
何かと何かが時に激しく、時に穏やかにぶつかり合うような、ねっとりとした淫靡な音が、強弱を繰り返しながら延々と鳴り響いたあと、急に水を打ったような静寂が広がりました。
正確には、ポトッ、ポトッ、ポトッ……パラッ、パラッ、パラッ……という何かが宙を舞い落ちるような微かな音だけが彼女の耳に届いていました。
未だに激しく打つ自分の心臓を深呼吸で鎮め、なんとか冴えてしまった目を強引に閉じて再び眠りに就こうとする鶴子でしたが……。
カシャァァァァ!! ゴォオオオオオ!! パチパチパチパチ!!
(えええええ!? 今度は何の音!? 人間同士の営みだとこんな轟音が発生するのが普通なの!? 障子一枚隔てた隣の部屋で、一体どんな特殊なプレイが……甘美な夜の饗宴が繰り広げられているというのですか!?)
結局、めくるめく刺激的な妄想が頭の中を駆け巡り、日が昇るまで鶴子は寝不足の眼を充血させたまま一睡もできませんでしたが、何とか自制心を保ち、二人の言いつけを守り、部屋を覗くことだけは堪えてみせました。
朝食に用意された本格的な窯焼きピザを目にして、ようやく自分の大きな勘違いに気付き、真っ白な頬を赤らめた鶴子。ちなみにピザは一口食べただけで思わず鶴に戻ってしまうほど最高に美味しかったそうです。
鶴子は、おじいさんとおばあさんの養子となり、後に一子相伝のピザのレシピと技術を二人から伝授され、立派なピザ職人になったとさ。
めでたし、めでたし。