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【黒髪の俺と茶髪の君】

 俺たちが住むこの国、つまりラドクリフ王国は首都に向かえば向かうほどに住民の髪の毛の色がカラフルになる。普遍的な髪色は黒や金、茶で、ピンクだとか青だとか美しい色合いは好まれる傾向にある。人々は見慣れている色より珍しい髪の色を好むのだ。


 ただたまに一般的な色のほうが好きだという人もいる。大抵の場合はそれは派手色の髪の人で、理由は髪の色をたまにからかわれたり、単純にその色が好きだったりなど多岐に別れる。俺はちなみに特にこだわりはない。


 俺の従姉妹も俺と同じく黒髪であり、従姉妹もまた特にこだわりはないほうであったが、従姉妹は結婚したことにより配偶者の髪の色が一番好きになったのだそうだ。幼い頃はお互いに髪の色に執着はないと言っていたのに恋は人を変えるものなのか……としみじみと感じたことを覚えている。俺はそうはならないだろうな、と漠然と考えたことも。


 にも関わらず、今の俺は茶髪を見るたびにリリアンを連想している。髪の色など全く気にしていなかったこの俺が。余りにも珍しかったのか、両親や弟に心配されてしまった。確かにこういった精神状態は初めてだ。だけど悪くはない。


このどことなくふわふわとしている俺はリリアンに会いたいのに全く会えない状況が続いた。不幸である。俺の家に招く約束を取り付けても相手の馬車が壊れてしまったり、土砂降りの雨が降ってしまったりとどうしようもない理由で中断する運びになった。


 だが今日こそはリリアンに会うことができる。今日は王家主催の舞踏会だ。ちょっとやそっとのことでは中止にはできまい。俺は普段は嬉しくない舞踏会に感謝した。ウィンザー邸の前に馬車がとまって、リリアンを馬車の中にエスコートした。



「リリアン嬢!こんばんは……その、贈ったドレスを着てくれてありがとう。とても、似合っている」

「ホワード侯爵、ありがとうございます。ドレスがとてもすてきで着こなせるか自信がありませんでしたが……良かったです」



 リリアンは事前にカナリーイエローを基調としたホワイトのレースをあしらったものを贈った。流行と逸れずにリリアンにあうものをとかなり考えて注文をした。担当者に贈る方のことを想っていらっしゃるんですね、と言われて慌てて否定したが心のなかでは否定しきれなかった。


 軽く雑談をして会場に着いた。そこまで積極的には参加しない舞踏会だが、リリアンと初めて参加するものだ。気合いをいれて会場に入場した。

 付き合いがある貴族たちにリリアンを婚約者だということをあいさつして回った。途中で小休憩を挟んだり、友人のロニーに会ったりしてあいさつを終えた。


 あいさつしていると長続きすればいいねとかどうせまた結婚できないんでしょ、という嫌みを交えられたが、お前だってほぼ別居中で同じようなもんだろといった嫌みを返した。こんなことをしているから俺は親しい友人が少ないんだと心のなかで頭を抱える。情けない。

 リリアンを連れ回して疲れさせてしまったろうから、俺は飲み物を取りに行った。俺はこの判断を後悔することになる。



「あなた良かったですわね、ホワード様と婚約ができて。男爵の娘だったくせに子爵に登りつめて」

「幸運ですのに次期侯爵で手を打たれて……もっと素晴らしい家柄の方と結婚なさるかと思ってましたから」

「お次はどんな幸運を見せてくれるのか楽しみですわ」



 リリアンの周りにご令嬢が数人いて遠目には仲良さげに話しているように見えた。邪魔をしては悪いかなと考えてながら近づくと眉を寄せたくなる会話が聞こえてきた。俺が近づいたとわかったご令嬢たちはさっさと散った。逃げ足が速い。込み上げてきた怒りをため息とともに吐き出して精神統一を図った。


 無理だった。リリアンは失礼な発言に対して笑顔で対応していた。今まで表情に気持ちが出やすかったリリアンが悪口を真正面から言われて笑顔でいられるのは、きっと言われ慣れてるのがあるのかもしれない。



「……ホワード様」

「リリアン嬢、テラスに行かないか」



 俺たちはテラスに移動した。人気もあまりなくて二人で話してても周りにバレなさそうな場所だ。リリアン嬢は静かに笑みを浮かべていた。



「すまない。知ってるかもしれないが俺は、今まで婚約破棄を四回繰り返しているからうわさの的にされやすい。それが君にも向かってしまったのだと思う。不快な思いをさせてしまってすまなかった」

「いえ、きっとそれもあるかもしれませんが……前からこうですから」

「そうか……まあ、一部は君の幸運を妬んだただのやっかみなんだろう。気にしないほうがいい」


「……私は幸運なんかじゃありません」

「え?」

「……皆私のことを幸運だと言ってああやって嘲笑される。私は今まで幸運だと思ったことはないのに」



リリアンは箍が外れたように話し始めた。



「私が生き残ったとき、私の目の前で家族が全員死んでいきました。野盗の下卑た笑い声、血の臭いがいまだに忘れられない」

「私が病に侵されたとき、私のことを熱心に看病してくれた仲の良かったメイドは私の病が移って死んでしまった」

「買い物なんて、養父がほしかったものが残っていただけで私は全然興味なんてなかった」

「……ずっとこんな人生です。ホワード様も私のことを幸運って言いますけど」


「これのどこが幸運なんでしょうか」




 衝撃だった。今まで俺はリリアンの一部分を見てずっと羨ましがっていた。きっとそれはただの側面でしかなくて、リリアンにとっては幸運とはまるで違ったものなのだろう。

 自分の受け取り方と相手の受け取り方は同じではない可能性もあるのに、自分と相手が同一の受け止め方をすると自動的に考えていた。考えがズレすぎるとそれは鋭角となるのかもしれない。


 リリアンは俯いていた。俺はぶつけられた言葉の重みを噛んで噛み砕いてなんとか咀嚼しようともがいていた。リリアンの言葉は怨恨のようで苦しくて重たくてつらくて、何より深く悲しんでいるようにも感じられて。そう思いたいだけなのかもしれない。



「リリアン嬢……」

「……ごめんなさい、もう必要以上に私たちは会わないほうがいいんだと思います……じゃあ、戻りましょう」



俺は気づいたら会場に戻ろうとするリリアン嬢の腕を掴んでいた。



「……ホワード様?」

「あっ、すまない。手がとっさに……その」

「……はい」

「苦しんでると知らずに傷つけていてすまなかった。俺はリリアン嬢のことが羨ましくて彼女たちと同じことをしていた」

「……」

「言われなければわからなかった、もしかしたらこれからも気づかずに傷つけることがあるかもしれない。だから今度から嫌だと思ったら教えてほしい。俺はリリアン嬢のことを大切にしたいから」

「ホワード様……」



 俺は真剣にリリアンに訴えた。リリアンの瞳は揺れていて、俺たちの周りだけ時が止まったかのように感じる。リリアンは顔を上げて俺を見た。



「私たちは親に決められた婚約を交わしてるだけに過ぎないのに」

「そうだな。それでも俺はリリアン嬢のことをもっと知りたいし、俺のことも知ってほしい」

「私は幸運な人間なんかじゃないし、悪口だって受け流すのも下手で貴族になんか到底向いてない人間じゃないし、大きい馬車に乗れないし……」

「うん、知ってる」

「私甘えん坊で全然いい子じゃない……」

「そうなのか?もっと君のことを教えてくれ」

「私、私……」

「うん……」

「今まで誰にも言えなくて……」



 リリアンは両手で自分の顔を覆って大粒の涙をこぼし始めた。俺はリリアンの肩をそっと掴んで引き寄せた。夜空の星々は瞬いて俺たちを見守っていた。


 俺はリリアンが泣いたあとの充血がひくのを待ってからリリアンをダンスに誘った。俺たちはお互いしか見えていなくて、夢中で何曲も踊った。ダンスを満足したあとにロニーはニヤニヤしながら近づいてきて楽しそうだねえ、なんて言ってきたが、俺は珍しく楽しいぞ、なんて返してロニーをぽかんとさせることに成功した。

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