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【彼女の過去】

 今日はリリアンが埋め合わせをしてくれる日だ。そわそわしながら身支度を整えた。なんだか空も晴れやかである。馬車でウィンザー邸に着くとリリアンが出迎えてくれた。心なしかリリアンの周辺の空気が柔らかいように思える。


 客間に通され、高級な茶葉の紅茶とパティシエが腕によりをかけたのだろうスイーツが所狭しと並べられた。この茶葉のこの風味が好きでとかウィンザー家お抱えのパティシエは腕が良いだとか、中でも特にタルトが絶品なんだとか。いろいろと話を聞かせてくれた。俺はそれに毎度相槌を打って頭の中でリリアンのプロフィールを埋めていた。


 リリアンの言うとおりにスイーツはとても美味しかったしタルトは特に絶品だった。それをリリアンに告げると春のひだまりのような笑顔でそうでしょう、と少し自慢げに返された。その笑顔は今まで見てきた緊張して固くなっていた顔とは全く違って、今までの婚約者たちとは違って仲良くなれたのだろうと思えて心が浮き立った。リリアンがティーカップをソーサーに置くと真面目な顔をして口を開いた。



「私が広い馬車が駄目なのは、ご存じかもしれませんが小さい頃に家族と一緒にいたときに襲われたのが原因で……」



 リリアンはカップの中の紅茶を見ながら手でドレスを掴んでいるのか手のほうにシワが集中していた。俺もカップを置いて真面目な顔をしてリリアンを見た。



「私と父と母、兄と姉が乗っていた大きめの特注の馬車だったんです。人気の少ない道で盗賊に襲われて……」

「今と比べると護衛も少なかったんですよね。大きい馬車ってなかなかありませんから。馬車に比重が寄ってしまったんです」

「襲われたとき私は家族に守ってもらいました。他の貴族の方が近くを通らなければ私まで死んでたんだと思います……だから大きい馬車が苦手なんです。お伝え出来ずにすみません」

「いや、言いにくいことを話してくれてありがとう。今度からは二人乗りの馬車に乗ろう」

「お気遣いいただいてありがとうございます」

「いや……」



 俺は紅茶を飲み、リリアンの話を噛みしめていた。いくら不幸続きの俺でも家族の死は体験したことはない。体験したことがない悲しみについて下手に何か言うべきではないというのが俺の考えだ。なので黙っていた。

 ウィンザー家のメイドが沈黙に耐えかねるかのように紅茶のおかわりを尋ねてきた。おかわりをもらう。


 俺がその立場になればどうしたろう。俺の家族構成は両親と俺、そして弟だ。弟は最近変に大人びているが小さい頃は大層かわいかった。俺も弟を守ろうとするかもしれない、とあまり意味のない思考をした。


 今までの婚約者とはここまで踏み込んだ話はしなかった。する前に婚約破棄になったり、ドライな関係性だったからだ。改めて結婚するということは相手について知り、受け止めていくことが必要なんだと思った。

 全くお互いに関与しない冷めた夫婦も貴族にはいるが、俺は恋人までとはいかなくても親しい友人であることは貴族社会を生き抜いていくうえで必要だと考えている。親しければ情報交換もスムーズだし、頼みごとも容易だ。子どもの教育だって冷え切っているより多少温かい雰囲気のほうが良いだろう。ただの持論ではあるが。


俺はリリアンとの婚約を実感してきていた。今まではどうせまた破棄することになると遠巻きに考えていたが、リリアンとの結婚についていろいろと考えるようになっている自分がいる。それにリリアンが話しているときに悲しげな顔を見て、そんな顔はしないでほしいと思う自分がいた。悲しい顔よりも笑っているほうがよっぽどいい。そう思う自分さえいた。


 少ししてからリリアンは読書が好きだと知って、俺が読書好きなのもあって話が弾んだ。時間もあっという間にすぎたとき、ウィンザー家の当主、つまりリリアンの養父が顔を出しに来た。



「こんにちは、ウィンザー子爵。お邪魔しています」

「晩餐会では申し訳ありませんでした。今日も顔を出せずに申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず」

「この子の広い馬車が苦手なのは私どもでは当たり前だったものですから、いやでもこの子は幸運ですよ。一人だけ生き残れたのですから奇跡的ですね」



 なんだか話の風向きが変わってきたようで俺は訝しみつつ相槌を打った。



「そうですね」

「この子はそれだけじゃないんですよ。小さいときに治るかどうかわからない病気にかかっても治っていますしね。買い物のときもこの子がいたら偶然ほしいものが運良く残っていて買えたりしますし……幸運でしょう、この子は凄いんですよ」



 その後もウィンザー子爵はリリアンの幸運さを熱弁していた。当のリリアンは何を考えているのかわからない表情だった。リリアンの幸運さは事前に聞いていたものや初めて聞いたものがあって、晩餐会の直前に熱を出したり欲しいものは自分の前に売り切れて買えなかったりする不幸な自分とは全く違って羨ましいと素直に思った。だから口に出したのだ、羨ましいと。



「それはとても……羨ましいですね」



 ウィンザー子爵は嬉しそうにうんうんと頷いていたが、リリアンは明らかに表情を失くしていた。おや、と思ったときにはリリアンは今までと違うほほ笑みを浮かべていた。


 そろそろ帰りましょうか、となって馬車に乗り込んだ。窓の外は行きと違って曇り空だったが、俺は一筋の光が差し込んでいるように思えた。見送ってくれたリリアンにまた会いたいと思ったからだ。口元が緩みながら馬車の外を眺めた。


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