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【少しだけ近づく距離】

 リリアンは、現在のウィンザー家に養子として迎え入れられる前はリリアン・デューという名字であった。デュー家は貴族にしては珍しく家族仲が良いことで有名だった。しかし、今はその仲の良さが話にあがることはない。仲の良いデュー家はもう存在しないからだ。

 昔、デュー家が馬車に乗って出掛けていたときに野盗に襲われる。幸運にもリリアンは両親や兄妹にうまく匿われて見逃された。その後、デュー家はリリアンの叔父が継承し、リリアンはリリアンの伯母が嫁いだウィンザー家に引き取られることになった。それが現在のリリアン・ウィンザーである。


 今日はリリアンと二人で晩餐会に出掛ける日だ。晩餐会に行く以外の目的にお互いを理解することが最大の目的だった。親睦を深めないと対外的にも対内的にもまずい。

 仲が良いということをアピールして婚約が順調であることを印象に持ってもらわないとただでさえ社交界の笑い者になりつつあるのにさらに笑い者化が進むだろう。

 そして両親にも順調なのだというアピールをしないと心配をもっと募らせるかもしれない。いや、しれないではなく募らせるだろう。夕食時に明らかにリリアンとの関係への質問が増えてきている。答えられるほど親しくないので困る。

 なので招かれた晩餐会に一緒に行く約束を取り付けたのだ。親しくなることは俺にとってメリットになる。


 そんなことをつらつらと考えていると乗っている馬車がウィンザー家に着いた。リリアンは支度を終えていたのだろう、こちらが着いたと同時に家から出てきた。

 事前に俺が贈っていたネックレスを着けているのを見てつけられる程度に気に入ってくれたようでホッとした。何番目かの婚約者は何を贈っても身につけなかったのを見てアクセサリー選びには全く自信がなかったのだ。

 ちなみに贈ったのはピンクサファイアを中心とした小ぶりのダイヤが連なるものだ。前回見た庭園での薔薇が印象に残っているから今回のアクセサリーを業者に作らせたのを贈った。今日はなんだか服装やメイクから気合が入っているようにも見えた。



「やあ、リリアン嬢。その……今日はいい天気だな」

「ごきげんよう、ホワード様。いい天気ですね」



 婚約を五回しているからといって婚約者を褒めることに慣れる訳ではないということを知ってほしい。気恥ずかしさや褒められない自分が情けなくて顔が赤くなる。顔が赤くなるのを隠そうとして車窓のほうを見た。

 しばらく顔から血がひくのを待った。顔から赤みが消えて心の余裕ができると、窓にリリアンの体が映っているのに気づいた。リリアンは顔を青くしているように見える。

 慌ててリリアンの方を見た。急に振り向いたのに驚いてリリアンはビクッとしてこちらを見た。やはり顔が少し青く、手が震えているようにも見えた。



「リリアン嬢?顔が青いようだが、手だって震えて」

「すみません……」

「馬車が苦手なのか?」

「はい……でも大丈夫です。乗っていられます。少し大きい馬車が苦手なだけなので」

「苦手なら馬車から降りるか、ちょうど着いたから」



 そう、馬車は目的地である辺境伯領についた。数少ない友人は辺境伯で友人に晩餐会に誘われていたのだ。辺境伯の使用人に空いている部屋をあてがってもらって少し休ませてもらうことにした。

 こういうとき早めに着いていて良かったと思う。不幸に見舞われて遅刻することが珍しくないから家を早めに出るという悲しい理由ではあったが。



「すまない、もっと早くに気がついていれば」

「いえ、事前にお伝えしていなかった私が悪いですから。気にしないでください」

「だが……」



 力なく笑うリリアンに罪悪感が積もった。ソファに座ったリリアンは少しずつであるが顔色も良くなってきているのがせめてもの救いだった。

 リリアンを休ませながら馬車の手配をした。行きの馬車が使えないのだ、今日はできれば馬車で帰りたくないところであるが辺境伯領に来ているので馬車以外だと帰りがかなり遅くなってしまうのが予想される。なので二人乗り程度の馬車を同行した護衛に用意させた。

 今日乗ってきたものは申し訳ないが友人に預かってもらってあとで取りにくることにしようと友人に相談せずに決めた。

 いろいろと指示を飛ばしているとリリアンの様子も落ち着いたようだった。よかったと胸を撫で下ろした。



「おーい、テッド。具合が悪いって聞いたけど大丈夫……あっ、ごめん取り込み中だった?」



突如として声が掛けられた。知らせを聞いた友人が心配したのだろう、様子を見に来たのだ。少し重たい空気を察してか声量を下げた。



「ロニー、いや大丈夫だ。この人が俺の今の婚約者のリリアン・ウィンザー嬢だ」

「こんばんは。ロニー・ドライデン辺境伯です」

「リリアン嬢、こいつが俺の友人のロニーだ」

「はじめまして、リリアン・ウィンザーです」



 リリアンはロニーを不思議そうに見つめた。ロニーは吸血鬼だ。ロニーともはじめて会ったのだろうし、吸血鬼ともはじめて会ったのだろう。

 吸血鬼は簡単に説明すると、血を吸うことにより生命の維持を行う生物を指す。というかこれ以上のことはわからない。吸血鬼の数が少ないのだ。

 吸血鬼を公言しているヒトは大体が優秀で、その中でもロニーは王家に進言ができるほどで、俺と仲が良いのが不思議なくらいである。



「一時間後くらいに晩餐会を始めようと思うんだけど、婚約者さんは出席できそうなの?」

「着いたときより顔色はいいが……どうだ?無理なら今日は帰ろう」

「休ませてもらったので体調も良くなりましたので、出席します」

「そうですか、ではお待ちしております。無理はなさらないでくださいね……テッド、じゃあまた」



 ロニーは笑顔でそう言うと部屋から出ていった。そういえば馬車の件を言い忘れた。まあ後で言えばいいか。

 リリアンは出席できるといっていたが無理はしていないだろうか、探るように顔を覗き込んだ。



「リリアン嬢、無理なら帰ってもいいんだ。また来ればいい」

「ありがとうございます。ホワード様は優しいですね」



 リリアンはニコッと笑うと椅子から立ち上がった。晩餐会に出る気満々なのが伝わってくる。俺はリリアンの手を取って晩餐会へとエスコートをした。


 晩餐会も無事に終わり、リリアンを急遽用意した馬車に連れていった。馬車を見てもらって乗れるかどうかを見てもらった。乗れるとの返事が来て胸をまた撫で下ろした。

 馬車に乗っている最中にそれとなく観察したところ、行きとは違ってけろりとしていたので本当に広い馬車が苦手なんだなと思った。リリアンをウィンザー家に送り届ける最中に少し話をした。



「今日はすみませんでした。この埋め合わせは必ず行います」

「いや、気にしないでくれ。早く気づけなかった俺も俺なんだし」

「いえ、ご迷惑おかけしましたから」



 お互い全く譲らず、そのうちに面白なって笑ったら向こうも笑っていた。じゃあ、埋め合わせしてもらおうかなと俺が言うと是非!と明るい声で帰ってきた。距離が縮んだようで嬉しかった。リリアンのはじめて見る笑顔にドキッとした。

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